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38、温泉へ?②

 門のすぐ前に、馬車五両とその御者たちとハンスさんがいた。どうやら、冒険者としては俺たちが一番乗りのようだ。

遅刻しないように早く出たのが功を奏した、と言いたいところだが、ドクトルとの関係について色々と詰められてしまった。幼馴染でどうのこうの、と全くの虚偽をでっち上げた。

出発時間に近づくに連れて、冒険者っぽい身なりの人がぞくぞくと集まってきて、彼らの対応にハンスさんが向かったところで、俺の勝利が確定するはずだった。

しかし、ことがそんなに簡単に進むはずもない。

それは、ユリアの一言で始まった。まったく、鋭いのも考えようである。


「ねえ、ドクトルって誰?」

「あっ、たしかに! ポーションとかコーヒー豆を作ったのは、お兄ちゃんだよね?」

「共感。怪しいです」


 ふっふっふ、とユリアがおどけた笑い声を上げた。


「その謎、この名探偵ユリアが解決してみせましょう!」

「あんた、何言ってんのよ」

「ひらめきました!」


 セリアがやれやれと、目をそらした。その一方で、フィーとルシェは興味津々に、ユリアの方を見ている。

その傍らで、時雨はてんで別の方向を向いている。


「時雨さん、どうかした?」

「いえ、大したことでは……」


 彼女の視線が、俺のもとに戻った。しかし、その目は精彩を欠いている。

それに、ごく自然な流れではあるが、いつもの彼女とは明らかに違う点がある。これだけで決めつけるのは早とちりかもしれないが。


「時雨さん、何か悩んでませんか?」

「あなたと違って、自分で解決できるわ」

「否定はしないんですね」

「え?」


 普段の彼女なら、俺に悩みがあることなど教えはしないだろう。それどころか、悟らせすらしないはずだ。少なくとも、俺の知ってる彼女はそうだ。


「何か悩みがあるなら――」

「そんなの無いわ!」


 そう言い切って、ふうと息を吐いてから、俺の耳に口を寄せた。


「ところで、ドクトルってあなたよね? どうして、変装なんかしたのよ」

「え?」

「あら、違ったかしら?」

「さあな。時雨さんの悩みを教えてくれたら、教えるよ」

「強情ね」

「そりゃあ……仲間だからな」


 時雨がぷっと噴き出した。その顔は清々しい笑顔に包まれていた。

頬を赤くした彼女は、頬を緩めたまま何も言わずにユリアたちの方に歩いて行った。

セイジは馬車の隊列の先頭に視線を合わせた。ちょうど時雨が向いていた方向だ。隊列の先頭では、ハンスさんが他の冒険者の人に挨拶をしていた。見た感じ、冒険者パーティーが俺たちの他に、二ついるようだ。

クラスの連中ではないことを確認してから、彼は馬車に乗り込んだ。その時、時雨にかまをかけてみたが、もういつも通りの彼女に戻っていた。

それからまもなくして、隊列は東に向けて走り出した。




 よほど大切な商品が積んでいるらしく、馬車五両を三つの冒険者パーティーで固めている。

先頭と最後尾の馬車には五人組のBランクパーティー、中央の馬車には俺たちがハンスさんと一緒にに乗車している。

俺たちと御者しかいないはずだが、「セイジさん、少しいいですか?」と、目の前の席に座るハンスさんが声を潜めて話しかけてきた。


「はい、何ですか?」

「冒険者をこの配置にしたのは、どうしてだと思いますか?」

時雨ならまだしも、もちろん、セイジにはそんなことを推理できるはずがない。

「……ドクトルの意向ですか?」

「そう来ますか。実は、信用度で決めたんですよ。最も信頼できるあなた方が中央、信用に欠ける方々が先頭と最後尾、つまり」


 そこで、ハンスさんは口を閉じて、セイジを見て、彼にその続きを促した。


「つまり、彼らを信用するなと?」

「ええ、まあ。商人という性ゆえかもしれませんが、素性が不詳な人は信用できないのです。その反面、あなた方はドクトルの友人ですから」


 どうやら、ドクトルは商人という生来疑り深い人種から、相当な信用を獲得しているらしい。


(ハンスさん、すみません。それ、同一人物です)


 心の中で頭を下げつつ、なんとなく気まずくなり横を向いた。すると、時雨と目が合った。しかし、珍しく彼女から目を逸らした。凛としているはずの、その端正な横顔が曇って見えるのは気のせいだろうか?

ハンスさんも、なんだか浮かない顔をしている。


「ハンスさん、きっと大丈夫ですよ。何かあれば、俺たちが対処しますし」

「ええ、そうですね。商人たるもの、杞憂かもしれない後顧の憂いをするより、利益を考えるべきですね」


 そう言い終えると同時に、彼は自分の手帳を開いて、色々書き込み始めた。

セイジはその邪魔をしないように、窓の外に視線を移した。始めは野原が広がっていたが、そのうち麦畑が広がる農村を通り抜け、ぐんぐんと馬車は街道を駆けていった。


馬の休憩で止まる度に馬車から降りるが、なるべく無駄な通行料を払わないために街は通らないので、お土産屋があるわけでもなく、ただの農村が広がっているだけだ。始めは景色を眺めていれば面白かったが、正直これが三回も四回も続くと、思わず嘆息が漏れるほどである。

時々、山や湖が見えることはあるが、馬車からの景色にもほとんど変化がなく、完全に手持ちぶさたになってしまった。フィーとかと話そうと思っても、昼食後の眠気で、俺の横でもう寝ている。ということで、俺も寝ることにした。




 何時間経っただろうか。俺は揺すり起こされた。


「お兄ちゃん、起きて。ご飯だよ」


 目を開くと、フィーが俺のことを揺すっていた。

体を起こすと、硬い木製の長椅子に横たわって寝ていたせいか、左半身の節々が痛い。彼は顔をしかめつつ、体を起こした。


「おはよう、フィー」

「うん、おはよう、お兄ちゃん」


 体が痛いし、寝起きで頭が回らないしで、ぼーっとしていたら、急に視界にユリアが入って来た。

彼女は長椅子の上で腕を組んで、俺と視線を交じ合わせた。


「ユリアのキスがないと、起きられないのかなぁ〜?」

「バカ言うなよ。ほら、行くぞ」


 セイジは二人の肩の上に手を置いてから、馬車から飛び降りた。

あたりを見回してみると、どうやら野宿をしているわけではなさそうだ。通ってきた農村よりも、建物の数が多い。おそらく、宿場町だろう。

どうやらここは馬車置き場らしく、二人に宿まで案内してもらった。

ハンスさんたちは一足先に夕食を取っているそうだ。

暗くてよく見えないが、『――の宿』と書かれた宿に入った。入ると、すぐ左手に食堂があった。その中では、すでにハンスさんと他の皆が夕食を食べていた。


「セイジさん、やっと起きましたか。どうぞ、ここに」


 ハンスさんに導かれるまま、席についた。

しばらくすると、女中さんか女将さんが食事を持ってきてくれた。

パンとシチューとサラダと謎の副菜、白米がないのは残念だが、さすが食通のハンスさんのお眼鏡にかなった店だった。


「では、私はもう寝ますから。皆様もどうぞ早くお休みください」


 夕食の席についていた冒険者全員に向けて、そう言うと、彼はそのまま二階へと上がっていった。

それを皮切りに、もう夕食を終えた冒険者たちも次々に席を立った。

セイジは同調圧力に促され、午後はずっと寝ていて、大して減ってもいないお腹に夕食を急いで詰め込んだ。

彼も同様に席を立とうとすると、時雨に呼び止められた。


「ねえ、ちょっと話せないかしら?」

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