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残響する未完の愛:境界に沈む「救えなかった昨日」と「あり得た明日」

白い光の階段を登り切った先、そこは色も音も剥ぎ取られた「B.Z.E.(基盤位相領域)」の外縁だった。


レオンは、掌に残る熱を確かめるように拳を握る。 王都での戦いも、管理者との対立も、今は遠い。 ここにあるのは、ただ「世界を構成する前の生データ」のような冷たい静寂だけだ。


(……誰かが、呼んでいる。)


その時、白い大地が、ガラスが割れるような音を立てて爆ぜた。 空間の裂け目から零れ落ちたのは、黒い霧ではなく、ひとりの少女の姿だった。


レオンの心臓が、嫌な跳ね方をする。


「お前……まさか……」


見覚えがあった。 王都のギルドで、かつてレオンが「最弱」と呼ばれていた頃、隣町の依頼で命を落とした新米の冒険者。 レオンがもっと強ければ、或いは《収納》の真価に早く気づいていれば、救えたはずの命。


だが、少女の瞳は濁り、輪郭はノイズのように乱れている。 彼女は「死んだ過去」ではなく、この世界が切り捨てた「生存ルートの残滓(未来断片)」としてそこにいた。


「レオン……さん……?」


少女が震える手を伸ばす。 だが、その指先がレオンに触れる直前、彼女の背後から「黒い棘」が突き出した。


「っ! 離れろ!」


レオンが叫び、少女を抱き寄せる。 直後、彼女を貫いた棘が黒い霧へと霧散し、低い不協和音が空間を震わせた。


——見つけた。


——選択者。


——“正しい物語”を歪める、余分な記述。


霧が、人の形を歪に模っていく。 EP93で遭遇するはずだった「影」の先遣だ。 影は少女の存在を「ゴミ」を処理するように踏みつけ、レオンを見据えた。


「お前のせいで、整合性が壊れていく。  この少女も、お前が選ばなかった未来で幸福に生きていた枝のひとつだ。  お前が『今』を選んだせいで、彼女は消去対象バグになった。」


「……俺の、せいだと?」


レオンの胸に、鋭い痛みが走る。 自分が進むことで、救いたかったはずの過去さえも、別の形で踏みにじっているのではないか。


少女はレオンの腕の中で、消え入りそうな声で囁いた。


「謝らないで……レオンさん。  私たちが消えるのは……あなたが、前に進もうとしているから。  でも……気をつけて……なかにいるのは……」


少女の身体が、金色の光の粒に変わっていく。 それは「消滅」ではなく、レオンの《収納》へと吸い込まれていくような、不思議な現象だった。 彼女の記憶と、あり得たはずの未来の情動が、レオンの権限パラメータとして統合されていく。


影が嘲笑うように腕を伸ばした。


「無駄だ。ひとつを拾えば、別の千の未来がこぼれ落ちる。  お前が選ぶ未来の先には、お前の愛した全てを破壊する『核』が待っている。  そこでお前を呼んでいる声の主こそ、この世界のバグの根源……」


「黙れ。」


レオンの声が、B.Z.E.の空間そのものを震わせた。


「論理も、整合性も、知ったことか。  俺が救えなかった過去も、今ここで消えていく彼女も……  全部まとめて、俺が背負って持っていく。  それが、俺がこの『外側』で手に入れた唯一の力だ。」


《収納》が、かつてない規模で展開される。 周囲の白い大地が波打ち、影の黒い霧を強引に「未定義データ」として飲み込んでいく。


影は驚愕に震え、霧散しながら最後の呪詛を吐いた。


——ならば来い、選択者。 ——“お前の息子”が作り上げた、狂気の中枢へ。


影が消え、静寂が戻る。 レオンの手には、少女が最後に残した小さな光の結晶だけが残っていた。


(息子……? 影は今、そう言ったのか?)


自分の未来、自分が紡ぐはずだった絆。 その答えが、この白い道の先にある。


レオンは結晶を胸に当て、深く息を吐いた。


「……待っていろ。お前が何者であれ、俺はもう目を逸らさない。」


足跡ひとつ残らない白い大地を、レオンは力強く踏み出した。 背後で、少女のいた空間が静かに閉じていく。 それは「犠牲」を「決意」に変えた男の、最終章への序奏だった。

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