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「少し話をするだけだろう?そんなに警戒しなくても」


「近づかないでください」


「そんな意地にならずとも...」



男が女性に近付こうと、距離を詰め寄ろうとする。



「あの、困っているのが見て、わかりませんか」



突然、声が介入したことにより、男と女性の二人の視線が同時にこちらに向かれた。


小柄な女性は涙目で、体が震えているのが見てわかる。


それに対して男は、邪魔が入ったことに苛ついてか睨んできている。



「なんだ、お前」



威圧的な低い声だったが、怯まず背筋を伸ばし、一歩前に出る。



「邪魔をしてしまったらごめんなさい。でも、彼女が怖がっているように見えたから、声をかけさせていただいたの」



女性の前に立ち、男と真正面から向き合う。



「別に怖がってはいないだろ。声をかけたぐらいで大袈裟な...」


「そうなんですか?...じゃあ、相手が嫌がっているのがわからないぐらい教養のレベルが低いんですね」


「なっ...」



しらばっくれる男に対し、笑顔で対抗すると、男はわなわなと拳を震わせる。



「お前、俺を誰だと思ってる!!そんなこと言って、タダで済むと思うなよ!!」


「申し訳ございません。わたし、世間知らずでどなたか存じ上げないんです。ただ、こんな人前で大声を上げる方が、上流階級の人間だなんて誰も思いませんよね」



その言葉に男はハッとして辺りを見渡す。


男が声をどんどん張り上げてくれたおかげで、周りの人たちがこちらを見ながら、ひそひそと話している声が聞こえてくる。


さすがこの状況だと、男の分が悪すぎる。


このまま引き下がってくれるだろうと思っていたが、考えが甘かった。



「……ふん、お前でもいいんだろ?口出しするなら、相手してやる」



男の視線が見定めるように上から下へと移動する。


うわっ、矛先がこっちに来たか。


本当に女を漁りに舞踏会に来る輩もいるなんて、王都の舞踏会、末恐ろしすぎる。


だけど、こっちのほうが好都合だった。



「ごめんなさい。あなたと違って見境なく誰でもいいわけじゃないんです。わたし、男性を見る目は確かなので、相手にしてほしかったら性根を磨き直してからにしていただきたいです」


「くっそっ...、なめやがって..!!」



男の目が羞恥心と苛立ちで揺れる。


そしてそのまま怒りに身を任せ、体を前に出し、拳を振り上げてくる。


よしっ、かかった。


狙い通りの反応が返ってきて、内心安堵する。


これでこのまま、男が傷害事件を起こしたら、近衛兵が出てきて、外に追い出されるはず。


わたしは殴られるけど、まぁせいぜい全治2-3週間程度でしょ。



『じゃーん、アンナ様史上最強に可愛いアンナ様かーんせーっ』



リースの得意げな笑顔が頭に浮かぶ。


ごめん、リース!!せっかく綺麗にしてもらったのに!!


心の中でリースに謝りながら、強く目を瞑った。


...


......


.........


...ん?


頬に来るはずの衝撃が中々来なくて、首を傾げる。


なんか心なしか周囲のざわつきも大きくなってる気がする。


何があったのか確認しようと瞼を少しずつ上げると、殴りかかろうとしてくる男の腕を掴むもう一人の男性の姿が目に映った。


シャンデリアの眩しさで一瞬誰だかわからなかったが、透き通るような灰色の髪が光って見えて、息が一瞬止まる。


...セドリック。



「邪魔、するんじゃねぇ!!」



苛つきで口調が荒くなった男がセドリックに怒鳴る。


セドリックは腕を掴む力を弱めず、男に冷ややかな視線を落としていた。



「失礼。邪魔をした。しかし、周りが見えていないようだ」



セドリックの言う通り、いつの間にか先ほどとは比にならないぐらいの人集りが出来ている。


この状況だと、何を言っても、しても、注目される。


人々の好奇や侮蔑を含んだ視線に男がたじろぐ。



「この...」


「それに、女性に手を上げるのはこの場での振る舞いではない」


「...っ!!!!」



セドリックが腕を掴む力を強めたのか、男の顔が苦悶で歪む。



「チッ...、覚えてろよ」



男は強引に腕を振りほどき、常套句のような捨て台詞を吐いて、逃げるように人混みの中に消えていった。


一連の騒動が収まっても、人集りの喧騒は止まらなかった。


人集りの中心でセドリックは何事もなかったように燕尾服の襟を直していた。


その姿をわたしは瞬きをせず、じっと見る。


すると、ゆっくりと顔を上げたセドリックの視線が真っ直ぐわたしを捉えた。


その瞬間、喧騒がまるで嘘のように聞こえなくなった。


まるで時が止まり、世界にわたしとセドリック、二人だけしかいない感覚に陥った。


目の前にセドリックがいる。


何か言わなければと口を開こうとしたその時、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。



「セードリックー!!!」



何やら怒っている様子のリチャード殿下が大股で近づいてくる。



「貴様、俺の許可なく勝手にいなくなるな!!護衛の意味がないではないか!!」


「...申し訳ありません」



セドリックが謝るが、殿下はまだ言い足りないらしく、そのまま続ける。



「貴様がいないと、俺の美しさで卒倒する婦人が出てくるだろうが!!俺の、美しさ、を中和しろ!!!」



リチャード殿下が意味のわからないことを真剣に訴えている。


セドリックも美形の部類に入るから中和にはならないんじゃ...。


本当に殿下の過剰な自己陶酔はどこから来るのだろうと感心してしまう。



「...おや、誰かと思ったらアンナ・グランヴィルではないか」


「ごきげんよう、リチャード王太子殿下」



セドリックの肩越しにわたしに気付いたリチャード殿下に対しお辞儀をして挨拶をする。


一応、王太子なので。



「見違えたぞ、一瞬誰だが本気でわからなかった。まぁ、俺の美しさに比べたらまだまだ、だが」


「はぁ...、ありがとうございます」



褒められてるかわからなかったが、面倒くさいのでお礼しておく。


リチャード殿下の登場で周りの喧騒がますます騒がしくなってくる。


今度は自分が好奇の目に晒されて、とても居心地が悪い。



「しかし、セドリックが突然姿を消したと思ったら、そこにはアンナ・グランヴィルが...」



リチャード殿下が何やら呟きながら、セドリックとわたしを交互に見てくる。


そして、何かを理解したかのように大きく頷いた。



「うむ、よい!!アンナ・グランヴィル、貴殿に後ほどセドリックとの時間を与えよう」


「は...?」



殿下は突然、何を言っているんでしょうか。


予想外の言葉に、開いた口が塞がらない。



「うむうむ。俺は美しいだけではなく、なんて気が利くんだ。完璧すぎて、自分が怖くなる」


「あの、殿下...」


「では、アンナ・グランヴィル!!後ほどだ!!期待して待っているがいい!!」



殿下の声が大きすぎて、わたしの声がまるで耳に入っていないらしい。


勝手に話が進んでいき、困惑する。



「ということだ、セドリック。それまでは俺の隣から離れることは許さん」


「...かしこまりました」



そして嵐のような男、リチャード殿下はマントを翻し、この場を去って行った。


セドリックも殿下の後ろに付いていくように離れていく。


一瞬だけ視線が合った気がしたが、気のせいだと思った。




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