第百五便 今日が何日とか訊かないでっ!
心臓がドクンと大きく動いた。
血液が体中を急激にめぐり始める。
視界がぼんやりと、そして段々鮮明になる。
なぜそっとしておいてくれなかった?
なんてセリフが浮かんだ。
でも、おかしい。
お腹が空いてない?
満腹、ってわけじゃないけど、さっきまでの、空腹で動けない、って感じじゃない。
「フッフ」
お兄ちゃんの声。そして笑顔。
「おにい……ちゃん?」
「大丈夫、かな?」
「ええと」
「タンクの表示はもちろん、匂いや色も確認したし、試しに少量火をつけて試してもみた。問題ないとは思ったけど、一応ね」
「え?」
オレの思考がようやくクリアになる。
「もしかして、ガソリン見つけたの?」
「ガソリン、ていうか、タンクトレーラーをね」
「タンクトレーラー?」
「うん」
お兄ちゃんが森の向こうを指さす。
「ここから10分くらい歩いたところに、タンクトレーラーのトレーラー部分だけがあったから、ガソリンを拝借した」
「も、もしかして、タンクトレーラーって!?」
「うん。元の世界でぶつかりそうになってジャックナイフしてた奴。ドラレコのロックデータにあったのと同じだった」
「あ……」
厨二病たちに南風のフェアリーの動画を見せる時、お兄ちゃんはデータをまるまるコピーしてたから、それを見たのかな?
「じゃ、じゃあ?」
「うん。レギュラーだけでざっと1万2千リットル。ハイオクも合わせれば2万リットル近く入ってるみたい」
2万リットル!
走り方次第じゃ、30万㎞くらい走れる!!
地球なら7周半!
光なら1秒!!
……は一瞬だから除外。
とにかく、この島くらいなら、〝いつまでもどこまでも〟ってレベルで走れる!
「……でも、どうしてわかったの?」
「パラグライダーで飛んだ時、森の中にトレーラーが一瞬見えた」
「でも、オレ(ドローン)は気づかなかったけど」
「自走できるドローンと風に頼るパラグライダーの違いだろうね。後は高度の問題かな?」
そうか。
オレ(ドローン)は高度数十メートル、お兄ちゃんは数百メートル上空を飛んで行ったし。
「どうせならトレーラーのあるところまでつければいいのに」
「この森の中は、根っこやら倒木やらがひどくて、いくら四駆でも進めない。だから携行缶に20リットル入れて持ってきた」
「危険じゃない?」
「うーん。幸い、大型の動物とか爬虫類とかには出会わなかったけど。一応、事前にドローンで偵察はしたよ。フッフが眠ってて、OBD2と接続されてないスマホを使って」
「何だ。言ってくれればいいのに」
「確証があったわけじゃないからね。フッフをぬか喜びさせたくなかったから、黙ってた」
お兄ちゃんらしいね。
「ただ、トラックの本体もドライバーも見えなかった。この世界の別の場所に飛ばされてた、とかじゃなきゃいいけど」
人の心配してる暇あるの?
「一応、拝借した量はマジックで書いておいた。問題なのは、この世界での今日が何日なのかわからない、ってことだね」
相変わらずまじめだよね。
「もし戻れたら、拝借した分は時価で支払おう。極端に値上がりしてないといいけど」
……そうか。
お兄ちゃんはまだ、〝戻れた時〟のことを考えてるんだ。
グリシーヌやヴィオレット、ついでに金髪も、お兄ちゃんの気持ちをこの世界に引き留めておけないんだ。
そしてもちろん、使いきれないほどのガソリンがある状態でのオレ自身でさえも。
注1 「おれたちはばかだっ!」




