黒龍招来
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―来たれ風精。白夜を切り裂く春嵐の息吹。幾千幾万と重なり鳴り奏でよ、剣舞の饗宴。万象切り裂く白き乱刃・千刃白翼剣―
ロトとドゥーレムは二人並んで隊列の先頭を飛んでいた。二人に追従するのは六機編隊のベスパ戦闘機である。
くそったれ、速過ぎんじゃ……。こっちは翼があるってのに。
ドゥーレムはすでに全速力。しかしローブをはためかせて優美に飛ぶロトが、未だ本気ではないのは明らかだった。味方を置き去りにしないギリギリの速度まで落としている。要するにドゥーレムやベスパ戦闘機に配慮して手加減してくれちゃっているのだ。率直に悔しい。歯がギリギリと鳴った。
「このわしが、こんなひょろがりモヤシ野郎に遅れをとるわけにはいかんのじゃァ!」
ド直球な悪態をつきながら、ドゥーレムは全力で飛ぶ。しかしロトは常にドゥーレムの先を行く。追い抜けそうなのにいつまでも追い抜けない。
わしもあっちに乗っとけばよかったかのぉ。ドゥーレムは後方のベスパ隊をちらりと振り返った。
ベスパ戦闘機を駆るのはモリアーティー空軍から選りすぐった精鋭パイロット。編隊長はクラウド・ジョーキンス三等空佐だ。佐官としては新任らしいがモリアーティー空軍随一の戦闘機乗りだと聞く。
六機各機に二人乗りのかたちでパック流剣士たちが搭乗している。わずかな時間ではあったが彼らはパイロットとのバディで空中戦闘の訓練を積んできている。
ドゥーレムは自分の最強戦闘形態「大精霊ドゥーレム」に絶対の自信があった。得体の知れない機械の馬になんぞ頼ってたまるか! と自前の翼を選んだ。しかし――文弱そうに見えるロトがあれほど速く飛ぶとは。
うーむ、このままでは戦いの前に疲れ切っちゃうかも。ベスパとかいう馬、座っているだけで亜音速で飛べると知っていればわしだって鼻歌でも歌いながらのんびり空の旅としゃれ込んでおったところだ。
ドゥーレムをさらに驚嘆させたのは、パイロットたちが魔力を持たない一般人だということだ。機械の馬にまたがれば魔法使いでなくても自由に空を飛べる。魔弾丸の魔技が使えなくても、手元のボタンをちょんと押すだけでとんでもない数の弾丸が連射できる。重要なのは機械を操る技術とその練度だという。
生まれ持った魔力の有無ではなく。
カール王国では魔法使いはその希少性から魔力の大小を問わず重宝される存在だが、いつかその価値が失われる時代が来るかもしれないと、初めて空戦訓練の様子を見た時からドゥーレムは感じていた。
ふいに、ぞくりとした感覚が体の芯を冷やした。パック流剣士としての歴戦の経験がものをいう直感だった。
「散れぇぇぇィ!」
ドゥーレムは反射的に叫び、自身も直勘で左にバレルロールした。
その瞬間、漆黒の帯が空を貫いた。
上下が何度も入れ替わる視界のなかに、急上昇あるいは急降下するベスパが残像のように映る。ベスパは機動力が売りの機体。上手く逃れてくれたようだ。
遠くの空が再び黒く光ったような気がした。
「あれは……」
漆黒の帯が幾筋も飛んでくる。人ひとりがすっぽり呑み込まれるほどの太さがある。ドゥーレムは翼をたたみ、帯と帯の合間を縫うように飛んだ
一目で分かった。自分が振るう技とはまるで規模が違うが、見紛うはずがない。
あれは紫電一閃。パック流の奥義だ。
なぜ敵方からパック流が? この場にいないパック流剣士は誰だ? ドゥーレムの頭脳は鋭敏に答えを導き出した。
「カラハリィィィィィ! 裏切ったかあああああぁぁぁ!」
なるほどなるほど。あの野郎め、密かに敵に通じておったというわけだな!
わしがおってはパック流剣士の第一席に座ること叶わぬと悟り、好待遇を求めて敵方に寝返ったと見える。戦鬼似の豚ヅラは向こうに混じっても自然に溶け込むしな! 天が二物を与えたわしと違って、あやつは力は今一つ、顔面も醜男とハンデを背負って生きてきた。
哀れ。
もちろんわしは優秀なのでカラハリが闇堕ちする可能性を常に危惧しておった! しかしまさか実行に移そうとは! よもやよもやだ!
「んなわけあるか!」
一機のベスパが近づいてきた。クラウドが駆る機体だ。クラウドはわずかな隙間を突いて機体をほぼ真横に倒しつつ横滑りさせている。後ろに乗っているアニー・サマルトが必死に声を張っていた。
「カラハリにあんな技が使えるか?」
「ハッ! 確かに!」
普通の紫電一閃は魔弾丸に似た技だ。あんな極太漆黒ビームをぶちかます技ではない。ドゥーレムにもあれはできない。自分にもできないということはカラハリでは到底無理だ。ドゥーレムは完璧に納得した。
あの規模の技が使えるとすれば……。パックは死んだ。確実に死んだ。死体を見た。埋葬した。
となれば、候補はあと一人しかおらんじゃないか。
ドゥーレムは愛剣・夢現を抜き放った。
「――ラーラルドはこのわしが相手する! お前らはハエのように纏わり付く戦鬼どもを残らずブチ殺せィ!」
六機のベスパ戦闘機が再集結した。剣士たちは座席の上に立ち上がり、それぞれがすでに剣を抜いている。
「戦鬼をわしに近づけてはならん! いかにわしが最強無敵強靱であろうとも、ハエ叩きしながらラーラルドを抑え込むのは、あー……若干厳しい。若干!」
さながら真っ黒な壁が眼前に広がっていた。その正体は翼を広げた空戦型オークだった。ついに敵陣の最前線に到着したのだ。無数の敵兵が左右数キロに渡って層を成し、こちらに迫ってきていた。
言うまでもなく、その全てが鉄仮面と甲冑に身を包んでいる。
グロイスを襲った戦鬼軍に含まれる甲冑戦鬼の比率は恐らく一割にも満たなかった。甲冑戦鬼とは冥王軍虎の子の少数精鋭兵だと考えていた。
しかしこの戦場で相対するのは全てが甲冑戦鬼だ。少数精鋭という認識は改めねばならない。雨後の竹の子のようにいくらでも湧いて出てくるモブキャラなのだ。
精鋭だろうがモブだろうが、認識を改めたところで敵の強さは変わらない。ドゥーレムの肌感では、甲冑戦鬼は通常戦鬼の十体分くらいの戦力に相当する。大量発生したイナゴのようなそやつらを、地に足がつかぬ不利な空戦で押し返さねばならないのだ。
―パック流奥義 建御雷―
パック流最速の剣技が六筋、ベスパ戦闘機から雷霆の矢のように飛び立った。ドゥーレムはその様子を腕組みしながら仁王立ちで見送る。
ゆけィ、剣士たちよ! 貴様らは数ヶ月前とは比べものにならないほど強くなった! 実戦を通して得た経験値は何物にも勝る。貴様らのレベルは大幅に引き上げられている!
黒い壁の一点がチカッと光った。極太漆黒ビームが再び空を駆け巡る。巨大な黒龍の群れが一直線に突進してくるかのようだった。やはりこの紫電一閃、使い手はラーラルドに違いないとドゥーレムは確信を深めた。
剣士たちは空中をまるで稲妻のようにジグザクに跳び、紫電一閃を躱しつつ戦鬼の壁へと迫る。
奥義・建御雷は雷を刃に纏う技だが、使い手までもが雷に変身しているわけではない。稲妻のような軌跡は、剣士同士が違いに蹴り合ったり投げ合ったりして空中で方向を変えることによって描かれていた。
そして戦鬼の壁がまるで花火のように弾け飛んだ。
アニー・サマルトが咆哮をあげ、戦鬼の群れの真っ只中で陽炎が唸りをあげた。散華旋舞が巻き起こしたつむじ風はすぐに血と肉片で赤黒く染まった。
誰が放っているか見分けがつかないほど乱発される華断煉撃は草刈りのように戦鬼の首を裁ち切り、建御雷の速度を活かしたヒットアンドアウェイ戦法は甲冑呪紋の連鎖爆裂を誘発し敵を一網打尽に自爆死させていった。
奥義の衝撃や斬撃の反作用、甲冑呪紋の爆風まで活用して剣士たちはうまく高度を維持し、次々と戦鬼の壁を抉り去っていく。そのあたりの立ち回りが一番下手くそなのはリー・ジョーダンで、何度か高度を維持する足がかりを見失い落下していた。しかしベスパ戦闘機が下に回り込んで受け止め、リーは秋霖を振りかぶりつつジャンプで再び戦線に復帰する。
「うーむ! 実に素晴らしい!」
ドゥーレムは腕を組んで唸った。
「パック流剣士が蝶のように宙を舞い蜂のように敵を刺す。そして彼らが存分に空中で戦えるようにモリアーティーの戦闘機が足場として彼らを支える。完璧な連携じゃ。訓練した連携が機能しておる!」
そして、あいつにとってそれはさぞかし気に食わないことだろう。
―追加契約・暴風の弾頭―
ドゥーレムは牽制の遠距離魔法を放った。圧縮された風のミサイルを、とある一点に浴びせかける。
「――弟弟子たちが煌めいておるんじゃ。無粋な真似をするんじゃない」
パック流剣士に飛び道具は効かない。そんなことは百も承知。効かないが手を止めさせることはできる。
「お前の相手はこちらだよ。久々の再会を喜ぼうじゃあないか。なあ、ラーラルドよ」
ドゥーレムの呪文を一薙ぎで払いのけたのは、フードを目深に被り黒いマントに身を包んだ男だった。
マントから覗く手には石の棒。目を凝らすと、それは石化した剣のように見えた。誰かがラーラルドの破魔剣を石化せしめたのだろう。どういう経緯でそんなことになるのか見当もつかないが、とんでもないファインプレーだ。
しかし剣が本来の姿を失ってなおあの威力の紫電一閃――。
ドゥーレムの背筋を冷たい物が伝った。
震えている? ……恐怖? いやこれは――。
ドゥーレムは夢現を構えた。基本の基本、中段の構えだ。
対する黒いマントの男は得物を構えるでもなく腕をだらりと下げ、ふわりと浮いて向かい合っている。しかし、風船のように「浮いている」だけなはずがないことは、気を抜くと一瞬で気絶させられてしまいそうな威圧感が物語る。
一触即発とはこのこと。因縁の一騎打ちがまさに始まろうとする瞬間だ。
震えの正体。ドゥーレムは晴れ舞台に武者震いしていた。
そんな雰囲気をぶち壊しにしたのは、太陽を背に急降下してきた神官団長臨時代理ロトであった。
ガツン! と何かがけたたましくぶつかり合う音と衝撃が周囲に走った。ドゥーレムがほんの一瞬目を背けた間に黒いマントもロトも視界から消え、眼下の海から水柱が上がっていた。




