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1.目覚めたら棺桶の中でした

初連載です! どうぞよろしくお願いいたします!

 ――愛する人を守るためならば、この命を捨てたって惜しくはない。

 だけどせめて、この想いを伝えることができたら……そう願うのは、わがままでしょうか?




 ――ん……揺れてる? 冷たい、暗い……それにジメジメするわ。


 目が覚めると、真っ暗闇の中にいた。どこか狭い場所に寝かされている状態で、身体を思うように動かすことができない。


 ――ここは、どこ……?


 声を出したいのに、長く眠っていたせいか出し方がわからない。それでも、このままではいけないと本能的な危機感を感じて、声を絞りだした。


「っか……だ、れか……」


 少しずつ、はっきりとした声が狭い空間に反響していく。

 なんとか持ち上げた腕で、硬く冷たい壁を必死に叩く。すると、覆っていた黒い蓋がゆっくりと開き、灰色の空が顔を出した。


「っ……」


 曇天の空が眩しくて、顔をしかめる。次に飛び込んで来たのは、葬儀屋のような服を身にまとった年配の男性だった。

 男性はこちらに得体の知れないものでも見るような目を向ける。


「アイ、リス様……?」

「え……?」

「信じられない……アイリス様が生き返るとは」


 ――アイリスって私の名前、よね。それに生き返るって……?


 傍に控えていた真っ黒な服に包まれた女性に肩を支えられ、ゆっくりと身体を起こす。

 辺りを見回すと、だだっ広い墓地のど真ん中で、大人たちが私を見て目を丸くしていた。

 そして、私はなぜか真っ白い服を着せられて、たくさんの花とともに棺桶の中にいる。どこからどう見ても、これから墓に埋められる寸前だ。


 ――つまり私、死んだってこと? いや、でも生き返っていて……? ううん、それよりも……。


「声が、出せる……」


 指先でそっと喉元に触れる。自分の意思で自由に動く身体も喉を震わせて出た声も、すべての感覚が懐かしくて、言い得ぬ喜びがこみ上げてきた。

 もう一度辺りをよく見ると、皆見覚えのある顔ばかりで安堵する。

 その中でひと際目立つ、金色の髪の男性に目が留まった。はちみつみたいな艶のある髪に、底が見えそうな澄んだ碧い色の目。冷たくも柔らかな印象を与える端正な顔立ちからは、隠しきれない人の良さが溢れ出している。

 彼を見た瞬間、私の目からは大粒の涙が溢れていた。


「フレ、デリック……」


 瞬きひとつしない彼に、掠れた声で呼びかける。ずっと声に出したかった、愛しい人の名前。けれど――


「葬儀は中止だ! すぐに医者を呼べ!」

「アイリス様、こちらへ」

「え……?」

「ここにいては冷えます。まずは屋敷へ戻りましょう」


 私はわらわらと集まって来た人たちに抱きかかえられ、半ば強引に馬車へと連れ去られた。



 その後私は、馬車に揺られ、住み慣れた公爵邸へと戻って来ていた。

 香りの良い風呂に入れられ、髪を丁寧に乾かしてもらいながら温かな紅茶を飲む。

 なんてことのない日常だけど、私にとってはすべてが懐かしい。鼻腔をくすぐる紅茶の香りも、舌先に触れる熱さだって、全部全部私自身の五感で感じているのだから。

 ふと鏡に映る自分を見る。鏡に映っているのは自分なのに、まるで自分のようじゃない。

 淡い紫色の髪、肌は抜けるように白く、きりっとした顔立ちから気が強そうな性格が伝わってくる。幼い頃はもう少し柔らかい顔つきをしていた気がするのに、性格によって顔が変わるのは本当かもしれない。


 ――仕方ないわよね。長い間、この身体は私のものではなかったのだから。


 私、アイリス・ハミルトンは七歳の時にとある事故に遭い、生死を彷徨ったことがある。その時、自らの命と引き換えに魔女――カーミラと契約を交わしたせいで、十年以上もの間彼女が私の身体に憑依していたのだ。

 憑依といっても、その間の意識は鮮明にある。私は意識はあるのに自分の意思で動くことも喋ることもできず、ずっともどかしさを抱えてきた。いっそのこと死んでしまえたら楽なのにと、何度願ったことか。


 ――でも、こうして身体が戻ったってことは、私は一度死んだってこと……?


 カーミラが憑依していた時の記憶ははっきりとあるのに、どうしても私が死んだ時のことが思い出せず頭を捻る。

 お医者様から聞いた話だと私は数日前、十八歳の誕生日に公爵家のバルコニーから落ちたらしい。他にある手がかりは、太腿に何かが刺さったような傷痕だけだ。

 カーミラとの契約には「私の命が尽きるまで」という制約があった。おそらく、何かしらで私の身体が死に、契約が切れたことで魂だけが元の身体に戻ったのだろう。

 私の身体に何が起こったのか、そしてカーミラの魂はどこへ行ってしまったのか……詳しいことは調べてみない限りわからないけれど、とにかく今はこうして元の姿に戻れただけでも十分だ。

 そう思い、もう一度温かな紅茶に口をつける。


 ――それにしても……苦い紅茶ね。


 香りこそ強いものの、口当たりは悪く渋みがある。まるで、長時間茶葉を煮出したような。これも、カーミラの嗜好に合わせた味だった。一緒に出てきた菓子も、干からびた虫のような見た目をしていて、食欲がまるでそそられない。

 十年以上、カーミラが私の身体を支配していた影響は大きい。これからも様々な場所でその痕跡を見つけ、修正していく必要があるとなかなかに骨が折れる。後ほど「やるべきことリスト」でも作ったほうがよさそうだ。

 それでもやはり、元の身体に戻った喜びと比べればどうってことはないけれど。


 ――まずは模様替えね、こんな真っ暗な部屋じゃ病気になりそう。


 壁紙から家具まですべて黒を基調として整えられた部屋は、居るだけで気分が暗くなる。

 焦らず、少しずつ元の生活に戻していこうと考えていると、私の髪を梳かしていた侍女の手が耳元に強く当たった。


「いっ……」


 その拍子に櫛が私の髪の毛を引っ張り、思わず顔をしかめる。

 すぐ後で、侍女の悲鳴のような謝罪が聞こえてきた。


「もっ申し訳ございません……!」


 一気に青ざめた侍女が、私の前に膝をつき深く項垂れる。両肩はまるで獰猛に怯える小動物のようにカタカタと震えていた。

 カーミラが私に憑依をして十年、彼女のせいで私は悪女と呼ばれるようになった。

 あまりのわがままさに周りは手を付けられなくなり、優しかったお母様は「自分のせいだ」と自らを責め、精神的に追い込まれた後に亡くなってしまった。あの時の怒りと悔しさと悲しみは、今でも鮮明に覚えている。

 お母様の死をきっかけに、お父様もすべてを諦めたのか、娘に対しては一切干渉することがなくなった。今日私が生き返った後も、様子を見に来ないほど。もしかしたら、あのまま死んでいたらよかったのに……と思われていてもおかしくない。

 おかげでカーミラは我慢することなく、好き勝手な人生を送ってきた。公爵家の金を自由に使い、あらゆるものを自分のものにした。ものだけではなく、人までも。

 彼女の餌食になった人間は数知れず、常に傍にいる侍女たちも被害者だった。

 侍女の行動がカーミラの癪に触れば、髪を引っ張りその顔や身体に罰を与える。酷いときには髪の毛や服を切り刻んだり、顔や身体に血が滲むほどの怪我を負わせることもあった。

 私は恐怖に震える侍女たちを見るたびに、心が痛んだ。そして、どうすることも出来ない自分の無力さが情けなくて悔しくて、たまらなかった。


 ――きっとこの子も叩かれると思っているのね。


 目の前の彼女も、これから与えられるであろう罰が怖くて仕方がないのだろう。

 数日前までならば罰を与えられただろうが、今は違う。幸い目の前にいるのは私……アイリス本人なのだから。もう、カーミラに好き勝手される私はおしまい。

 私は立ち上がると、傍の櫛を拾い上げる。そして侍女に優しく声をかけた。


「顔を上げて。ちょっと髪が引っかかったくらいで、そんなに謝ることはないわよ。多少抜けたって問題ないんだから」

「アイ、リス様……?」

「後は自分でやるから下がっていいわ」

「へっ……?」


 にこりと笑顔を作ってみる。久しぶりだから、上手く作れているかわからない。

 侍女は呆気にとられたまま動かなくなってしまった。


 ――って、いきなりこんなこと言われても驚くわよね……。


「とにかく、今は少し一人になりたいの。何かあったら呼ぶから」

「っ、承知いたしました……」


 侍女がそそくさと部屋を出て行った後で、ほうと息をつく。

 彼女からすれば、突然の優しさが逆に怖かったのかもしれない。だけど、これからも悪女を演じきったとしても得はないのだから、怪しまれたとしても穏便に済ませるほうがいい。


 ――そうすればきっといつか、皆わかってくれるはずよね。 家族も、使用人も、友人も。そして……。


「フレデリック……」


 今度ははっきりと、彼の名前を呼ぶ。たったそれだけで、胸が震え上がった。

 彼に会いたい。会って、今までのことをすべて謝罪して、しまい込んでいた想いを伝えたい。


 ――明日、会いに行こう。


 私はそう心に決めると、窓の外を眺めた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

続きが読みたいなと思ってくださった方はブックマークしていただけると大変嬉しいです!

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