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少女なオレと鎧の魔物③

※この小説は不定期更新です。


ブックマーク・評価ありがとうございます。


 

 震える腕を抑えようと力を入れるも抑えられない。

 それを感じ取ったのか、蟻はさらに近づいてきている。


 奴が近づくたびにこちらの呼吸も短くなり、冷や汗が止まらない。

 黒く輝く牙はこんな鎧を容易く切り裂くのではないかというほどに鋭く思え、目が離せなくなる。


「大丈夫、オレならやれる、オレならやれる」


 自分に言い聞かせるように何度も呟く。

 震えは止まったわけではないが、多少は抑えられている。


 蟻は近づいてきている。

 オレの震えを見て油断しきっている。

 しかし一歩が踏み出せない。

 足枷や鉛玉が付いているかのように重く感じる。


 いつの頃か、異世界主人公のオレを妄想したときはもっと勇ましく、何事にも恐れなかった。

 小説を読んでいるときも、自分ならもっと上手くできると思っていた。

 誰かに守られているような主人公でなく、一匹狼のような主人公を妄想していたはずだ。


「やれる、オレならやれる。 大丈夫、イメージはできている」


 右手の柄をギリっと鳴るほどに握り込み、左手の盾を構える。

 蟻はもう目の前だ。

 見上げるほどに大きな蟻は、こちらを切り裂かんばかりにその牙を閉じる。



 …遅い、先ほどよりも数段は遅い。

 閉じようとしているその牙も、触角の動きも、何もかもがスローモーションが如く遅く感じる。


 胴体を分かつだろう牙をバックステップで危なげなく避け、右に回り込み剣を振り下ろす。

 大丈夫、ここまでは()()()()()()()()だ。


 だが空を切った剣に空振りしたか、と焦りそうになる。


 慌てて牙に目をやると、根本は牙を閉じたように狭まっていた。

 しかし、そこから先は鋭利なもので切られたかのような綺麗な断面が見えるだけで、牙の先端が見えることがなかった。


 次に蟻を見ると牙を切り落とされたからか、蟻の魔物はその場で激しく暴れ回っていた。

 このままこの場にいたならば巻き込まれそうだったので少し後ろに下がると、先ほどまでいた場所に蟻の腹部が高速で通り過ぎて行った。


 本当に運がいい。


 だが今考えるのはその幸運な出来事でなく、右手にある剣だろうか。

 胴と比べて薄いとはいえ、岩を纏い並の攻撃ならば悉くを弾き返しそうな鎧をたったの一太刀で落としたこの剣の切れ味。

 もしこの剣を人に向けていたと考えると再び腕が震え始めた。


 昼の時は気がついてなかったが、魔法少女に脅しでも使わなくてよかったと今になって思う。

 もし向けて怪我でもさせてしまっては後悔する事になるだろうし、万が一もあったかも知れない。


 震える右手を左手を被せて抑えていると、日影がさした。

 慌てて上を見上げると、牙のない蟻の魔物が先ほどよりも目を輝かせて頭を振り上げていた。


 咄嗟に剣を捨て両手で盾を頭上に構えて、衝撃に備える。


 次の瞬間には鐘の音などよりも遥かに煩い爆音が鳴り響き、耳鳴りが起こる。

 足裏だけで支えていたが、当然耐えれる訳もなく必然的に膝立ちのようなポーズとなった。


 しかし勢いを殺しきれずに膝を着いたのが災いしたか、両膝からは今までの人生で聞いたことのない音がなり、同時に激痛を訴えてくる。


 重圧と激痛を歯を食いしばって耐える。


 数分にも感じられる重圧を耐えきったも、立てずに短い呼吸を繰り返すばかりだ。

 両手を地面につけて四つん這いのような姿勢になりながら蟻の魔物を見やると、脳震盪でも起こしたかのように倒れ込み、小刻みに痙攣しているのが見えた。


「…はは、自爆とか馬鹿じゃねえか」


 蟻の魔物は青色の液体を口から垂らし、六本の足はピクピクと震えていた。

 蟻の魔物が逆さまになっていたから見えたが、盾と衝突したであろう場所が陥没しておりその威力と盾の強度が見える。


 やがて蟻の魔物はゴリラと同じように、黒い液体と水晶を残して消えていった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「…そろそろ帰るか」


 一番星が見えてきたころ、ようやく膝の痛みが薄くなってきた。

 触ったりする程度ならば問題ないが、強く押したりすると激しい痛みがある。


 変身を解除しても痛みが収まることがなく、ずっと動けずにいたのだ。

 病院に電話すればいいのだが、今は捨てられた千葉県まで救急車が来れるとは思っていない。


 幸い、休憩中に魔物が襲ってくることもなく回復に専念することができた。

 時折遠くから爆発音のような戦闘音が聞こえてくるが魔物同士で争っているのだろうか。


「いつつ…明日病院行かないとダメだなこりゃ」


 痛みを耐えながら立ったものの、鈍い痛みが断続的に膝を襲っている。

 耐えられない程ではないが、それでも歩くのがやっとというレベルだ。

 走ったりする激しい運動はもっての外だろう。


 ゆっくりと歩くことで痛みを多少は少なくさせる。


「こりゃ、深夜になりそうだな」


 空を見上げながらそう呟く、闇はどんどん深くなっていき、あと数刻もしたならば闇に包まれるだろうことが想像できる。


 千葉県から東区まで歩いても家は中央区にあるのだ。

 その時には次の日になっているかもしれない。

 タクシーも動いているか分からない。


 もしかしたら今日は野宿になるかもなと考えると、大きなため息が口から出てきた。

閲覧ありがとうございます。


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