第47話 魔法学園⑯
そんなことを考えながら、葵は静かに自分の席へ座った
窓の外では風が少しだけ揺れている。校庭の方から運動部の声が聞こえ、教室の中にはシャーペンの音とページをめくる音が静かに混ざっていた
先生はもう次の問題を黒板へ書き始めている
「ここ、テストだと途中式もちゃんと書けよー」
そんな声を聞きながら、葵は机へ軽く頬杖をついた
……なんか変な感じだな。
学校は前と同じはずだった。教室も、クラスメイトも、授業も何も変わっていない
けれど自分だけが、少しズレてしまったみたいな感覚がある
黒板の数式を見るだけで答えが浮かぶ。頭の中では勝手に処理が進む。しかも不思議と疲れない
『処理負荷:低』
また表示が小さく流れる
これズルだな。
前なら絶対途中で詰まっていた問題も、今は考える前に終わっている感覚だった
ふと横を見る
リオは静かにノートへ何かを書いていた。さっきの淡い光は、もう見えない
……気のせい、ではないよなー。
そう思いながらも今は深く考えないことにする。あれこれ気にしていたら授業どころじゃなくなる
葵は小さく息を吐くと、改めて黒板へ視線を向けた
――
キーンコーン、カーンコーン――
授業終了のチャイムが教室へ響く。同時に張り詰めていた空気が一気に緩んだ
「やっと終わったぁ……」
「まじで腹減ったー」
あちこちでそんな声が上がり、椅子を引く音が重なる
葵も小さく息を吐きながらシャーペンを置いた
……意外と普通だったな。
もっと周囲から変に見られるかと思っていた。けれど授業が始まってしまえば、教室はいつも通り流れていく
ただ一つ違うのは、自分の頭の中だった
『多重処理:待機中』
『集中制御:安定』
表示はもうほとんどノイズもなく静かに流れている
慣れてきてるのかな……?
そんなことを考えていると、不意に机へ軽く衝撃が来た
「おーい、葵」
顔を上げる
ガイだった
「久々に来たと思ったら、なんか急に頭良くなってんじゃねーよ」
「……別に」
「別にじゃねぇって。前もっと数学死んでただろ」
「それは否定できない」
葵が小さく返すと、ガイは少し吹き出したみたいに笑う
「はは、なんだ喋れんじゃん」
その言葉に、葵は少しだけ視線を逸らした
やっぱりまだ、人と話すのは少し慣れないな
けれど前みたいに、完全に言葉が詰まる感じでもなかった
――
昼休みを告げるチャイムが鳴った瞬間、教室の空気が一気に緩む
「っしゃ昼!」
「購買行くやつ急げー!」
そんな声が飛び交う中、葵は息を吐きながら教科書を閉じた
すると前の席から、ガイが椅子ごと振り返る
「葵」
「……?」
「飯どうすんの」
「あー、そういえば、まだ決めてない」
「じゃあ一緒に食おうぜ」
あまりにも自然な言い方だった
葵は少しだけ目を瞬かせる
前の自分なら、多分ここで少し困っていたと思う。誰かと昼を食べるだけでも妙に緊張していたからだ
けれど今は、不思議とそこまで嫌な感じがしない
『集中制御:安定』
また頭の奥で小さく表示が流れる
……いや絶対これのせいだろ。
半分呆れながら、葵は小さく頷いた
「……別にいいけど」
「よし決まり」
ガイは立ち上がると、そのまま机へ軽く肘を置いた
「んで? お前今日なんかあった?」
「なんで」
「なんか前と全然雰囲気違う」
さらっと言われ、葵の動きが少しだけ止まる
「前より静かなのに、逆に変な存在感あるっつーか」
「……何それ」
「知らね。俺も上手く言えねー」
ガイはそう言いながら笑う
その時だった
視界の端で、ふわりと淡い光が揺れる
「――あ」
反射的にそちらを見る
リオだった
教室の窓際。静かに本を読んでいる、その肩付近で小さな光がゆっくり漂っていた
……またいる。
今度は見間違いじゃない。淡い粒みたいな光がリオの周囲をゆっくり回っている
『未確認干渉体:観測継続中』
また頭の奥で表示が流れる
「……おーい、葵?」
ガイの声で、葵ははっと視線を戻した
「どこ見てんだよ」
「あ……いや」
言いかけたところで止まる。見えてる、なんて言えるわけがない。自分でも何を見てるのか分かっていないんだから
するとガイが、葵の視線の先を追うみたいに振り返った
「あー、リオ?」
「……え?」
「せっかくだしあいつも呼ぶか?」
あまりにも軽い調子だった
葵は一瞬だけ言葉に詰まる
けれどガイは気にした様子もなく、そのまま大きめの声で呼んだ
「おーいリオー!」
窓際で本を読んでいたリオが、ゆっくり顔を上げる
その瞬間。
肩の近くにいた淡い光が、ふわりと揺れた気がした




