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ダイアリーより綴る譚  作者: しゅんゑ
魔獣掃討編
22/41

最終ラウンド

また、投稿が遅れてしまってすみません!

追記:2026/2/22 一部変更しました

「おえぇ。」

喉の奥がひきつり、胃の中のものと一緒に、どす黒い血が雨に混じって地面に散った。

口の端からも、止めどなく血が垂れていく。

「・・・天吸・・・」

意識を集中させると、周囲に漂う魔力が、か細い糸のように体へ流れ込んでくる。それに合わせて、口内に溜まっていた血とまき散らした血が少しだけ引いていく。

とはいえ、焼け石に水だ。

血は吸えている。だけど、生命力の消耗のほうが明らかに早い。おまけに、魔力操作がままならないから気を常に保って魔力回路に魔力を流しt付けないといけないし。完全に、じり貧だった。

あれから、どれくらい経っただろう。

体感で三十分ほどかな。

雨雲の隙間から差していた薄明かりは消え、空は鈍い鉛色に沈み始めている。気持ち悪さも、内臓を締め付けるような痛みも、まるで引く気配がない。

冷たい雨は、容赦なく体温を奪い、指先の感覚が少しずつ鈍くなっていく。

―――やっぱり、耐性なんて、幻想だったんじゃないか。

生命力の数値だけは、なぜか大きく減っていない。

けれど、それを補って余りあるほど、疲労が全身にのしかかっている。

『平気か、鳳?』

頭の奥に、花の声が響いた。今まで沈黙していたのに、ずいぶん唐突だ。

『おうっ。死んでないよ。』

声だけは、無理やり明るく返す。

『本当か?』

『本当だって。』

『ほーん。』

『なんやこいつ。』

訝しみにすぎやろて。

少しくらい信用してほしいものや。

『・・・いやな。耐性を得るって言っても、俺はもっと長時間、毒に晒されているわけじゃん?それでも獲得できてない・・・正直、諦めたほうがいいんじゃないか?』

『・・・そうかもしれないな』

同意する。大いに同意する。確かに、短時間で耐性を得られるはずがない。

それでも、僕は一拍置いて続ける。

『それでもだ。僕は諦めない』

本心を言えば、ただの虚勢だ。

けど、ここで弱音を吐いたところで、状況は何も変わらない。

これ会話の高等テクニックやね。

『でさ。今まで何してたん?』

話題を逸らす。これもかなり高度な会話テクニック!

『結界の維持だ。いつ攻撃されてもいいように、集中していたんだよ。連絡できなくて、すまない』

『いや、別にいいけど』

そう言って、笑ってみせる。

―――その瞬間、胃がひっくり返った。

「おえぇ・・・」

再び吐き出す。

今度は、さっきよりも量が多い。

「・・・ふう」

呼吸を整える。

不思議と、さっきよりは楽になった気がした。

―――まあまあ、慣れてきた・・・のか?

『そんでさ。今、どんな感じだ?』

気分を変えるために無理やり話題を振る。

『あー、今ねえ・・・』

その言い出し方が、妙に穏やかだった。

なんか、きつそう・・・

「あえ?」

思わず変な声を出してしまった。

というのも、結界の方を見ていたら膜が波打っていたんだが?

恐る恐る、花に問いかける。

『え?なんかやばい感じなん?』

『もう、遅いかもしれない』

花の声色が、一気に低くなった。

それと同時に重く、鈍い衝撃音が、太鼓を叩くように連続して響き始める。

『え・・・? どういう・・・ことだよ』

そして、つぎつぎと表面に、蜘蛛の巣のような細かいひびが走り始めていた。

『実はですねぇ。二十分前から、結界が攻撃されているんだよねぇ。』

『・・・はい?』

御冗談ですよね?

『黙っていて、すまない。心配させたくなくて……』

『いや、それはいいんだけどさ、どうする?』

結界は、もはや原形を保てていない。

ひび割れの隙間から、濁った魔力がじわじわと漏れ出している。

『今、集中している!割れ目を、無理やり広げられてる!』

見れば分かる。

結界は、確実に限界を迎えつつあった。

『がんばれ!』

そういっても、もう無理かな。もう魔獣の魔力があふれてきちゃっているし。

「・・・いやぁ」

回復勝負は、向こうに軍配が上がったか・・・

―――ビリッ

服が避けるような音がした。結界が崩壊した。そして、魔獣が姿を現す。

瞬間、魔獣の頭に向かって魔力弾が放たれる。

「花か・・・」

しかし、魔獣は魔力弾を跳ね返すように武器を持っていない手を向けて防御する。

弾は表面で弾かれ、霧散する。

それと同時に魔力の壁を作り、次々と打ち込まれてゆく魔力弾をいとも簡単に跳ね返す。そして、僕の方をぎょろっと見る。その目はすでに魂がこもっていなかった。ただ、僕の目を見て。おぼつかない足取りでゆっくりと近づいてきた。

剣はまだ背中についているのに。

「バケモンがっ!」

そういった瞬間、毒で魔力操作ができないなりの最大出力の魔力弾を打つ。

しかし、魔獣はいつもより遅い魔力弾は至近距離だが、手に持っている武器で振り払うように防御する。

「そりゃ、そうか。」

万事休す。魔獣は口が裂けるほどの笑顔を浮かばせる。

『死ぬんじゃねぇぞ!』

心配してくれているけどさぁ。むりやねんな。徐々に迫ってくる。魔獣の一歩一歩にプレッシャーを感じる。魔力の圧を感じる。

やっぱり格が違う。戦略も、手数も、魔力のスキルも全部。前の魔獣の勝因は油断だった。だけど、今回の魔獣は油断をすれども状況が悪すぎる。

怖い。死にたくない!

あがきたい、逃げたい。

―――だけど、待つと言い聞かせる。

弱い行動をしたって、何にも起きやしない。こいつを倒すために思考を巡らせる。

「ギ、ヒルギヒャ。」

小汚い笑い声が気が付くと、目の前に魔獣がもうすでに立っていた。

「ブス野郎が。その口縫って黙れや。」

再び虚勢を見せる。だけど今回は計画としてだ。

もう、袋小路だと錯覚させる。油断させる。

そして、“天吸で剣を動かそう”とする。もっと、奥に刺すために。

しかし、それは不発で終わる。

「―――ッ!」

魔獣がにやける。それは無駄だといわんばかりに。そして、目の前にしゃがみ込む。その視線は蚊を仕留めようとするときのそれだった。

思考を加速させる。

今の一瞬、なぜ、不発だったのか。それは剣が魔獣と一体化して魂がある判定になったから。

今の一瞬、なぜ、不発だったことを見透かされたかのようににやけたか。スキルの発動は感知できるから。

と考えれば、道理が行くか。

というか、耐性あれ!頼むから!

なぜ、こんなにも地の文が多いかって?

これは、走馬灯の一種かもな。

もうすでに魔獣の鋭くとがった手刀が僕の首にめがけて迫っている。

死に際になるとスローモーションに見えるっていうけど、本当にそうかもな。

というか走馬灯って人生をもう一度見ている感覚っていうけど、そんなことないやんけ。

ああ、もう手が首に当たる感触がするよ。もう!耐性こい!

スキル獲得:高・毒耐性

バンッ!

手刀は弾かれる。魔力が首に集中していた。

毒で制限されていた魔力操作。

そして、この毒を無視できるようになった瞬間、全魔力を首に集中させたのだ。

鳳はすぐさま瞬魔を使って起き上がって下がる。

そして、泥まみれになった、狂気じみた満面の笑みで、魔獣の方を見る。

「まだ、走馬灯を見るときじゃなかった、ってことだな。」

見下すような視線を、今度はこちらから浴びせてやる。

魔獣の顔に驚愕が走る。おそらく僕が耐性を獲得して発動したのを悟ったのだろう。そうだとしたら当然だ。確実に死ぬはずだった獲物が、この土壇場で毒を克服したのだから。

 その隙を見逃す相棒じゃない。花が放った渾身の魔力弾が、無防備な魔獣の腹に突き刺さる。  ドスッ、と重い音を立てて魔獣がよろめいた。

『魔力感知でどんな戦況か見ていたけどさぁ。あの状況から巻き返すということは、耐性・・・本当にあったんだ。』

花も同じく驚愕している。

『僕も驚いたわ。』

鳳も同じく驚愕している。

僕は不敵に笑う。戦闘の絶望的状況。その後、新たに獲得する強力なスキルによって成る起死回生という王道展開。

「そそるねえ。」

そして、すぐさま魔獣に殴りかかる。

「おらぁぁぁあ!」

魔獣もすかさず武器を振りかぶる。

「キリァァアアー!」

再び戦闘が繰り広げられる。

時には空中で魔力弾の戦い。

魔獣は鳳の足に弾を撃ち込み、鳳は瞬魔で武器を吹き飛ばす。

時には地上で殴り合い。鳳は瞬魔で拳を加速させていた。

血反吐と雨粒を飛ばしながらただひたすらに殺しあう。

始めは血だらけになっている鳳が劣勢であった。

しかし、毒を気にしなくなった鳳に蓄積されるダメージは半減されている。

そして、成長するスキルと研ぎ澄まされてゆく感度によって勢いも増している。

一方、魔獣は長期戦によって蓄積されるダメージが倍増されている。そして、そこに打ち込まれる花の魔力弾によって生命力が衰えている。

さらに、魔力も天吸によって無制限に得ることのできる鳳と違い、魔獣は自然回復でしか魔力を得なければならない。

そして、魔力量はすでに魔獣のものを鳳は上回っていた。

魔獣の腹を、密かに狙いを定めていた花の魔力弾が貫通する。

魔獣のバランスが崩れる。

そこを鳳は狙い、腹の着弾点を蹴る。

魔獣は等速直線運動で鉄筋コンクリートに蹴り飛ばされ、めり込まれた。

即座に鳳は後を追い、めり込まれた魔獣に間髪入れず殴りかかる。

殴殺。

“魔力は生命の源であり力の源。ゆえにまとえばまとうほど力は増大していく”

それをいままでの経験と感覚で気づいた鳳は、上半身に、天吸によって絶え間なく供給される魔力をまとう。

そして、体重を乗せ、腕を回し、魔力で魔獣を拘束して、瞬魔を乗せた拳を頭にぶつけながら殴り続ける。

ドゴォッ!

魔獣の顔面が凹むまで、殴り続ける。

原形をとどめないほど、殴り続ける。

一歩も退かずに殴り続ける。

余地を与えないほど早く殴り続ける。

血をまき散らしながら殴り続ける。

拳が壊れるまで殴り続ける。

こいつが死ぬまで殴り続ける。

一九七秒にわたる、殴打の連続。

  最後に渾身の一撃を叩き込む。

魔獣の背後にあった、血でドロドロになったコンクリートが爆散し、魔獣はついに魔力の粒子となって霧散した。背中の剣も、散らばった血も、主を失ったかのように共に消え去る。

「はぁ、はぁ、はぁ……ッ」

肩が激しく上下する。荒い息とともに、全身から力が抜けていく。汗と雨が混じって目に入り、視界が滲んだ。

『殺した。今帰る』 『よくやった! お疲れー!』

短いやり取り。でも、それで十分だ。

僕は最後の力を振り絞り、瞬魔を使って公園へ戻る。一分もかからず到着し、ベンチへ着地した。

「ただいま」

左手についた泥と血を払い、手を差し出す。

「おかえり」

ベンチにだらしなく寝転がっていた花が、気だるげに右手を上げた。

パチンッ。

 乾いた音が、静かになった公園に響く。  勝利のハイタッチ。余韻に浸ろうとした、その時だった。

「えーーーーーーーーーー??」

花が素っ頓狂な声を上げて跳ね起きた。声が裏返っている。

「ど、どした?」急な大声に心臓が跳ねる。また敵か?

「いや、今、俺、耐性、手に……」

口をあわあわとさせ、片言で何かを訴えている。

言いたいことはすぐに分かった。

「まじか・・・今、耐性を手に入れたんか」

僕が代弁すると、花はステータス画面を見せてきた。見ると、僕が獲得したスキルと同じ、高・毒耐性がそこに載っていた。

「なんで今になってなんだよ・・・」

花はガックリと項垂れ、ベンチに深く座り直した。「やれやれ」と肩をすくめる姿は、いつもの冷静な彼に戻っている。

「まあ、それは後で話し合うとして・・・代わるとしますか」

花が言うと、肉体から魂が抜け、霊体の姿に戻った。

途端に、「ヒャホーイ!」と叫びながら空中で回転を始める。ずっと動けなかった鬱憤を晴らすかのように。

「ガキかよ。」

苦笑しながら、僕は自分の体へと戻る。

「ふぅー・・・」

どでかい溜息が、自然とこぼれた。肺いっぱいに吸い込んだ空気は、雨の匂いがしたけれど、どこか清々しい。とりあえず、一件落着か。今日はもう、泥のように眠らせてもらおう・・・。


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