ケモノと正義は血溜まりに沈む②
※この小説は不定期更新です。
いいね・ブックマークありがとうございます
何度も深呼吸を繰り返し、心身を落ち着かせようとする。震える体は言うことを聞かず、先ほどまでのやる気は嘘のように消え失せていた。
依然として右側からは爆発する音と数人の声が聞こえて来る。これ以上の犠牲者を出さないためにもすぐにでも向かうべきなのだろう。
目を閉じようと鼻から流れてくる鉄の匂いによって先ほどの光景が思い出させられる。深呼吸の仕方を忘れたのかと思わせるほどに荒い呼吸は体力を回復させる兆しを見せない。
そんな時、視界を閉じていたからか、または極度の緊張からか、音には敏感になっていたため左側からの啜り泣くような声に気がついた。そして右側から何かが走って来る音にも気がついた。
落ちるようにトラックから身を落とし、頭だけを動かして左右を確認すれば、左には目元をゴシゴシと擦りながらゆっくり歩く男の子の姿が。そして右側には先頭に1頭、そして続くように2頭が並走している生き物が見えた。目を凝らせば狼の魔物だとわかり、隊列を組み猛スピードで男の子の方へと駆けていた。だが、なぜだかその姿に違和感を抱く。漆黒の体毛に輝く目、いつもの違いといえば四肢も光っていることぐらいだ。それだけでここまで違和感を抱くだろうか。
「くそっ! 待てやごらぁぁ!!」
そしてその後ろから聞こえる怒号に思わず背筋か伸びる。その怒号の方を向けば身軽に瓦礫を回避する狼の魔物とは違い、黒色の生地に黄金の龍がが輝くチャンパオをきたヒーローが瓦礫を飛び越えて猛烈な勢いで狼を追っていた。
しかし、ヒーローだとしても狼の速度に追いつけず、その距離は一定を保っている。このままでは狼が少年を殺すであろうことは容易く想像ができる。
それなのに震えが止まらない。少年が死んでしまうかもしれない。いや死ぬのがわかっているのに、子供があんなに鬼気迫る様子で頑張っているというのに、オレはいったい何をしている。
「ちっ! まだ避難が終わってなかったのか! そこから逃げろぉ!」
ヒーローが狼の前方にいる少年を見つけると狼ではなく少年に向かって叫んだ。だがその声に気がついた少年は必然的に魔物にも気がついたわけで、その場にへたり込んでしまった。
「おいっ! 何してやがる!」
ヒーローと一般人は違う。ヒーローは魔物に挑戦……恐ることもあるが果敢に攻撃することが出来るようになる。これは少年がヒーローに、少女が魔法少女になった時にまるで人が変わったかのように性格が変わってしまうそうだ。だからこそ、魔法少女やヒーローは違う生き物に乗っ取られた子供という意見が昔は出ていた。今でこそその考え方は否定されているが、その考えをいまだに信じているのがいるというのは驚きだ。
少し考えがそれた。魔法少女やヒーローなどはともかく、一般人は魔物を目の前にしただけで本能的恐怖を感じるそうだ。オレとしてはこの姿になる前までは魔物を正面で見たことなどなかったからそれがどんな感覚かはわからない。しかし、あの少年はどう見てもただの子供でヒーローでもなんでもない。さらにこんな地獄に出くわしたのならば恐怖を感じて当然だろう。
いくらヒーローが声をかけようと少年は目尻に涙を浮かべてへたり込むだけだ。それを見てさらに声を荒げるヒーロー、ますます涙が滲んでくる少年は遂には目を閉じてしまった。ヒーローは少年を生かすために声を荒げているのだろうが負の連鎖としかなっていなかった。
だが、彼のおかげで勇気を持てた。子供が頑張っているのに大人が頑張らずにいられるわけがない。敵を倒す武器はある、身を守る鎧もある。よく考えれば怖いものなんかないではないか。
何が魔法少女だ、何が大人だ。諦めて何も守れない口だけの正義なんぞ糞喰らえ。周囲がなんと言おうとオレは魔法少女を貫くのみ。
剣を片手に魔物へと駆け出す。奴らも横から来ると思っていなかったの顔を正面に向けたまま気がついてはいない。あとは首を切り落とすだけだ。もう、何も……怖くない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あんたが噂の鎧か。今回は助かった、ありがとう」
泣きじゃくる子供の頭を撫でながら、ヒーロは礼をいう。彼の名前はナックル、手につけたメリケンサックで殴るしかできないらしく。他のヒーローよりも身体能力が高い反面、遠距離攻撃の類いを一切と使えないのだそうだ。だからこそ子供を救う手段がなく声を荒げるしかできなかったそうだ。
「大丈夫か、痛いところとかないか?」
「……うん」
鼻をすんすんと鳴らしながら返事をする少年に好感を持つことができた。オレなんかはナックルからかけられた言葉に頷くことしかできずに、ばっちりとコミュ障を決めていたからだ。当然ナックルも首を動かすことしかしないオレに対し、「会話ができるというのは嘘だったのか? いや首でもを振っているから……」と首を傾げていた。申し訳ない気持ちでいっぱいだが、頭も一杯一杯なのだから許してほしい。はて、会話とはこんなに脳を使うものだっただろうか。
「まぁ、味方になってくれるだけありがたい限りだけど、頼むから連携だけは取ってくれよ?」
その言葉に大きく頷く。そんなオレを見たナックルも大きく頷く、どうやら通じ合えたようである。
「いいか、ここはもう戦場……危ない場所なんだ。だからできるだけ遠くに逃げてほしい」
普通にコミュニケーションが取れたことに内心で小成海をジャンプさせていると、ナックルは少年の頭に手を乗せて言った。
だが少年は首を横に振るだけで、また目尻に涙を溜め始める。
「そうだ、この道をまっすぐに行って誰か大人がいたらこう言って欲しい。ヒーローと魔法少女がピンチなんだ、だから魔法省に電話してって。これをお願いできるか? もしできたら君もヒーローだ。特別な力がなくても、特別な姿がなくても、誰かを救おうとしただけでヒーロだ」
「俺も……ヒーローになれるの?」
「なれる! ヒーローの俺がいうんだ、俺を信じろ!」
「……俺、頑張る! お兄ちゃんたちのヒーローになる!」
「そうだ、その意気込みだ!」
勇気を出した少年は、目元をゴシゴシと擦ると笑顔でそんな言葉を放った。泣いていたからか、いや、腫れた目元からは溢れんばかりの輝きが見えた。
「ナックル!」
「オデ、ガンバルエ゛ッ!」
勇気を出すことができた少年は、赤い輝きを残して勇気を持っていった。最後にどのような思いだったのかを知る術はない。痛みか、苦しみか、悲しみか、絶望か。ただ、その場には負の感情しか残ることはなかった。
「うわあぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛!! クソが、クソがクソガァっ!!」
閲覧ありがとうございます。




