10.買い物日和(2)
「あのね……サミュエルに男性受けの良いドレスを教えてほしくて」
ドレスについて詳しいことを知りたければ、店主に聞けばいい。侍女たちだって頼めば私に似合うものを見繕ってくれるはずだ。だけど、今日はどうしてもサミュエルの力を借りたかった。
「それはフレデリック卿の好みを知りたいってこと?」
「ごもっともよ……」
サミュエルとフレデリックに面識はないため、確実に彼の好みを当てることはできないだろうけれど、それは誰であっても同じこと。
ならば、フレデリックと年齢も近いサミュエルに助言してもらおうと考えたのだ。しかもサミュエルは、すごくセンスがいい。服装はもちろん、持っている小物にまでこだわりを感じられ、お洒落男子そのもの。
以前彼にどこのお店で揃えているのかと尋ねたことがあるが、「うちはあまりお金がないから」と、無名の店の名前を聞いた時は驚かされた。サミュエルの服や持ち物すべて高級に見えるから。
つまり彼はセンスも見せ方も素晴らしいはずだと判断し、買い物に誘ったのだ。
「ちなみに今度の舞踏会に着ていくものだよね?」
「うん……」
先日、王城から届いた招待状。近く、舞踏会が開かれることがわかり、参加条件にパートナーの同伴が必須であると書かれていた。
もちろん私にそんな相手は一人もいない。誰も悪女のエスコートなどしたくはないし、当然のことだろう。
これまではフレデリックが誘ってくれていたけれど、今の関係性を考えると望みは薄い。
「だから、私からフレデリックを誘ってみようと思ってるの」
女性からパートナーを誘うことは珍しいものの、駄目なわけではないから。
パートナーを誘う際には通常、相手に贈り物をする決まりがある。その準備に時間がかかったため、フレデリックを誘ってもいなければ一緒に行ける保証はないけれど、舞踏会の日程を考えるともうドレスの準備をしておかないと間に合わない。
ちなみに王立騎士団に所属するフレデリックは当日護衛に回るのでは……という懸念もあったが、若者は舞踏会への参加を優先させられるらしく、彼も参加者であることは確認済みだ。
「一緒に選んでくれない? こんなことお願いできるの、サミュエルしかいないの。お願い!」
せっかくのチャンスなのだから、一番綺麗な姿をフレデリックに見てほしい。
真剣にお願いすると、サミュエルはやれやれと息をついた。
「いいよ。ドレス選び、手伝ってあげる」
「本当!?」
「アイリス様の頼みだからね。彼の好み通りかどうか保証はできないけど」
「全然大丈夫! サミュエルの好みのものを選んでくれれば」
「はは、それじゃあ僕色の染まっちゃうよ」
サミュエルが笑みをこぼしながらドレスを一着ずつ確認していく。
その中から時間をかけて、私に似合いそうなドレスを選んでくれた――
サミュエルが迷いに迷って最後に選んだドレスは、アイスブルーのふんわりとしたラインのドレスだった。
カーミラはいつも派手な色や装飾を好んでいたから、これまでの私の印象とは程遠いけれど、自然と肌色に馴染む気がした。
「わあ、お嬢様に似合いそうなドレスですね!」
「ずっと思ってたけど、アイリス様は淡い色のほうが似合うよ。顔も美人よりも可愛い系統だからね」
「そ、そう……?」
「うん、僕が言うんだから間違いないよ」
サミュエルが自信満々に告げる。面と向かって褒められると何だか照れくさい。傍にいたハンナも目を輝かせてドレスを見つめていた。
「やっぱりサミュエルに選んでもらってよかった」
「はい、サミュエル様は本当にセンスがよろしいのですね。お嬢様のこともよーくわかっていらっしゃいます」
「それは光栄だな」
このドレスがフレデリックの好みにはまるかどうかはわからないけれど、私が今まで見た中で一番綺麗で可愛いドレスに思えた。
「早くフレデリックに見てほしいな……」
まだ一緒に行けると決まったわけでもないのに、逸る心が抑えられない。
彼の反応が楽しみでドレスを眺めていると、サミュエルがぽつりと呟いた。
「まったく、羨ましいな。フレデリック卿が」
「え……?」
「こんなにアイリス様に想われて、幸せ者だよ」
「そんなことないわよ。まだ避けられている気がするし……このドレスだって、無駄になっちゃうかもしれないのに」
きっとフレデリックには私を拒む理由があるのだろうと思ってはいるものの、迷惑がられていないという自信はない。だから、舞踏会へ誘うのも不安で仕方ないのだ。やっぱり、断られるのは怖いから。
サミュエルは「きっと大丈夫だよ」と笑い、私に一歩近づく。そして、私の髪を指先で掬った。
「万が一、フレデリック卿に断られるようなことがあれば、僕がエスコートするよ」
「え……」
「僕もこのドレスを着たアイリス様が見たいから」
そう言ってサミュエルがそっと掬った毛束に口づけを落とす。いつも可愛らしい彼が、今日は何だか男らしく見えて、不覚にも胸がときめいた。
「でも、それだとサミュエルの相手が見つからないんじゃ――」
「もともと僕は行くつもりはないから。上位貴族ばかりのパーティーは息がつまりそうになる」
サミュエルの言葉に、いつか彼にワインをかけられた日のことを思い出す。
今はこうして普通に喋っているけれど、もともと彼は私のことを恐れていたのだ。それは悪女であるからという理由に加えて、身分差も大きいだろう。この国では身分が絶対で、爵位が下であるほど卑下されるのだから。
――私は運良く公爵令嬢の生まれだったけれど、きっとサミュエルのように考える人はたくさんいるわよね。
そもそも、私がサミュエルとこうして友達のように会話していることだって珍しいことなのに。
つい暗い気持ちになっていると、サミュエルが空気を変えるように普段通りの笑顔を浮かべる。
「なんて、僕なんかがアイリス様をエスコートできるわけないよね。他に相手はいくらでもいるだろうし」
「っ、そんなことない。私もサミュエルに選んでもらったドレス、ちゃんと着たいから……もしもの時はよろしくね?」
「……僕でいいの?」
「もちろん。サミュエルと一緒にいるの、すごく楽しいから。貴方と一緒が良い」
「はは、そっか……うん、嬉しいよ、ありがとう。でもまずはフレデリック卿を誘ってみてからだね」
「そ、そうね。頑張らないと」
フレデリックには、手作りの刺繍を施したハンカチーフを贈るつもりでいる。ハンナに、贈るならハンカチーフしかないと強く勧められたものだから、夜な夜な頑張って作ったのだ。出来栄えは正直いまいちだけど、心は込められたはず。
あとはフレデリックへの誘いを成功させるだけだと意気込んでいると、サミュエルがわざとらしくため息をついた。
「もういっそのこと断られちゃえばいいのに」
「ええっそんな意地悪言わないで……」
「ごめん、冗談だよ。頑張ってね、アイリス様」
そう言って笑うサミュエルはちょっぴり意地悪だけど、応援してくれているのは伝わってくる。
私は彼にもう一度感謝しつつ、店を後にした。




