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クロース

「さて、とはいえ状況は厳しい。というのも、アンドリューが語った通り辺境伯家の内部には教会の息がかかった者が相当数いるだろう。それに聖水を買って罪が許されるシステムは金持ちや権力者にとって非常に都合がいい。つまり、そういう人々はあてに出来ないということになる」


 辺境伯の息子、クロースは重々しい口調で語る。


「だが、末端の者たちは皆不満を抱いているはずだ! 特に教会から来た奴らは前線に立たないから実戦に投入される兵士たちは不満を抱いていたはずだ」


 アンドリューが声を上げる。それで俺は案を思いつく。


「そうだな、ならば辺境伯の軍勢を引っ張り出すことは出来ないか? そうすればそこにいる者たちを勧誘出来るかもしれないだろう」

「兵士や武将たちの前で俺が演説する。そうすれば俺たちにつく者も増えるかもしれない。ただ、俺は今の兵士たちの気分までは分からないが」


 そう言ってクロースはアンドリューを見る。


「確かに不満を抱く者は多いですが、このところそもそも魔物の出現自体が減っているのでそれでそこまでの不満はないように思われます」

「そうか……ならば先にいくつか大規模な魔物発生を起こし、人々の怒りを呼び覚ますか」


 クロースは平然と言うが、アンドリューはそれを聞き逃さなかった。


「まさか、兵士たちに辺境伯に不満を抱かせるために魔物討伐をさせると言うのか!?」

「そうだ。それに魔物は遅かれ早かれ倒さなければならないものだ。そうだろう?」

「だからといって作戦のためにそんなことをさせるのは……」


 アンドリューはなおも納得いかないようだったが、それを見てクロースはため息をつく。


「分かってないな。俺たちがこれからやることはクーデターだ。そこで手段を選んでいられると思うか」

「クロース殿。それは確かに一理ありますが、魔物を誘導して街を襲わせるのは難しいです。複数回行えば作為がばれてしまう可能性があるので逆に危険かと」


 シアンが助け船を出す。彼女もさすがに魔物を誘導して兵士に鎮圧させ、辺境伯の対応への不信感を募らせるというやり方に良心の呵責を感じてくれてそう言ってくれているんだと信じたい。


「分かった、とはいえ人は何となく不満があるというだけでは動かないぞ。少なくとも反乱を起こすほどのこととなればな」


 クロースの言うことは分からなくもない。俺も、ずっとエルナのことは疎ましく思っていたが実際に行動に出たのは十年も経ってからだった。多少不満はあっても、自分に非があるのかなとか、余計なことをして何かが起きるのが面倒だとか、そんなことを考えてしまうものである。

 とはいえ、魔物討伐のために兵士たちをおびき出すという考え自体は悪くない。


「ならば魔物を活動させて軍勢ごとおびき出し、鎮圧しにきたところを強襲して指揮官を討ち取り、そこでクロースさんが名乗りを上げるというのは」

「なるほど、力を示すということか。辺境伯も元々は武の家柄。本人は教会と癒着していても、兵士たちの中にはそういう気持ちを持った者もいるかもしれぬ」


 クロースが頷くと、アンドリューもそれに同調する。彼も武人気質であるから分かりやすいやり方の方を好むのかもしれない。

 それにアンドリューの話を聞く限り、兵士たちの忠誠心が高いとは思えないので、指揮官さえどうにか討ち取ってしまえば話ぐらいは聞いてくれるのではないか。


「皆さんがそれでよろしければ」


 シアンも頷く。


「それなら俺は軍勢が動くほどの魔物を見繕ってくる」

「ならば俺はこの街で手勢を集める。こちらではそこそこ顔が利く存在になったからな。それにそこそこの金も蓄えたからな」


 そう言ってクロースが立ち上がり、部屋を出ていく。

 残された俺たちは互いに顔を見合わせる。最初に口を開いたのはシアンだった。


「オルクさんは魔物を誘導するのに何か案はありますか?」

「いや、特には。強いて言えば挑発しておびき出すぐらいか」

「それなら私に案があります。闇魔術にはファナティシズムという対象の精神を昂奮させる魔法があります。知能が高い魔物には利きづらいですが、今回の作戦にはうってつけです」

「相変わらず闇魔術に詳しいな」


 俺の言葉にシアンは複雑そうな顔をする。そこを褒められても嬉しくないのだろう。


「じゃあ覚えるか」

「知能が低くて強い魔物か。それならワイバーンとかがいいだろうな。奴は竜種に次ぐ体躯を持っていながら、知能はあまり高くないからな」


 ワイバーンか。懐かしいな。一連の騒動もある意味ワイバーンから始まったところがあるので、少し感慨深い。


「でもワイバーンのいるところなんて分かるのか?」

「ああ、ワイバーン討伐の経験もあるからな。ただちょっと離れたところではあるが」

「ワイバーンならインパクトもあっていいですね」


 こうして俺たちの今後の方針が決まる。

 数日後、俺はシアンと『ファナティシズム』の魔法を習得し、アンドリューは周辺の地形の調査を行うなどの準備を終えた。


「すみません、私馬に乗れないんです」


 シアンが申し訳なさそうに言う。


「それなら俺の後ろに乗っていくか?」

「大丈夫ですか?」

「そのくらい造作もない」


 今までの人生で馬の背に誰かを乗せたことなど全くなかったが、俺は堂々と言ってみせる。そんな俺をシアンが頼もし気に見つめる。


「あの、無理ならいつでも……」

「大丈夫と言ったはずだ」


 アンドリューが何か言いかけてくるが、余計なお世話だ。

 俺が最初に連れてこられた馬に跨り、シアンの手を握って引き上げるように俺の後ろに座らせる。


「しっかり掴まれよ。後ろに乗せることは出来ても落ちるのはどうにもならないからな」

「は、はい」


 後ろからシアンが俺の腰に手を回す。後ろから彼女の華奢な体が密着して柔らかい感触と体温が伝わって来てどきどきする。


「もっとしっかり掴まった方がいい。あと、足にも力を入れて馬の胴体を挟み込むようにするんだ」

「こ、こうですか?」


 俺の腰をしめつける力と背中に当たる感触が強くなる。


「そんな感じだ。じゃ、行くぞ」


 そして荒れ地に向かって馬を走らせる。横からアンドリューが何とも言えない目で見てくるが、気にしないことにする。

 最初はしっかりとしがみついていたシアンだったが、少し進むにつれてコツを覚えて来たのか、だんだんいい意味で力が抜けてくる。俺の方も少しずつ二人乗りの感覚になれてきたので、馬のスピードを上げる。


「ところでワイバーンはどの辺に住んでいるんだ?」


 少し慣れて来た辺りで俺は並走しているアンドリューに声をかける。アンドリューはこちらの様子を見つつ速度を調節してくれているのでとてもありがたい。


「あの山だ。おそらく馬で二~三時間ほどだろう」


 アンドリューは前方にそびえる小高い山を指さす。


「ワイバーンは竜ほどではないが、他の魔物に縄張りを侵されるのを嫌うからな。比較的孤立したところに住んでいる。そして縄張り内を通る魔物や動物、人間を喰らうことが多い。ただ、通常は縄張りを侵されない限りは温厚だ」


 そしてアンドリューは前回ワイバーンを倒した時の武勇伝を語った。その時は大人数の兵士を引き連れ、急降下してきたワイバーンの翼を縄で絡めとって捕まえたとのことだった。ということは今回もワイバーンを連れていけば相手も大人数を繰り出してくる可能性が高い。それが狙い目だった。

 そんなことを話しているうちに、俺たちはアンドリューが指さした山の麓に到着した。

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