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半死半生の騎士と全知全能のカミ  作者: 深瀬はる
第十五章 復讐の憎悪
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偸生の杖を携えた少女


「で、結局お前までこっちになったんだな。貧乏クジ引いたな」

 言いつつジャージは、本当のところどちらが貧乏クジかは分からないな、とも思った。真正面からブラックと激突する陽動部隊の方がよほど貧乏クジかもしれない。

「ロト卿がいらっしゃらないんだから、わたしがいないと言葉通じなくなっちゃうでしょ。ちょっとはユネハス語勉強したらいいのに。ハンクは日常会話くらいならできるようになってるよ?」

「そう、ハンクが微妙に喋ってくれるからオレはいいの。細けぇ話になってもフロルもいるし、一応。だからお前もロトの人使いの荒さに付き合ってやんなくてもいいんだぜ? ご愁傷様、だ」

「一応とは何だ一応とは?」「何よわたしがいちゃいけないわけ?」「ジョージ、これ食べようよ。獅子キノコのバター焼きだってさ」

「いっぺんに喋んな!」

「何さ、うちの娘がここにいちゃ悪いってのかい」

 一歩出遅れての苦言はマチルダである。

「出遅れてまでわざわざ首突っ込んでくるな! あとフィラーの従軍に一番反対してたのはあんただろ!」

 厳密には出遅れたわけではなくマチルダもいっぺんに喋る一団の中にあったのが、フィラーの通訳が遅れただけである。

「自分で反対するのと余所様に人の娘の文句言われるのは違うんだよ」

「文句じゃねぇだろ。同情してるだけだ。フィラーはまだ十三歳だぞ」

「余計なお世話さ。あんただって十四だろうに。あたしゃはあんたに同情はしてないよ。強さを知ってるからね」

「……もう一回言うけど、あんたが一番反対してたよね?」

「決まっちまったんならベストを尽くすだけさね。あたしも、この子も」

 カーゴは空を飛んでいるはずなのに驚くほど静かで、全く揺れもなかった。その上、窓もないのでなおさら飛んでいることを意識しなくなった。

 反重力魔導装置で浮き、姿勢制御魔導装置が細かく傾きを制御し、常に水平を維持している。機械的な駆動部分がないカーゴは、かつて乗ったモリアーティーの輸送ヘリ・スヴァンフヴィート885ステルナのけたたましいローター音とは雲泥の違いだった。

「今どの辺りにいるんだろうね?」

と、ハンクが二つ目の獅子キノコのバター焼きを頬張りながら言った。キャビンのテーブルには他にも森ベリーの蜜煮、鞭髭エビのミニ串など摘まみやすい物が並んでいる。保温ボトルの紅茶はカール定番のアスマラ・ドラン。カール出身者に気を遣ってくれたのだろう。

「ナノリ沖だな」

 応えたのはキマロリネスである。キマロリネスが身に纏う強化アーマー・直参式は、フェニックス島で失われた青生生魂(アポイタカラ)の代わりに、人工魔石・灼兆を使った量産型のコアドライブに換装されている。コアドライブが格納されている背面装置の装甲板はこれまで同様に金龍の斧の斧頭がその役割を担っているので、外見は今までと同じだ。

 キマロリネスはナノリ沖だと言ったが、窓のないカーゴからは全く外の様子が分からない。ハンクは目をぱちくりとした。

「それは、タイムリーですね」

 獅子キノコはナノリ産が有名だ。

「聖地までは残りちょうど五時間だ。冥力の影響範囲について正確なところは分からん。各々、武具を肌身離さず持っておくように」

とキマロリネスは全員をぐるりと見渡して言った。

「――実際さ、魔法使いにとって杖ってどんくらい役に立つの? よく考えたらオレ、魔法を使う人が『魔法の杖』を振ってるとこ見たことないかも」

 ジョージは、フィラーが与えられた偸生の杖を見ながら言った。長さは手のひら二つ分ほど。蛇が巻き付き、杖の頂点には薄く透けるような銀灰色の片翼を戴く。腰のベルトに差してある杖が、ローブの隙間から見え隠れしていた。

「そりゃそうよ、ただの飾りみたいなものだもん」

と、フィラーはあっさりと言った。

「杖持ってても魔法力や魔力が強くなるわけじゃないもの。おまじない的な要素が強いわね。初心者とかちっちゃい子どもとかだと案外そのおまじないが侮れなくて、成功率が上がったりなんてこともあるみたい。上位の魔法使いでも、杖は片手塞がるから卒業してるとしても、代わりに指輪つけるって話はよく聞くし。杖を決まった手順で振ってちちんぷいぷいと魔法を唱えるなんてのは絵本のなかだけのお話ね――夢をへし折っちゃったかしら?」

「いや全然。言ったじゃん。そもそもオレは杖持ってる魔法使いなんか見たことねぇもん。でもいいこと聞いたぜ。おまじないも侮れないんだろ? ってことでハンク。その辺で小枝でも拾っといた方がいいんじゃね?」

 軽口を叩くやピュンっと魔弾丸が飛んできて、ジョージは首を振って躱した。

「杖なしでも魔法成功したよ!」

 ハンクはジョージの顔面に人差し指を向けて、満面の笑みを浮かべていた。フンっとジョージは鼻を鳴らした。

「遅すぎてハエが止まるわ」

「そういえばさっきから頭の周りにハエがたかってるけど、ちゃんとシャワー浴びてる?」

「プレーリーの雄大な自然に育まれた屈強な男子はな、お前みたいな都会のモヤシっ子と違って毎日湯浴びなんかしなくても平気なの」

「えぇ……知りたくなかった情報だなぁ」

 ハンクが怪訝そうに見上げた先はフロルである。フロルは心底嫌そうな顔をした。

「『プレーリーの雄大ななんたらかんたら』に善良な一般プレーリー村民である私を含めないでくれたまえ。風評被害も甚だしい。隅で縮こまってるあやつは不運にもパック流剣士なのでジョージと同類かもしれんが」

 カーゴの隅で体を丸め、青い顔で何やら呪詛のようにブツブツと呟いているのはカラハリ・ローランである。あまりにも様子がおかしいのでカーゴにいる全員が自然とカラハリから距離を取っていた。特にジョージは、負のオーラを振り撒きまくっている怪しい男と旧知の仲だと思われたくなくて、完全に空気ように存在しないものとして扱っていた。

「……彼は本当に大丈夫なのか? 精神に異常をきたしているのではないか?」

と、キマロリネスが心底真面目な表情でド直球な質問を放った。ハンクがブホっと吹き出した。


 落ちたら……落ちたら……。

 水神よ、オケアノスよ……許したまえ……。

 これは罰なのか。飛ぶはずのないものが、空を……忌まわしき獣が……我々を地上から引き剥がし。

 俺は泳げぬ……泳げぬのだ……。忌々しい空の棺桶……私は海に落ち……泡を吐きながら藻に絡まれ……誰も助けに来ぬ……誰も……。


 カラハリの右手は頭を掻きむしり、左手は床板を一定間隔でトントンと叩いている。


 あり得ぬ……あり得ぬことだ。馬車は地を走る……船は海に浮かぶ……。なのにこれは……獣が空を引きずる。

 もしキマイラの翼が折れたら……船は真っ逆さま……俺は叫びながら落ちる。冷たい海に沈み、肺が灼けるように……助けは聞こえぬ。

 声は波に消え……ただ暗い底へ……底へ……。


 床板を叩く音が徐々に大きくなっていく。彼は額を壁に押しつけ、ほとんど息だけで呟いていた。


 泳げぬ……泳げぬ……落ちるな……落ちるな。

 水君オケアノスよ……風神ゼフィロスよ。地上に戻したまえ。この空の悪夢から……私を……。


 キマロリネスはフィラーをチラリと見た。しかしさすがのフィラーも、狂人が紡ぐ途切れることない不吉な怨嗟をどう通訳したものか困り切っているようで、泣きそうな目でフロルに助けを求めていた。

「――心配はご無用ですぞ、キマロリネス様」

と、耳をそばだてていたフロルが朗らかに言った。

「人よりも少々余計に地面が大好きなだけです。これから相まみえんとするフェリキュール・ブラックや冥王よりも、カーゴが墜落して溺れてしまうことのほうが、彼にとっては胃の腑がせり上がるような恐怖なのです」

「ほう。魔の者など恐るるに足らず、畏怖するはこの雄大な自然のみ、ということか。実に頼もしいではないか」

 本音か皮肉か、絶妙な塩梅のコメントを区切りとして、一旦はカラハリの存在がまた空気(とちょっとした騒音)に戻った。

そして次にカラハリの存在感が発揮されるまで、そう長くはかからなかった。

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