6.手作りクッキー作戦(1)
「フレデリック卿がそんなことを……」
ソファの上でお茶を飲みながら、サミュエルが難しい顔をする。この間とは違って、その表情に恐怖は一切ない。
あれから、私たちは友達になった。さすがに初日はサミュエルも緊張していたので、日をあらためてお茶に招待したのだ。
――よく考えたらちょっと強引だった気もするけれど……友達第一号、悪くない響きね。
お友達とお茶をするというのもやりたかったことのひとつで、つい口元が緩む。
ちなみに友達になる上で、サミュエルとの間にはいろいろと約束ができた。サミュエルに危害を加えないだとか彼の安全の保証はもちろん、お互いに敬語はやめようという約束まで。
彼はすぐに飲み込んではくれなかったけれど、なんとか説得し「呼び名だけはそのままで」と条件付きで了承を得た。そして今は、フレデリックのことをサミュエルに相談中だ。
「僕も彼のことは名前くらいしか知らないからなぁ……そもそもそんなに急に人の心が変わるなんて、信じられないよ」
私の悩みについて真剣に考えてくれるサミュエルの姿に、何だか味方ができたみたいで嬉しくなる。そして友達とこうして恋の話をしていることにも。
先日は物凄く怯えていたサミュエルも、今となってはとてもフランクに話してくれていた。前よりも今の彼のほうがずっと接しやすくて好きだ。
――それに、サミュエルは相変わらずとっても綺麗な顔立ちをしているのね。
目に入らないのが不思議なくらい長いまつ毛に、毛穴ひとつない白い肌……本当に綺麗で羨ましい。
思わず見惚れていると、いつの間にかサミュエルが私を覗き込んでいて、我に返った。
「……アイリス様、聞いてる?」
「っ、ごめんなさい。サミュエルがあまりに綺麗だから見惚れちゃって」
素直に明かすと、サミュエルは謙遜することなく「ああ、そういうこと」と軽く流す。そしてすっと私に顔を近づけた。
「それを言うならアイリス様だって綺麗な顔してるよね」
「え……?」
「正しいやり方でやれば、いくらだって誘惑できると思うけど……フレデリック卿も、それこそレイモンド殿下もね」
サミュエルの指先が頬を辿って顎をなぞる。私の顔を観察するように。先ほどまで目の前で話していた彼とはまるで雰囲気が違っていて、戸惑ってしまう。
サミュエル最後には綺麗な笑みを浮かべると、その指先から私を解放した。
「……なんて、アイリス様には無理か。どういうわけか聞いていた悪女とは程遠い感じだしね」
「う、うん……?」
――サミュエルって、どういう人なんだろう……。
初対面では怯えていたし年齢のわりには可愛らしいところもあるのに、突然大人な空気を纏って……いろんな顔を見せてくれるから、まだよくわからない。
サミュエルの顔を見ながら想像を巡らせていると、彼は軽い調子で話を戻した。
「それで。もう一回聞くけど、アイリス様はどうなの? レイモンド殿下からフレデリック卿に急に気持ちが変わったきっかけ。僕としてはそのこともまだ信じられないよ」
「確かにそう、よね……」
私たちを巡る一方通行な三角関係は、社交界でたびたび噂になるほど有名な話らしい。
婚約者がいるにもかかわらず、レイモンド殿下に近づく私と、それを健気に追いかけるフレデリック。さらにレイモンド殿下とフレデリックは、友人であり主従関係でもあるものだから、余計に面白がられているのだとか。
第三者から聞く事実に、無性に泣きたくなってくる。やはりフレデリック含め、私の心変わりを国中に信じてもらうにはまだ時間がかかりそうだ。
「何で急に心変わりしたのかはちょっと説明が難しいんだけど……一度死んで、大切なものに気づいたから、かな」
本当はずっとフレデリックのことを想い続けていた私にとって、急な心変わりの理由なんてわからない。だけど、どれだけ彼を想っているのかだけはスラスラと言葉にすることができた。
「フレデリックにはたくさん悪いことをしたし、申し訳ないと思ってる。だけど、私を見捨てることなく想い続けてくれたから……今度は私を大切にしてくれた人をちゃんと大切にしたいって思ったの」
「なるほど……まあ愛するより愛されたほうが幸せっていうしね」
――そういう意味じゃ、ないけど……そう取られても仕方ないか。
ある意味そのほうが理解しやすいかもしれない。フレデリックの想いに応えようとした瞬間、離れていってしまったけれど。
「彼が心変わりした理由は本人以外わからないだろうから、アイリス様は今できることを探すのがいいかも。もう一度、彼に好きになってもらえるように」
「それがわかれば苦労はしないんだけど……」
「難しく考えなくてもいいんじゃない。例えば一度デートとかに誘って二人の時間を作ってみるとか」
「会ってもくれないのに……?」
「そっか……だったら贈り物をするとかは? 安直だけどフレデリック卿の好きなものとか、あげたら喜ぶんじゃない?」
「フレデリックの好きなもの……」
カーミラに憑依されてから、フレデリックとの関わりは薄くなったため、大人になった彼が好きなものはよくわからない。だけど、幼い頃に彼が好きだったものは知ってる。
「ジンジャークッキー……」
甘いものがあまり得意ではないフレデリックが唯一好んで食べていた、スパイスたっぷりのジンジャークッキー。
私が幼い頃は独特な味がして食べられなくて、フレデリックが「アイリスはこっち」と言って、甘いはちみつクッキーを口に入れてくれたのだ。
「ジンジャークッキーか。それなら料理人にでも頼めば――」
「私が作る」
「え、アイリス様が?」
「うん、こういうのは自分で作ったほうが心がこもってるでしょ?」
「そうかもしれないけど……お菓子作りなんてできるの?」
「経験はほとんどないけど……ジンジャークッキーなら幼い頃に何度か」
「あのアイリス様が手作りを、ね」
「それにね、美味しいレシピがあるの。彼が大好きだった味。それを食べさせてあげたい」
やる気満々で答えると、サミュエルは「頑張って」と応援してくれた。




