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将門炎舞記 下巻  作者: 浮島太郎
第10章 葦間に起つ者たち

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朝の光、影の行方

夜が明けた。

湿原を包んでいた血と煙の匂いは、朝霧に溶けて薄れていく。

まるで昨夜の地獄が嘘のように、坂東の朝は温かかった。

河内郡衙から奪い返した米俵は、国巣衆の男たちによって、湿原の中州に点在する集落へ次々と運び込まれていった。

「お、お米だ……!」

「こんなにたくさん……!」

「夢じゃないのか……?」


女たちが集まり、童子たちは米俵の周りを跳ね回る。

「ごはん食べられるね!」

「おなかいっぱいになるね!」

「おかあちゃん、今日お祭り?」


母親たちは涙を流し、老人たちは震える手で米を撫でた。

「ありがたい……ありがたい……」

「玄明様……玄明様……」

玄明は照れくさそうに頭をかいた。

「おいおい、俺なんかを拝むなよ。皆で取り返したんだ。」


昨夜、鬼のような形相で国府の兵を蹴散らした荒くれ者たちも、今は童子に炊いた飯を渡しながら笑っている。

「ほら、持ってけ。おまえらが食わなきゃ意味ねぇんだよ。」


国豊はその光景を見つめ、胸が熱くなった。

――これが玄明の戦いか。

――これが“民のための暴れ”なのか。


昨夜、玄明が見せた呪術の恐怖。

今朝、民の笑顔に囲まれて照れる玄明。

その両方が、ひとりの男の中に同居していた。


国豊は清名を抱きしめ、静かに呟いた。

「……運命さだめは、間違っていなかった。

玄明と出会い、この道を進んでいる……」


その言葉を、遠く離れた平安京で滝姫も“視て”いた。

「国豊さま……あなたは、影と光の両方を背負う人……」

滝姫の瞳に、ひとすじ涙が流れた。



――その頃、

鎌輪館では、将門が文机の前で地図を広げていた。

そこへ、息を切らした郎党が駆け込む。

「殿、大変でございます!

浮島が国衙の兵に襲われ、大掾殿が……!」

将門の眉が跳ね上がる。

「大掾が自分の兵に襲われた、とでも申すか?」


郎党は首を振った。

「いえ、行方郡司・壬生氏が国衙の兵を動かしたようなのです。」

「なんだと! 国豊は無事なのか?」


「それが……国豊様も一族郎党も、浮島館も信太一帯も……

焼き払われ焦土と化した、とのことです。」

「な……なんということか……!」

将門は項垂れ、拳を震わせた。


「とにかく、死んだと決まったわけではあるまい。国豊の消息を追え!」

怒りで狂いそうな将門に、誰ひとり近づけなかった。


そこへ、別の郎党が駆け込む。

「将門さま……! 香澄流海(霞ヶ浦)で……“鬼”が暴れております!」

「鬼だと?」


「行方郡衙が焼かれ、不動倉が襲撃されました。

行方郡司・壬生氏は全員殺されました。」

「な、なんだと……?」

今しがた“国豊の仇”と呪った相手が、すでに死んでいるという。

「何が起きているのだ……?」


さらに別の郎党が駆け込む。

「信太北部の土豪、藤原玄明なる者、私兵三百を率いて河内郡衙を襲撃し、不動倉を略奪したとのこと!」


将門は混乱した。

壬生氏の死、行方の焼失、河内の陥落――

坂東全土が一夜にしてひっくり返ったようだった。


そこへ、浮島の郎党・信太成宮が面会を求めてきた。

「将門公、信太成宮にございます。

維幾めが壬生氏と結び、信太浮島を攻めましたが、国豊様は湿原で命を拾われました。」


「おぉ……国豊は生きていたか!」

「ご妻女も清名様もご健勝にございます。」

将門は胸を撫で下ろした。

成宮は続けた。

「我らを扶けたのは、藤原玄明なる土豪です。

玄明は国巣の民と結び、兵三百を率いて河内の不動倉を襲い、

さらに佐伯の民五百に行方の不動倉を襲わせ、壬生氏を殲滅しました。」


将門は言葉を失った。

あまりにも情報が多く、頭が追いつかない。

「……つまり、国豊は生きており、その国豊を救った玄明という男が、国府を相手に叛乱を起こした、というのだな。」


「はっ。国豊様と玄明殿は、将門公の庇護を恃み、参上したいとのことです。」


将門は静かに立ち上がった。

「……会わねばなるまい。民のために戦う者ならば。」

その瞳には、英雄の光と、影の揺らぎが宿っていた。


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