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10.買い物日和(1)


 狩りへ行った日からしばらく。私は公爵邸を訪ねて来たシャーロットを出迎えていた。

 二人でお茶を飲みながら、シャーロットは悲しそうに目を伏せる。


「魔獣のことはフレデリック様からお伺いしました……ご無事で何よりです、アイリス様」

「ありがとう。シャーロットもあれから体調はどう?」

「はい、私はすっかり良くなりました」


 あの日、シャーロットは私がいない間に「体調が悪くなった」と行って先に帰っていたらしい。

 急なことで心配したけれど、今目の前にいる彼女は顔色も良く、いつもの美しい姿のままで安堵した。


「それから、ごめんなさいシャーロット。レイモンド殿下との仲が縮まらなかったみたいで……」


 唯一心残りだったこと。結局シャーロットはレイモンド殿下とあまり話もしないまま帰ってしまったらしく、四人で狩りに行くという作戦は、魔獣に襲われた事件だけで終わってしまった。かくいう私も、フレデリックとはまったく話ができなかったのだから。

 せっかく誘ってくれたシャーロットに申し訳ない気持ちでいると、彼女はふる、と首を振った。


「いいえ。確かに殿下とお話しできなかったのは残念ですが、あの日はとっても楽しかったので」

「そう……?」

「はい。実のところ私、狩りの経験が乏しいのですが、フレデリック様がつきっきりで教えてくださったので……」


 微かに頬を赤らめるシャーロットに、胸がどくんとなる。


 ――フレデリックがつきっきりで……?


 確かに彼は優しい。だけど、そこまで面倒見が良い人間ではない。

 しかも昔から私に気を遣ってなのか、私以外の女性とは必要以上に接することはなかったから。


「やっぱり、フレデリック様はお優しいですね。内面も外見もとっても素敵な方ですし……アイリス様がお慕いしている理由がよくわかりました」

「そ、そう?」

「ええ、フレデリック様のようなお方が婚約者だったなんて羨ましいですわ」


 ――何だろう、この違和感。


 シャーロットがフレデリックの話をする度に、その声が弾み、花のような笑顔を咲かせる。レイモンド殿下の話をしている時とは、まったく印象が違う。


「ぜひまたご一緒させてください。次回もフレデリック様とレイモンド殿下をお誘いして」

「……そうね」


 屈託のない笑顔を浮かべるシャーロットに、私はなるべく自然な笑顔を作って返す。

 だけど内心、焦りのようなものを感じていた。



 シャーロットとのお茶会の翌日、私は久しぶりにサミュエルと王都を練り歩きながら近況を報告していた。

 サミュエルは私の大して中身もない話を黙って聞いてくれていたけれど、その愛らしい顔立ちが次第に曇り始める。


「魔獣に襲われたって、本当に? 怪我はしなかった?」

「大丈夫よ、殿下が助けてくださったから」

「そう……あまり無理はしないで。アイリス様に何かあったら、僕悲しいから」


 切なげな眼差しで見つめられ、胸が鷲掴みにされる。私はサミュエルに見つめられるのが、どうにも弱いらしい。


「ごめんね、心配かけて。これからは気を付ける」

「絶対ね、約束」

「う、うん」


 サミュエルと出会った時は、私に対してあんなに怯えていたのに。今はこうして本気で心配してくれることに、胸があたたまる。


 ――やっぱり友達って素敵。私って幸せ者ね。


 憑依されていた時には決して感じることなかった感情が、日に日に増えていく。それが嬉しくてたまらなかった。


「だけど魔獣が本当にいるなんて驚いたよ。逸話くらいに思っていたから」

「やっぱりそうなのね」

「あの辺りは誰も近寄らないし、迷い込んだら簡単には出られないと言われているでしょ」


 狩りの後、魔獣についてハンナにも聞いてみたけれど、同じことを言われた。だから、自ら死に行く人もいる恐ろしい場所なのだとか。

 私は幼い頃の知識しかなかったから、そこまで危険な場所だとは思いもしなかった。


 ――もう一人で森へ入るのはやめよう。まだ土地勘だってあまりないのだから。


 あらためて心に誓いながら、私たちはとある場所へと足を向けた。

 


 目的の店に着くと、サミュエルは不思議そうに首を傾げた。


「ねえアイリス様」

「何?」

「いまさらだけど……どうして僕は一緒に買い物をさせられているの?」


 私たちを取り囲むのは、色とりどりの煌びやかなドレス。サミュエルはそのど真ん中で、何ら違和感もなくドレスを眺めていた。


「ええと……私ドレスのこと、よくわからないから?」

「あのアイリス様が? いつも店中のドレスを買い占めてるって有名なのに?」


 ――そうだった……カーミラは金遣いの荒さも国一番だったものね。


「もう無駄遣いはやめたの。たくさん買ったって全部着られないのに勿体ないでしょ?」


 いくら広い公爵邸と言っても、衣裳だけで埋め尽くすわけにはいかないし、ドレスにも流行がある。実際、カーミラも購入したのに着ることもせず、捨てたドレスが数えきれないほどあった。

 一緒について来て後ろで控えていたハンナは「お嬢様にも勿体ないと思う心があるんですね」と、今日も絶好調に失礼なことを言いながら頷いている。


「まあ理由はわかったけど……だからって僕を呼び出さなくても。シャーロット様とも仲良くなったんでしょ」

「う、うん」


 確かに、シャーロットとは二人きりで会える仲にはなった。そこに最初の頃のような気まずさもない。けれども、昨日抱いたフレデリックに対する違和感がずっと胸に残っていた。

 それもあって、数少ない友人の一人であるサミュエルを誘ったのだ。ただドレスを選ぶならばシャーロットでもよかったけれど、今日の真の目的は別にあるから。



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