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アンドリュー

「これは生き返ってますね」


 アンドリューの脈をとりながらシアンがつぶやく。彼女の表情にも興奮が見て取れた。


「そうか、ならとりあえず縄を切るか」

「そうですね、改めて考えると私は何て非道な扱いをしていたんでしょう」


 いつ暴れ出すか分からなかったとはいえ、両手両足を縛って監禁というのは非人道極まりない扱いである。アンデッドではあったが。

 俺は慌てて手足の縄を切り、シアンは青い顔で『ヒール』や『リフレッシュ』をかけている。ちなみに『リフレッシュ』は気分が良くなる魔法で、通常は吐き気や頭痛などを治すために使われる。


「うぅ……ここは一体? 俺は、何があったんだ?」


 アンドリューはゆっくりと目を開けると苦し気にうめき声を上げる。

 癒しの魔法をかけられ、拘束を解かれたアンドリューは何が何だか分からないというふうに辺りを見回す。


「あなたはどこまで記憶がありますか?」


 シアンの問いにアンドリューはしばらく額を押さえて考え込んでいたが、やがて話し始める。


「どこまで? そうだ、思い出した。あれはトロールの群れが湧いた日だ」


 そしてアンドリューはまるで堰を切ったように話し始めた。


「俺は伯爵様に、この戦いで手柄を挙げればおぬしを騎士に任命する、という言葉を受けて喜び勇んで出陣した。そして数日間の死闘の末、奴らを根絶やしにしたんだ。部下もたくさん死んだがな。帰った俺は手柄を報告したが、なぜか俺は騎士になれず、聞いたこともない名前の男が騎士に叙勲されたんだ!」


 そしてその時の怒りをまるでそのまま再現するように顔を真っ赤にし、眉をつり上げて語気を荒げる。

 

「当然俺は伯爵に話が違う、と抗議した。すると奴は言った、『あれは単なる口約束だ。確かにトロールの群れを倒したのはすごいが、こやつを騎士にすれば莫大な金が手に入る。軍を維持するにも何かと物入りだからな』と。そしてあろうことか俺に向かって金貨の入った袋を渡しやがったんだ!」


 彼は憤懣やるかたない、という様子で語る。確かにその状況で金を渡されるのは彼の性格なら侮辱を受けた、と感じてもおかしくないだろう。


「そこからはあまり覚えてないな、気が付くと俺は血のついた剣を持っており、目の前には伯爵をかばった衛兵が倒れていた。俺は衛兵に囲まれそうになったから神殿に逃げたんだが、そこで意識を失って……ではこの、暗いところに閉じ込められたような感覚は何だ?」

「すみません、それについては……」


 今度はシアンが事情を説明する。彼女の説明にはここまで辺境伯への恨みをぶちまけていたアンドリューもさすがに唖然とする。


「何と……そんなことが」


 さすがの彼もそれが感謝すべきことなのか恨みに思うべきことなのか、すぐには判断がつかなかったようでしばらく口をぱくぱくさせている。そのため、今度は俺が口を挟む。


「とにかく、俺たちは教会と辺境伯の不正を告発したい。実は……」


 今度はゴルドの事情や先ほどの賊の話をする。

 あまりにたくさんの情報を一度に聞かされたからか、アンドリューは頭をひねって困惑した。


「まさかそこまでの事態になっていたとは……。戦士としてアンデッドのまま存在させられていたことは遺憾だが、それは許す訳にはいかぬ」

「申し訳ありません、名誉を重んずる戦士の方にこのようなことをしてしまって」

「うむ……許す、とは言えぬがひとまずは伯爵を断罪する方が先決だな」


 完全に納得した訳ではないが、協力はしてくれるようだった。俺はひとまず安堵する。


「ならば一応ゴルドという人物の話も聞かねばなるまい。だが、蘇生はリエールでは禁呪とされている。蘇生してももはや家族の元に戻ることは出来ぬぞ」

「ああ。だから俺は話を聞くだけにしようと思っている」

「なるほど……そんなことも出来るのか」


 アンドリューは呆れと感心の中間のような顔つきをした。


 俺は近くに埋まっていたゴルドの遺体を掘り起こす。

 一週間も土に埋められていたゴルドの遺体は腐敗しており、本人が希望したとしても蘇生出来る状況ではないだろう。アンドリューも遺体を見て思わず顔をしかめる。

 この状態でも交霊は可能なのかと思ったが、やるしかない。


「『ポゼッション』」


 俺が唱えると、ゴルドの遺体からするすると黒い紐がどこかへと伸びていく。すでに彼の魂はどこか遠いところにいっているのか、紐の行く先は俺の肉眼で辿れるレベルを超えていた。

 すると紐が魂と繋がったのか、突然アンドリューの顎がかたかたと痙攣するように動き出した。その姿はまるで骸骨が一人でに動いているような気味の悪さがあった。


「ひっ」


 思わずアンドリューは悲鳴を上げて後ずさる。まあそれが普通の反応だろうな。


「おい、ゴルドさんか?」


 俺は声に出してみるが、骸骨は相変わらずかたかたと歯を鳴らしている。


「街を出る前にあったことを教えてくれ」

「ヘンキョウハクノカシン、キタ。シキョウ、オカネワタシタ。カシン、セイスイヲカッタ。カシン、イッタ、『コレデザイニンガデテモユルスコトガデキル。チョウドハクシャクサマノソッキンガソソウヲシテコマッテイタ』ト」


 ゴルドの遺体の声は非常に聞き取りづらかったが、どうにか言いたいことは分かった。それによると辺境伯は教会から聖水を買い取り、それを使って辺境伯の側近が罪を犯したときに罪を打ち消していたのか。俺たちは聖水を単なる金儲けの手段だと思っていたが、そういう使い方もあるらしい。

 聖水のいいところは、金がある者は何かやらかしても聖水を買えば許されるという保険になるため、表立っては批判しないということである。


「許せぬ……罪を金で解決しようなどと」


 アンドリューはそれを聞いて激怒する。


「だがこれについては交霊ではなく、例えばシアン殿が教会でその現場を見たというふうに報告する方が信ぴょう性は増すだろうな」


 なるほど、それはそうかもしれない。


「さて、これからどうする? 正直俺には誰に告発するのが一番いいのかは分からない」

「ふむ。王都ではこのような辺境の事件、まともに取り合ってもらえないだろうな。この近くでオルメイア伯爵に対抗出来るような人物と言えば交易都市アルザードを治めるバルゴア伯だろうか」


 名前は聞いたことがあるが、どんな人物かは知らない。


「どんな方だ?」

「交易都市には異国の者や異種族など様々な者が出入りする。そのため、バルゴア伯は旧来の身分や秩序に縛られず人材登用を行うことで有名らしい。オルメイア伯は『単に珍しい者を無分別に登用しているだけ』と悪口を言っていたが、今はオルメイア伯と仲が悪いのは逆に頼りになるかもしれない」

「なるほど」


 アンドリューの情報に俺たちは感心する。俺もシアンも政治的なことには全く詳しくないので、伝聞とはいえそういう情報を知っているアンドリューの言葉は参考になる。


「教会というのは伝統と腐敗の象徴だからな。教会と戦う上ではうってつけの人物かもしれぬ。ただ、バルゴア伯が政治的な野心や正義感を持っているという話は聞いたことがない」

「じゃあ一体どんな人物なんだ?」

「……あくまでバルゴア伯と仲が悪いオルメイア伯の家中での噂だが、」


 アンドリューはそう前置きして言う。


「……銭ゲバらしい」

「そこは辺境伯と同じじゃないですか」


 シアンが呆れたように言う。教会と癒着するか、様々な者を集めて商業を興すか。手段は違えど目的は一緒かもしれないらしかった。せめて善の守銭奴であってくれればいいのだが。


「何にせよ、とりあえずバルゴア伯と会ってみるか。話を聞く限りだと、初対面でも話ぐらいは聞いてくれるかもしれないし」

「そうですね。他に当てもないですし、そうしましょう」


 こうしてとりあえずの方針は決まった。


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