14 回想2
あいつらの想像する通りの人狼となった俺たちは、人間に復讐した。
闇夜に紛れて追っ手を襲い、時には人の中に紛れることで攪乱を狙った。
猜疑心が猜疑心を呼び、「人狼ではないか?」という些細な疑いから人間が同じ人間を処刑していく。
それは胸がすくような光景であり、たまらなく醜い世界だった。
復讐は上手くいっているかのように思われたが、終わりはあっけないものだった。
仲間のひとりが人狼であることがばれ、捕まって拷問を受けて、仲間のことを全部喋ったのだ。
楽に殺してもらえることを報酬として受け取って。
仲間たちは片端から狩られていった。
ちょうど街を離れていた俺はいち早く逃げることに成功したが、それでも執拗に追われることになった。どこか別のところへ行きたかった。こんな醜悪な世界ではない、もっと違う世界へと。
だが、そんなところはない。きっとあの世だって似たような場所だろう。
少なくとも人狼よりは人間のほうが多いのだから。
(せめて種族ごとにあの世が用意されていると良いのだが)
そんなことを考えながら俺は逃げた。仲間はもういない。別に死んでも良かったが、皮肉なことに人狼の頑丈な身体がなかなかそれを許してくれなかった。
やけになった俺は「できるだけ人を殺して死んでやろう」と考えた。
執拗に追ってくる騎士や魔法使いたちを待ち伏せて、ひとりひとり仕留めていく。
やつらは死ぬ間際に「この悪魔め」と罵った。言われれば言われるほど血が冷たくなっていくようだった。
俺はそんな風に生きてきたわけじゃない。生まれてきたことを周囲から祝福され、家族がいて、友人がいて、人間と同じように生きてきたはずだった。それをある日勝手に悪魔にしてきたのは、おまえたちではないか。
そう叫びながら戦って戦って戦って、ついに倒れた。
最後まで誰も理解しようとしなかった。そもそも聞く耳を持っていなかった。
傷だらけになり、人の姿にすら戻れなくなった俺は、狼の姿のまま森の中で倒れた。
大きな立派な木の下だった。
そのままくたばって、この木の肥やしになるなら悪くないと思えるくらいに。
しかし、せっかく穏やかな死を覚悟したにもかかわらず、人がやって来た。
赤茶色の髪をした翠眼の小さな娘だった。
手に籠を持っていたので、薬草でも摘んでいたのだろう。
その先のことはわかっている。この子は悲鳴をあげて逃げ出し、その後に大勢の大人が呼ばれる。
俺は取り囲まれて嬲られて殺された挙句、毛皮をはぎ取られるのだ。まったくついていない日だ。
ところが少女は悲鳴をあげるどころか、さらに近づいてきた。
「痛いの?」
「見ての通りさ」
全身血だらけの傷だらけで痛くないはずがない。
「じゃあ、薬を塗ってあげる」
少女は懐から傷薬を取り出した。
「……あのな、俺が何に見える?」
俺は余計なことを言っていた。近づいたところを絞め殺しても良かったのだが、悪意のない相手に対してとてもそんな気分にはなれなかった。
「狼さん」
少女の答えは簡潔だった。
「おまえの親は狼を、人狼を見つけたらどうすればいいのか、ちゃんと教えたのか?」
何故か俺は少女の心配をしていた。
「昔、お母さんも狼さんを助けたことがあるって、そう言っていた。別に怖くないって」
「それは……珍しい母親だな。おまえは俺が怖くないのか?」
少女はこくりと頷いた。しかし、それは嘘だった。怖くないわけがなかった。何故なら、その子の手も足も震えていたのだから。
「無理をすることはない。狼相手に親切にしなくても誰も責めないさ」
俺はまた余計なことを言った。
だが、少女は首を横に振った。
「わたしはお母さんみたいに良い人になりたいから」
そう言って、震える手で俺の傷に薬を塗り始めた。
……ああ、まったくついていない日だ。悪魔になりきって人を恨んで死にたかった。
人間なんかに希望なんか見たくなかった。
──
ゆっくりとクロードは目を覚ました。
身体に痛みはほとんどない。身体に巻かれていた包帯のひとつを無造作に剥ぎ取ると、そこにあったはずの傷は綺麗に無くなっていた。
「……そりゃ化け物だと言われるわな」
クロードは皮肉気に顔をゆがめた。
包帯をすべて剥がして丸めて捨てて、用意してあった革製の衣服に身を包む。
部屋の扉を開けて階段を降りると、ちょうどムラクモとユーリが朝食のパンをかじっていた。
「もう復活したのか。さすがだな」
ムラクモが目を見張った。ユーリはクロードを一瞥しただけで、すぐにパンの横に置いてあった魔導書に目を落とした。パンがあまり美味くないのだろう。この魔法使いは料理に不満があると、魔導書を読みながら食事をするという悪癖があった。
エマが料理を作るようになってからは、めっきり見せなくなった癖だ。
「当たり前だ。盗賊がお宝を奪い返されて大人しく寝ていられるかよ」
クロードが不敵な笑みを浮かべて、テーブルの上に置いてあったパンをひとつ口に入れた。
硬くて味気が無い。すぐにコップに水を入れて、無理矢理胃の中に流し込む。
次いでチーズを口に放り込み、さらに燻製の肉にかじりついた。
見た目通りの味に満足したのか、クロードは瓶から直に酒を飲み始めた。
「よく飲めるな、クロード。傷が開くぞ?」
気遣うようなムラクモの言葉を無視してクロードは飲み食いを続けると、最後にわざとらしく音を立てて胃の中から空気を吐き出した。
「そんで、エマの場所はわかったのかよ?」
「変わってない。動きが無いから帝都のままだよ」
素っ気なくユーリが答えた。目線は魔導書に向いたままだ。
「じゃあ奪い返しに行く」
クロードが宣言した。
「正気か? 帝国の本拠地だぞ? いくら何でも無茶だ」
自分たちのリーダーは起きたばかりで冷静な判断ができていないのではないか、とムラクモは疑った。
「無茶と言うより不可能だ。皇帝の統治は行き届いている。膝元の帝都には隙が無い。僕の魔法すら阻んでいるくらいだ。侵入できたとしても、すぐに発見されて殺されるだけだよ」
傲慢を絵に描いたようなユーリが、人を評価することなど滅多にないことだった。そのユーリが帝国の皇帝を褒めている。実際、かの皇帝は才気あふれる人物として知られていた。
「ちょっと行って、こっそりさらって戻ってくるだけだ。なに、大した話じゃない。おまえら、びびってるのか?」
クロードはふたりを挑発するように言ってみたが、ムラクモもユーリも首を横に振るだけだった。
「もうちょっと待ったほうがいいわよ」
前触れもなく建物の扉が開いた。クロードとムラクモが身構えたが、入ってきたのはこの家の持ち主であるラクシュだった。気配を感じることができなかったことに、ムラクモが無念そうな表情を浮かべる。
どうやら、彼女は扉の前で彼らの話を立ち聞きしていたらしい。
「今回はガーネッツ宰相もやり過ぎたみたいで、皇帝にも怒られているみたいよ? 反ガーネッツ派から情報もダダ洩れ。急がなくても、そのうち動きがあるわよ」
ラクシュの拠点は帝都にもあって帝国の貴族にも顧客がいるので、それなりの情報が手に入る立場にある。
青髪の商人は手をひらひらさせて、クロードのはやる気持ちを抑えたのだった。




