1.目覚めれば婚約者
双子の兄が死んだ。
それだけで、わたしが自ら命を断つのには十分すぎる理由だった。
・
意識が遠のいていく傍らで誰かの叫び声が聞こえてくる。
使用人のリースだろうか。
もう考えることも億劫になり、そのまま意識を手放そうとした。
その瞬間。
「んっ......」
生暖かい感触が唇に触れる。
それと同時に、口に纏わりつく甘さが口の中に広がっていく。
わたしは、重たい瞼を微かに開けた。
目の前に見知らぬ男性の顔がある。
灰色の瞳と目が合った。男性は親指で自身の唇を拭うと、身体を起こす。
そして、ゆっくりとわたしから離れていく。
「あっ...」
声を出そうとするも、何日も食事はおろか水も口にしていなかったため、喉がカラカラに乾いている。
その上、そんな状態で得体のしれない甘さが口の中に纏わり、思ったように声が出せない。
「うわぁぁぁぁん!!よかった、お嬢様!!」
「リ...ス...」
その間に、使用人のリースが勢いよく身体に抱きついてきた。
「アンドリュー様が亡くなられたばかりなのに、アンナお嬢様までいなくなられたら、わたし...」
「....」
...アンドリュー...。
そっか、わたし死ねなかったのか。
気怠い身体をベッドからゆっくりと起こす。
辺りを見渡すと、見慣れた自分の部屋に顔なじみの使用人たちが心配そうな表情を浮かべて、わたしを見ている。
その中に、先ほどの灰色の瞳の男性もいた。
瞳と同じ、灰色の髪をしたその男は、背筋をまっすぐに伸ばし、音もなくそこに立っていた。
その佇まいは、静かに降り積もる雪を思わせる。
明らかに異質な存在だった。
何を考えているかわからない、感情が込められていない灰色の瞳が、わたしをじっと見つめる。
男性の口元に茶色の汚れが付いているのに気付いた。
そして、今、自分の口の中に纏わりついている甘さがチョコレートの甘さだということにも気付く。
......もしかして、わたし、この人に口移しでチョコレートを食べさせられた...?
何故、見ず知らずの男性にそんなことされたのかは、わからない。
しかし、そのおかげでわたしは、アンドリューの元へ行きそびれてしまったのだ。
言いようのない苛立ちが込み上げてくる。
「......んで...」
「お嬢様...?」
「なんで、邪魔したのよ......!!!」
よろけながらも、ベットから抜け出し、怒りに任せて、男性に掴みかかろうとした。
その瞬間。
「お嬢様あぁぁぁぁ」
とんでもない重量が横から飛び込んでくる。
「本当に良かったです!!このまま栄養失調でお亡くなりになられたら、わたしが奥様に殺されるところでした!!!よかったぁぁ」
「テディ...重...い、おりて...」
泣き縋ってくる熊のような体型の主治医、テディに押しつぶされ、息が詰まる。
医者なのに、殺傷能力高すぎるテディの重量に意識がまた遠のきそうになる。
「先生、圧死してしまいます」
低く落ち着いた、温度が感じられない声が振ってくる。
ふいに圧が消える。
視線を上げると、男性が熊のようなテディの身体をを当然のように持ち上げていた。
テディを床に下ろした男が、わたしの前に片膝をつく。
「それでは、行こうか」
目の前に手が差し出される。
差し出された手と、男性を交互に見る。
灰色の瞳には何の感情も映されていない。
「...行くって、どこに?」
「わたしの屋敷にだ。アンナ嬢、君はわたしの婚約者になったんだ」
「...は?」
わたしは、きょとんとする。
アンナ・グランヴィル
双子の兄が死んで、すべてを止めたはずの世界に、見知らぬ婚約者が現れた。




