5.テディベアな美男子(2)
「フレデリック、お待たせ――」
一週間ぶりの彼との再会が待ちきれず、相手も確認せずに扉を開ける。
けれどそこにフレデリックはおらず、代わりにテディベアを擬人化したような男性が立っていた。
ふわふわの栗色の毛に、まあるい目。可愛らしく、絵に描いたような美男子だ。
「ええと……」
――この人は、確か……。
どこかで会った覚えがあるはずなのに、名前を思い出せない。戸惑っている私に、彼はすぐさまその場に跪いた。
「到着が遅れまして申し訳ございません……アイリス様」
声が震えている。見た目は高貴な身なりをしているけれど、公爵家よりは爵位が下なのだろう。
「貴方は……?」
名前を覚えていなかったことを申し訳なく思いつつ、勇気を出して聞いてみる。彼は顔も上げず、おそるおそる名乗った。
「……サミュエル・ラッセンと申します」
――サミュエル・ラッセンって……。
「先日のパーティーでお会いしました。覚えて、いらっしゃらないですか……?」
今にも泣きそうな顔でサミュエルが私を見上げる。あの日も、この潤んだ瞳を向けられて、ひどく心が痛んだのを覚えている。
彼は以前王城で行われたパーティーで、私の――カーミラのお気に入りのドレスに誤ってワインをこぼした子爵家の次男。
それに激怒したカーミラに「ドレスを弁償しなさい」と迫られたが、彼の家に高価なドレスを弁償するだけの財力はなく、代わりにカーミラの奴隷になる約束を果たしたのだ。
――奴隷だなんて、何を考えているの? 信じられないわ……。
そう、何度も叫びたかった。そもそも、こんな瞳で見つめられたら誰だって許してしまいそうなのに。
兎にも角にもサミュエルは今日、カーミラとの約束を果たすためここを訪れたのだ。
そんな彼に何と言葉を返せばいいか迷っていると、サミュエルが口を開いた。
「僕はこの先一生アイリス様の手となり足となります……何なりとお申し付けください」
まだ震えている声で、サミュエルが私に忠誠を誓う。私とそう年も変わらないはずなのに、相当な屈辱だろう。
――私が言ったことではあるけれど……こんなのってあんまりだわ。
私はカーミラの行いに苛立ちながらも、サミュエルにそっと手を差し出す。
「顔を上げて、立ってちょうだい」
「そんな、僕なんかがアイリス様に触れるわけには……」
怯えるサミュエルに、脳内に「私に触れるんじゃないわよこの下民が!」とカーミラがパーティーで放った記憶が浮かび上がってくる。
「本当に、何てひどいことを……」
「……?」
「い、いえ、ごめんなさい。あの日は私もちょっとね、気がおかしかったのよ。身分で人を判断するべきじゃないわよね」
にこりと微笑むと、傍で控えていたハンナが、また悪気なく口を挟む。
「お嬢様は『身分がすべてである』という概念をお持ちだと、引き継ぎ書に」
「ハンナ……?」
――この子、本当にカーミラに仕えていなくてよかった。即刻舌を引きちぎられ……ううん、息の根を止められていてもおかしくないわ。
ハンナを口留めしながら、引きつった笑顔をサミュエルに向けると、彼がまた萎縮する。
――どちらにしろ、ここは早く誤解を解かないとね。
私はやれやれと肩を竦めると、軽く咳ばらいをした。
「そんなことを言った時もあったわね……ほら、若かったから」
「お嬢様。半月ほど前のお話のようです」
「っ、とにかく! パーティーでの約束は撤回するから気にしないで」
気にしないでと伝えてもなお、サミュエルは不安そうに目を伏せる。
「ですが、うちにはアイリス様のドレスを弁償できるお金は……」
「いいのよ、ドレスなんていくらでもあるし、また買えば」
「どうやら汚れたお嬢様のドレスは、国一番の仕立て屋が作った一点物で、予約は一年待ちの人気店。ドレスを一着着るごとに捨ててしまうお嬢様には珍しく、とても大事にされていた、と引き継ぎ書に……」
「ハンナはしばらく黙っていて!」
空気の読めないハンナに突っ込みを入れる。サミュエルはさらに顔を強張らせ、処刑前の罪人のような表情をしていた。
「もう一度言うけれど、ドレスのことは本当に気にしてないから弁償も結構よ。それでこの話は終わり、いいでしょ?」
「そんなわけには……何もお詫びをしないだなんて、できません……」
しゅんと俯いたサミュエルは今にも泣き出しそうで、胸がぎゅっと締め付けられる。何だか弱いもの虐めをしているみたいだ。
確かに、奴隷になれと虐めていた人間が、急に優しく態度を変えてきたら怪しむのも当然のこと。あとから酷い仕打ちを受ける可能性を恐れられてもおかしくはない。
ならば何かお詫びをしてもらうべきなのだが、ドレスを汚されたのは今の私でもない上に、どうお詫びをしてもらったらいいかまったく思いつかなかった。
――何か買ってもらう、のが一番だろうけど、ドレスの値段と比べられそうだし……。
頭を捻って捻って、案を絞りだす。そして私の中に、ぴこんと閃きが落ちてきた。
「そうだ! いいことを思いついたわ!」
勢いよく顔を上げると、サミュエルは不安そうに「何でしょうか」とこぼす。
「ねえ貴方、私とお友達になってくれない?」
「友達、ですか?」
「私ね、友達が一人もいないの。だから貴方がなってくれたらすごく嬉しいわ」
やっと身体を戻し、アイリス・ハミルトンとして生きていけるのだから、頼れる人はいたほうがいい。
友達ならば他人の目も考え、できるだけ同性のほうがいいだろうけれど、サミュエルの可愛らしさを見たらついそんなことをお願いしたくなってしまった。それに彼はとても美しいから。
「決して貴方をこき使ったり酷いことをしたりしないから。ね、お願い」
サミュエルは躊躇いながらも、再び差し出した私の手に、自らの手を重ねてくれた。




