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まさかかもしれない。
翌朝のこと、起きたら部屋の外が騒がしかった。部屋の外が騒がしくていつもより早い時間に起きてしまった。
様子を見ようと、見苦しくない程度に身なりを整えてから私室のドアを開ける。すると、室内へ花がなだれ込んできた。
「なにこれ」
すぐに閉めた。ドアに挟まれてしまった花がかわいそうで、少し隙間を開けてそれを内へ入れた。まだ廊下には溢れている。
カードがなだれ込んだ花に紛れているのを見つけた。言葉は何も書かれてはおらず、ただラヴァン侯爵家の紋章があった。
学園長殿下のあの意味深な微笑を思い出している。殿下はご存じだったのだ。当然、ご友人なのだから、当然ではある。
ラヴァン侯爵は、ば……いや、あ……いや、まぬ……いや、天然ボケしているところがあると。殿下はきっとご存じだった。
「……女性には花を贈るものと決めているのかしら」
学園の寮では、どのように部屋割りを決めているのかは知らないが、同学年を同じ棟や階にかためるようなことはしない。もしそうであれば、卒業前休暇中の今は人が少なかっただろうに、花が通行の妨げになることもなかっただろうに、残念ながら違う。
控えめにノッカーが鳴った。
「はい」
「ヘヴェルさま? お部屋の前のこの花々、可憐ではありますけれども、ひとに踏まれてしまってはかわいそうだわ。お部屋の中に飾られたらいかが?」
この声。気の強そうな話し方、隣の隣の隣の部屋の留学生だ。
アンナマリア・ベルフィオーレ。隣国の侯爵家の令嬢だ。年齢は私と同じだが、留学期間が二年と決まっているらしく、侍女とともに一つ下の学年に編入された。噂では、自国で何か騒ぎを起こしたとか、巻き込まれたとか、それで追い払われたなどと聞く。
「ええ、そうね。どうやって飾ろうか、考えていたところだったの。ひとまず中へ入れてしまうほうがよかったかしら」
「手伝ってさしあげてよ」
「あら、もう授業の時間でしょう。遅刻にはならないかしら」
「いいわ、お花は好きなの」
頭をひねる。花が好きなら何、授業より花が大事と言いたいのか。というか、もしかして、ベルフィオーレさまは嫌みではなく本当に花を飾るつもりなのか。
「アンナマリア、授業には出ませんと。父侯が何と言うか」
「何も言わないわよ、フラン。だって私たちを送り出す時、羽を伸ばしておいでと言ったわ。それに、今日の朝イチは外国語の授業だわ。我が国の公用語よ」
「それは……まあそうですが」
侍女らしき声はそれ以上たしなめることをしないようだった。
廊下では話がまとまってしまった。どのみち片づけなければならないのだ。あちらが好き好んで手伝ってくれるなら、お言葉に甘えよう。もらって帰ってくれるならなおよし、だけれども。
中へ招き入れることにする。
「ドアを開けるわね」
「ええ。そっとよ、お花を潰さないようにね」
どうにもアンナマリア・ベルフィオーレの印象が違う。見た目と声色だけで、私が勝手に決めつけてしまっていたのだろう。
ドアを開けて、まるで花のように、ベルフィオーレさまが現れる。花の都の花の精。彼女の美しさもまた、ひとの目を惹き付けるたちの美しさだ。
まるで、そう、思い出して笑いそうになった。まるで、ラヴァン侯爵、私の部屋の前に花を溢れさせた犯人の、あの人のよう。