アンナ様の一番可愛いとき
「わかっていませんね、サラさん。アンナ様は自分で植えた花の世話をしているときが、一番輝いているんですよ。泥だらけになりながらも笑顔なアンナ様が、一番だと思います」
「そんなことありません!!確かに花に向けられる笑顔も素敵ですが、アンナ様と言ったらやっぱり美味しいものを召し上がった時に滲み出る、あの微笑みが何よりも可愛らしいものだと思っております」
「うぐっ...、さすがサラさん...。わかってらっしゃる」
「いえ、リースさんこそ、長年アンナ様の専属使用人をなされてることはあります」
リースとサラ、2人は顔を見合わせると、何かを感じ取ったのか握手を交わし、深く頷き合う。
「...何、あれ...」
そんな二人の様子を、ソファに座りながら眺めて、唖然とする。
「アンナ様の一番可愛い瞬間はいつか、ということを話し合われています」
「...は?」
お茶の準備を進めながら、淡々と答えるセシル。
言ってることがよくわからず、目を瞬かせる。
すると、隣に座っていたアンドリューが足を組み替える。
「...なるほど、つまりこの僕の出番ということだね」
意気揚々と意味の分からないことを口にしだした双子の兄を凝視する。
「アンナの全てを知り尽くす僕に、君たちがどう対抗するのか楽しみだ」
「アンドリュー様は引っ込んでいてください」
「話し合いにならないじゃないですか」
突然のアンドリューの介入に口を尖らせる二人。
これは、展開についていけないわたしがおかしいのだろうか。
諸々と突っ込みたいことはあるけれど、それよりも、気になることがある。
「...アンドリュー。あなた、毎日お茶しに来るけど...暇、なの?」
セドリックとの結婚式から数週間。
双子の妹の結婚式をぶち壊した張本人は、何食わぬ顔で毎日のように訪ねてきている。
リチャード王太子殿下の護衛兼補佐をしているセドリックは連日王宮に赴いてる。
そのおかげで新婚旅行に行く暇もなく、そのことについてセドリックに散々謝られたが、毎晩のように体を求められて、愛を囁かれてるので、それだけでもう十分である。
身分は違えど、アンドリューも子爵家の嫡男なんだから、こんなところで油を売っていていいのかしらとは思ってる。
「わかってないな、アンナ。こうやって、君とお茶を飲むことだって僕にとっては立派な仕事さ。それに、僕に余裕があるってことは、この国は今とても平和ということさ」
セシルが用意したお茶を口に付け、アンドリューは満足そうに笑う。
確かに国の諜報員であるアンドリューが暇そうにしているのはいいことだと思うのだが、それにしても毎日は来すぎじゃない?
下手したら、結婚してからもセドリックといる時間よりアンドリューとお茶してる時間のほうが長いかもしれない。
「それに、こんな風にアンナと一緒にお茶するのだって簡単なことじゃないんだよ。毎日、大変なんだから」
「...大変?」
首を傾げると、アンドリューがティーカップを机の上のソーサーに置き、わざとらしく手を大きく広げる。
「僕がアンナとお茶が出来るのは、セドリックがこの屋敷にいない時、つまりあいつが王宮でリチャードの補佐をやっている時だ。だけど、あいつ普通に優秀な上に、今はアンナの元へ一刻も早く帰りたいからなのか、ものすごい速さで仕事を終わらせようとする。それだと、僕がアンナと一緒にいる時間が短くなってしまう!!」
アンドリューは強く拳を握る。
「それは非常に困るので、僕は毎日それとなくリチャードにちょっかいを出して、やつが帰ってくるのを遅らせあだだだだだ」
頬を思いっきりつねってやると、痛がるアンドリューは目尻に涙をためる。
「何、するんだい、アンナ!!」
「うるさい!!あなたが原因だったのね!」
セドリックが忙しいから、困らせてはいけないと我慢していたが、本当はもっと一緒にいたい。
なのに、この男がわざとセドリックの帰りを遅らせたとなると、頬だってつねりたくなるものだ。
「...さて、それじゃあ話を戻して、僕が可愛いと思うアンナの話をしようか」
「勝手に話を戻さないで」
紅くなった頬を擦りながら、誤魔化そうとするアンドリュー。
「え、別にいいです」
「それより、セシルはどんな時のアンナ様が可愛いと思うー?」
しかし、リースとサラはそんなアンドリューに目もくれず、わたしの傍らで静かに待機するセシルに話題を振った。
「...ふっ、僕のアンナへの愛の深さに恐れをなしたのかな」
「いい加減、その軽口やめないと、部屋から追い出すわよ」
意味のわからないことをぼやき続けるアンドリューに釘を刺す。
アンドリューはわざとらしく傷ついたような素振りを見せてくるが、無視してお茶を口に含む。
専属メイドの三人が会話を続ける。
「...そうですね。わたくしは、セドリック様の隣にいらっしゃる時のアンナ様が一番美しいと思っております」
「...ごふっ!!」
セシルの発言に盛大に咽る。
な、何言って...
しかし、わたしの反応と反して、他の二人は確かにと納得したように頷いている。
アンドリューでさえ変な茶々を入れることなく、悔しそうな表情を浮かべている。
「ちょっと、何なのこの空気!?」
さっきまでの騒がしい感じが一瞬にして静かになる。
なんかわからないが、とても恥ずかしい気持ちになる。
えっ、わたしってそんなにわかりやすいの!?
そんなにセドリック大好きって滲み出てるの!?
すると、突然アンドリューが窓の外を指差す。
「あれ、セドリック帰ってきたんじゃない?」
「えっ、うそ!?」
急いで窓際に近付き、窓の外を確認するも、門から屋敷に繋がる道に馬車はおろか、人っ子一人通ってない。
「アンドリュー、騙したわね!!」
振り向くと、アンドリューだけではなくリースとサラも何か微笑ましいものを見ているような眼差しを向けてくる。
セシルは何故か誇らしげに胸を張ってる。
なんか、すごい負けた気になるのは、何故かしら...。
「......あれ?あの馬車って...」
「もういいわよ、騙されないわよ」
同じ手に二度も引っかかるほど馬鹿じゃない。
しかし、アンドリューだけではなく、他のメイド3人も窓の外を見ている。
騙されるものかと思いながらも、恐る恐る再度窓の外を見ると、見慣れた馬車が門から敷地に入ってくるのが見えた。
セドリック、だわ!
「この時間帯に帰っていらっしゃるなんて珍しいですね」
「そうですね。さてと、お出迎えの準備を...って、アンナ様!?」
誰よりも早く部屋を出て、屋敷の入り口まで駆け足で向かう。
正面扉を急いで開けると、丁度馬車から降りてくるセドリックが見えた。
「おかえりなさい、セドリック!」
逸る気持ちを抑えられず、小走りで出迎える。
わたしの姿を確認すると、セドリックは目を細め、表情を和らげる。
「アンナ」
そのまま、セドリックの胸へと飛び込む。
セドリックの腕が、優しく包みこんでくれて、額に唇を落とす。
「今日は随分帰りが早いのね」
「あぁ、珍しく殿下が執務室から逃げ出さなかった」
その一言だけで、セドリックの日々の苦労が想像できる。
毎日の仕事を熟すだけではなく、リチャード殿下のお守りまでしなければいけないなんて...
その上、あのアンドリューから仕事の妨害までされてるんですもの。
やはり、アンドリューには今度キツく言っておかなければならない。
しかし、今はそんなことよりセドリックと一緒に過ごすことが先である。
日が暮れる前に帰ってくるなんて、本当に滅多にないんだから。
「今日、これから何か予定あるの?」
「いや。アンナ、君と過ごそうと考えていた」
「本当に!?嬉しい」
セドリックの腕を引いて、歩き出す。
・
そんな二人の様子を窓越しで眺めていたセシルは満足そうに微笑む。
「あーあー、あんな顔見せられちゃったら、対抗する気も失せるよ」
アンナがいなくなり静かになった部屋で、ソファで体を伸ばしながらアンドリューがつまらなそうにぼやく。
サラとリースは、セドリックの帰還で一目散に部屋から出たアンナの後を追ったので、部屋にはセシルとアンドリューの二人だけだった。
「さてと、それじゃあ僕も帰りますか」
ティーカップに残っていたお茶を飲み干し、アンドリューが立ち上がる。
「アンドリュー様は、お二人のもとに行かなくてよろしいのですか?」
案外あっさりと引くんだなと思いながら、セシルは茶器の片付けを進める。
「行かないよー。アンナ怒られそうだし。それに...」
アンドリューは窓の外に視線を向ける。
「さっき、セドリックからの絶対邪魔するなよって視線が送られてきたからね...。さすがに僕も命は惜しい...」
あの距離で、この部屋にアンドリューがいるって
察知して、視線だけで牽制するとは雇い主ながらさすがに大人げない。
「それじゃあね、セシル。アンナによろしくね」
ソファから立ち上がり、別れの挨拶もほどほどにアンドリューから部屋から出ていこうとする。
「あっ、そうだ」
すると、何かを思い出したかのようにあと一歩のところで立ち止まる。
「明日から、僕には紅茶じゃなくてコーヒーを用意してくれたら嬉しいな」
「...はぁ」
「今まではアンナに合わせて飲んでだけど、やっぱり僕には少し甘すぎるや」
明日からも懲りずに来るのかとか、主でもないのに要求してくるなと色々突っ込みたいところだが、セシルは静かに頷く。
「ありがとう、それじゃあね」
笑顔で手を振り、今度こそアンドリューは部屋から出て行った。
アンドリューは正直苦手だが、アンナと同じ顔だとどうにも甘くなってしまう。
誰もいなくなった部屋でセシルは一人ため息を吐いたのだった。




