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将門炎舞記 下巻  作者: 浮島太郎
第16章 祈りの戦場

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公津ヶ原霊戦、星神顕現


寛朝に覚悟が宿る。


――来る。


その気配は、風よりも早く、深い闇の底から静かに滲み出してきた。

護摩木が爆ぜ、橙の火花が散った瞬間、星神の姿が、幻視の中に立ち現れた。


星神は、漆黒の虚空を纏う巨大な影であった。

輪郭は常に揺らぎ、形を定めない。周囲の空気は凍りつき、光さえ歪む。


その影は、黒い焔のようでもあり、天空に漂う星雲のようでもあり、その奥は、星々が明滅する 宇宙の深淵へと繋がっている ように見えた。


頭頂には、青白い光を放つ「七曜(北斗七星)の冠」 が浮かび、あたかも七本の光の角のように輝いている。

そして、冠がゆっくりと回転するたびに、天変地異を呼ぶ呪力が地上へ降り注いだ。


その下には“顔”のようなものがあり、その中央には金色に燃え盛る巨大な一つ目(一星一眸) が開いていた。

明けの明星か、北辰か――その輝きは凄絶で、見つめれば心が砕けるようであった。


寛朝は息を呑んだ。


星神の胸の奥では、星々が脈動している。

それは、世界の裏側へ通じる裂け目のようで、視線を向ければ魂が引きずり込まれそうだった。


寛朝が霊視した星神は、混沌そのもの であった。


「……お前が、星神か。」


影は答えず、ただ近づいてくる。


そして――

星神は、護摩壇の向こうに“立っていた”。

いや、立っているのかどうかすら分からない。

ただ、夜空そのものが人の形を模したような影が、寛朝を見下ろしていた。


寛朝は護摩壇の炎に手をかざし、大日如来と不動明王の光を胸に呼び覚ます。


「この闇を……押し返す。」


寛朝は右手の五鈷杵を天に突き上げた。


その瞬間、護摩の炎が形を変え、不動明王が背負う伝説の火の鳥――

迦楼羅かるら の姿となって黒霧へ向かって飛翔した。

橙の迦楼羅炎が高く燃え上がり、星神の影とぶつかり合った。


漆黒の霧と真紅の炎が激突する境界では、稲妻がはしり、周囲の木々は一瞬で消炭けしずみとなった。

その衝撃は何度も吹き荒れ、天地を裂くような轟音が続いた。


光と闇。

秩序と混沌。

祈りと怨み。


寛朝は悟った。


――これは、将門の乱ではない。

――星と人との戦いである。


そして、その中心に立つのは、破軍の星御子――平小次郎将門。


「ならば、私は光を掲げよう。この星の闇を、再び常世へ沈めるために。」


寛朝は真言を唱え、炎を掲げた。


南無悉地金剛羯磨

「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン…


――ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン…



――ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン」


炎が轟き、星神の影が揺らいだ。


戦いは、いま始まったばかりであった。



日が落ちるにつれ、星神の穢れが僧侶たちを襲った。

幻聴が耳を裂き、鼻と耳から血を垂らし、次々と倒れていく。


護摩壇の炎は弱まり、星神の闇がそれを呑み込もうとした。


「――ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン」


それでも不動明王呪は止むことが無く、呪術戦は、深夜まで及び最高潮に達した。

寛朝は、己の“命の灯火”を護摩の燃料とする覚悟を決め、左手の金剛鈴を激しく打ち鳴らした。

その音は、空間の歪みを強引に引き裂く“霊的な雷”となった。


護摩の炎が消えかけたその刹那、寛朝の霊魂が覚醒した。

寛朝の肉体は不動明王の焔を纏い、眩い光を放ち始めた。

寛朝の背後に、不動明王の巨大な幻影が幾重にも重なって顕現する。


明王の右手の三鈷剣が一閃――空を覆う黒霧を十文字に切り裂いた。

不動明王の利剣の光に射抜かれた星神の眼は、裂け目の奥で激しく明滅し、苦悶の地鳴りとともに北の空へ退いていった。


その瞬間、空には美しい星々が戻り、初日の攻防は、寛朝側の辛勝で幕を閉じた。


初日の激突を経て、将門は確信した。


「公津ヶ原にいる僧侶を殺さねば、己の命が危うい」


星神の怒りはさらに膨れ上がり、これまでにない苛烈な猛攻を仕掛けることとなる。


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