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11.お誘い合戦(1)


「最近の彼女は?」


 騎士団での仕事が早く終わり屋敷へ戻る途中、グレンに日課の確認をする。


「……はい、狩猟に出た日以来、屋敷には来ておりません」

「そう……」


 あの日、アイリスの姿が見えなくなって心が酷くざわめいた。また、悲劇が起きてしまうのではないか、と。遠い昔のことなのに、今も脳裏にしっかりと焼き付いているのだ。あの時の彼女の表情が。

 本当に、無事でよかった、再び彼女を失ってしまうところだったとあらためて思う。もうあの悲しみは二度と経験したくはない。 


「……フレデリック様?」

「何でもない……」


 悪夢のような記憶を払い、遠くを見つめる。すると街中で、見覚えのある姿を見つけて、思わず馬車を止めた。


「どうされましたか?」


 グレンが目を細め、俺の視線の先を辿る。そこには久しぶりに見るアイリスの姿があった。

 屈託のない笑顔にほっとしながらも、ふとその隣にいる男性に目が行く。


「……あの男は?」

「ラッセン子爵家の次男のサミュエル様です。近頃、ハミルトン公爵邸によく出入りされているようでして……」

「あの彼がそうか……」


 アイリスの動向については、ある程度把握している。正しくはグレンに指示し監視してもらっている、が正しいのだけれど。

 極力関わらないと心に決めていても、未練がましく彼女の姿を追いかけてしまう。本当に、男らしくない。

 外で彼女が誰と何をしていようと、俺には関係ないとそう思うのに――


「!?」


 サミュエルという男が不意にアイリスの手を引いた。その光景に耐えられず、俺はすぐさま馬車を下りていた。



 買い物を終えた私たちが店を出ると、既に日が傾き始めていた。


「ねえサミュエル、まだ時間はある?」


 買い物のお礼にお茶の一杯くらいご馳走してから帰りたい。そう伝えようと彼を振り返ると、勢いよく手を引かれていた。


「っ……」


 サミュエルの腕に抱かれてすぐ、馬車が目の前を通り過ぎていく。ぶつかっていたかと思うと、心臓がバクバクと音を立てた。


「危ないな……大丈夫?」

「う、うん……ありがとう」

「全然大丈夫そうじゃないけど?」


 なるべく笑顔で返したのに、サミュエルは心配そうに私の顔を覗き込む。端正な顔がすぐ近くまで迫ってきた時、今度は後ろから強く肩を抱かれた。


「っ……フレデリック……?」


 どうしてこんなところに彼がいるのだろう。

 急いでいたのか、その肩はどこか震えている。


「こんな道端で何してるの?」

「え……何って言われても……」


 質問の意図がわからず返答に困っていると、サミュエルが丁寧な言葉で口を挟む。


「アイリス様が馬車に轢かれそうになったので、お守りいたしました」

「そう……ちなみにどうして君はここに?」

「アイリス様の買い物の付き添いに」

「なぜ君が」

「アイリス様とは『友人』ですので」


 サミュエルが友人を強調して、綺麗な笑みを浮かべる。普通に会話をしているだけなのに、なぜだか二人の雰囲気がピリピリとしているように感じるのは気のせいだろうか。

 私は異様な雰囲気を漂わせる二人の間に割り入ると、互いの紹介を終える。そのあとでフレデリックに向かい合った。


「それで、フレデリックこそ、どうしてここに?」

「君が見えたから」

「え……?」

「もう帰るところ?」

「あ、これからサミュエルをお茶に誘おうか迷っていて……」


 私の返答に、フレデリックの眉がぴくりと動く。すかさずサミュエルが横から口を挟んだ。


「アイリス様、今日はもう遅いから失礼するよ。家族との用事があるんだ」

「あ、そうだったの? ごめんなさい、遅くまで付き合わせて」

「いいんだ、またどこかで埋め合わせしてよ。良ければ今度うちにも招待するよ」

「本当? それは楽しみね!」


 お互いの屋敷に招き合うだなんて、友人らしくてつい声のトーンが上がる。サミュエルはフレデリックにも軽く挨拶をすると、街中へと消えて行った。

 その間、フレデリックは立ち去ろうともせず、私の傍についたままだ。


「あの、フレデリック……?」

「今日はもう遅いから屋敷まで送るよ」

「でも馬車を待たせていて……」


 私の言葉にフレデリックははっとして、「そうだよね」と呟いた。今日の彼の様子は何だかおかしい。

 ぎこちない雰囲気のまま時間が過ぎ、いつの間にか近くに馬車を呼んでいたハンナが戻って来た。彼女は私たちを見て、そっと私だけに耳打ちをする。


「お嬢様、今が絶好の機会ではないですか?」

「え?」

「舞踏会へのお誘いですよ」

「! た、確かにそうね……」


 お誘いとともに渡す予定だったハンカチーフは、常に持ち歩いている。いつフレデリックと会えるかわからなかったし、わざわざ屋敷に出向いても、追い返される可能性も加味して。

 こんな人の往来がある場所で誘うのは、どうかと思ったけれど、せっかくの機会を逃したくはない。


「お嬢様、こちらを」


 ハンナが荷物の中から、小箱を取り出す。私はそれを受け取ると、フレデリックに差し出した。


「あのねフレデリック、これを受け取ってほしいの。一生懸命作ったから」

「……まさか、またクッキーを?」

「っ、違うわ! クッキーの見た目よりは上手くできたと思うんだけど……」


 小箱から取り出したハンカチーフには、フレデリックのイニシャルを角に入れた。本当は家紋なんかを入れられると良かったのだが、私の技術では到底難しく。悩んだ末に、失敗の少ない文字入れにした。それでもだいぶ時間はかかったし、あまり綺麗だとは言えないけれど。

 フレデリックは手に取ったハンカチーフを見つめたまま固まってしまう。やっぱり彼の感情がわからなくて怖い。


「それで、その……今度の舞踏会、私と一緒に行ってほしくて。貴方をお誘いしてもいい?」

「それは……」

「あっ、今すぐに返事はしなくても大丈夫! 私は待ってるから、だから前向きに考えてほしい。もし相手がいなければ、だけど……」 

「相手はいないよ」


 食い気味に答えたフレデリックにやや驚きながらも、「よかった」と安堵する。


 ――ということは、私にも可能性がある……ってことよね?


「では、私はそろそろ行くわね。返事はまた聞かせてくれたら嬉しい」

「……うん、気を付けて帰って。アイリス」

「ありがとう。フレデリックも」


 本当はもう少しだけ、彼と一緒にいたかった。そんな名残惜しさを残して、私は馬車へと乗り込んだ。


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