35 理想
『カナンの城』。それはわたしが生まれ育った城の地下にある遺跡のことだった。
そのことを知ったガーネッツとわたしは興奮した。
本当に世界を平和に導けるかもしれない、と。
ただ、カナンの城を起動させるための魔晶石は失われ、現在では4つの国の宝玉となっていた。
オウカ、グリモア、ハイランド、そして帝国。
わたしとガーネッツが手に入れられるような代物ではなかった。
だが、折よく帝国の皇帝が倒れ、権力争いが始まった。これに乗じて帝国の実権を握ることができれば、帝国の魔晶石を手に入れられるかもしれないとわたしとガーネッツは考えた。それどころか、他国の魔晶石を手に入れるチャンスも生まれるかもしれないと。
わたしたちは一番見込みのない末弟ジークフリートに取り入ることにした。本命である後継者たちには自分たちは見向きもされないだろうという判断だ。
それにジークフリートは生まれつき手足はなかったものの、頭が良く、柔軟性があることで知られていた。
手土産はガーネッツの研究の成果である銃と大砲の技術、発掘品である機械の手足。そして、わたしがタテス王国から密かに盗んだアルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロンの5体の守護騎士である。
「余に皇帝になれというのか、おまえたちは」
ジークフリートは年若く、しかも四肢が無いにもかかわらず、生まれながらの王の風格を備えていた。同じ王子であるわたしから見ても器が違って見えた。
「ならば、その願いを叶えてやろう」
その物言いは尊大だったため、王族らしい傲慢さに思えた。
しかし、今にして思えば皇帝になるのはジークフリート自身の望みではなかった。わたしたちを含めた周囲の願いの写し鏡となっていたに過ぎなかったのだ。
わたしたちの協力もあって後継者争いに勝利したものの、ジークフリートはその小さな身体にすべてを背負うことになってしまったのだ。
そのことに気付いたわたしとガーネッツはジークフリートに心から忠誠を誓いつつも、かねてからの計画を推し進めた。
まずはわたしの父であるタテス王の説得である。
5体の守護騎士を失い、帝国からの軍事圧力を受けた父は、わたしとガーネッツとの対話の席についた。今度こそという期待があった。カナンの城を使って世界に平和をもたらすという夢が叶うのだと。
タテス国の城で行われた会談の席でガーネッツは語った。
「わたしたちにお任せ下さい。必ずや世界に平和をもたらしてみせましょう」
皇帝の腹心となってから、ガーネッツの粗野な物言いは改められ、まるで貴族のような話し方をするようになった。わたしにはそれが可笑しく、時折ふき出してしまって、よくガーネッツに怒られた。
「カナンの城のことはおまえたちしか知らぬのだな?」
父はそのことをやけに気にかけていた。
「カナンの城の真の目的に関しては、陛下にも秘密にしております。神による人の統一など、恐らく陛下は望まないでしょう。あの方は人のことを信じている節があるし、そんなものには頼らない方です。だが、わたしとシドはそこまで人を信じることはできません。それは歴史が証明しています。恒久的な平和を実現できた国などなく、世界は悪意に満ちている。その悪意をはらうには神の力が必要なのです。我々は私欲のために動いているのではありません。理想の世界のためなら命を捧げる覚悟があります。もう二度と悲劇を起こさないためにも……タテス王、どうか世界の平和のために力をお貸ししてください」
ガーネッツは熱く語った。この会談の成否が今後の世界の行く末を決めるのだ。
「おまえたちは……」
父は悲しみと苦渋が入り混じっていた顔をしていた。
「潔癖に過ぎる。人とはそういうものだと何故受け入れられない? 人も所詮は獣に過ぎず、平和とは想像上の産物なのだ。世界は優しくなどない。おまえたちの理想は決して叶うことのない夢物語だ。たとえカナンの力をもってしてもな。おまえたちのやろうとしていることは、すべての人間に自分たちの理想を強引に押し付けようとしているだけなのだ。実現したところで、いつか破綻をきたす。それはより多くの悲劇を生むことになるだろう」
「父上!」
その答えは半ば予期していたものだった。わたしと何度話しても、「あるがままを受け入れろ」としか言わなかったからだ。だから、手筈を整えていた。帝国の力をもってわたしがタテス王国の王となり、『カナンの城』を手に入れるための手筈を。
ところがそんなわたしたちの企みを父は見透かしていた。
代々の王が継承していた赤い宝玉を取り出すと、それを頭上に掲げたのだ。
「おまえたちのやろうとしていることはわかっている。それはカナンを継ぐ者として認めることはできん。シド、許せ。おまえの理想は気高いものだった。父としては誇らしく思うが、王としては阻止しなけばならん」
赤い宝玉が輝きを放ち、城が大きく揺れ始めた。
「地震? いやまさかこれは?」
崩れてきた天井をガーネッツが慌てて避けた。
「カナンの城は封じる。この城の躯と共にな」
それが父の最期の言葉だった。
──
意識を取り戻したとき、わたしはわたしではなくなっていた。
城の崩落で生き残ったのは、人狼として強い生命力を持つガーネッツのみで他の生存者はいなかった。
わたしも肉体の損壊が激しく、気がついたときには身体のほとんどはアルファのパーツと置き換えられていた。
「陛下に機械の手足を繋いだときの経験が役に立った」
ガーネッツが沈んだ声で言った。
王家の血は失われ、もはやタテス王家の人間としては認識されなくなった。
神になる適任者は、事前に逃がされていたエマしかいなくなってしまったのだ。
「エマを神に据える」
ガーネッツははっきりと言った。
「わたしは最初からそのつもりだったが、おまえでも良いと思っていた。だがこうなっては仕方ない」
その顔は苦渋に満ちていた。何の関係もないエマを犠牲にすることになるのだ。そのことに何の呵責もないわけがなかった。
「……どのみち、この身体ではわたしはもう表舞台には立てない。人ではなく、ただの兵器となってしまった。この先はおまえの剣となろう」
血は失われてしまったものの、アルファが元々守護騎士たちを統率する機体だったためか、引き続きベータたちがわたしの命令に従ってくれたのは幸いだった。
わたしの身体を見た陛下は表情を消した。
「名は捨てよ。今はまだ人はその身体を持つ者を受け入れぬ。余は皇帝であるから、人とは異なる存在として扱われているが、普通はそうはいかぬのだ。面を被って正体を隠せ。『黒騎士』と名乗るがよい。……格好の良い名であろう? 悪くはないはずだ」
そう言って陛下は微笑んだ。それは機械の手足を持つ者ならではの気づかいだったのだろう。
自分が本当はどう見られているのか、あの方はよくわかっていたのだ。
「気持ちが悪い」「おぞましい」「人ではない」と陰で言われていたことも知っていた。
あの方の人生は、常にそういった悪意と隣り合わせのものだったのだから。
こうしてわたしは黒騎士となった。




