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Itan  作者: 三千
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14/18

信頼

「あと、どれ位かかるかな」


「何だ、トイレか?」


「ううん、そうじゃないけど……ずいぶん、遠いんだね」


冬休みに入り、竹澤先生と狩野地区へと向かう車の中。


「まあな、でもあと三十分位じゃないかな。道も案外、混んでなかったな」


運転席と助手席の間で会話が交わされる。

竹澤先生が、ちらりとこちらを見た。


「不安?」


「そうだね、不安かな。大丈夫なのかなって、ちょっとね」


「大丈夫だから。俺もいるし。っていうか、俺が入るんだから、な。俺なら、おまえのこと守れるしな」


景色がすっかり変わって、田舎道を走る。


畑や田んぼが広がっていると思ったら、すぐに道を折れて山道へ入った。

くねくねとしたカーブを、そう速くないスピードで登っていく。


「遠くを見てろよ、おえってなるぞ」


「うん、やってる」


あまり変わりばえのしない道を単調な運転で進んでいく。


その運転の仕方で、先生はずいぶんと慎重派なんだなと思う。

こんなにもうねっている道なのに、センターラインをほとんど越していない。


「ねえ、先生。たまきさんっていう人知ってる?」


「んあ、ああ」


「どんな人?」


「それより、おまえ、どうして環さんのこと知ってるんだ」


「善光先生が、電話で話してた」


ブラックのコーヒー缶をごくっと飲んでから、また缶ホルダーに戻す。


「ああ多分、おまえか他の誰かの位置情報を教えてもらってたんだろう。環さんは人を探し出す、探知能力があるから」


「その人は、私には興味ないの?」


その質問に。


自分で訊いておいてなんだけども、別の意味が含まれているように思えて、少しだけ驚く。

わざとそういうつもりで訊いたわけじゃない、けど。


先生は少し間を置いてから、話を続けた。


「探知能力がめちゃくちゃ強くなってもなあ、使い道がないわけじゃないだろうけど。前にそんなようなことを言ってたし、お前に入りたいという話は聞いてない」


「そっか」


「あの人、善のこと、お気に入りだかんな」


あ、やっぱそうじゃん。


私はむっとして口を噤んだ。

先生が横で、ぶはっと笑う。


「お前の不機嫌な顔、横から見ると金魚みたいだな」


別にいいもん、金魚でも!

そう言うとさらに笑って、


「大丈夫だよ、環さんはさ、結婚してんだから。旦那さんと息子の次にってことだよ。44歳のおばちゃんだよ。大丈夫、おまえ若さで勝ってるから」


「大丈夫って、何がっ‼︎ 勝つとか、意味分かんない‼︎ 別に関係ないもんねっ」


はあ~腹痛え、と前のめりになっている先生を横目で睨む。

そんな私の顔を見て、先生はさらに笑う。


そして、いつものように頭に手を置くと、


「大丈夫だよ。善はお前しか見てねえから」


「だからっ‼︎ 善光先生は関係ないのっ」


私はまだにやにやしている先生を無視して、窓の外を見る。


環さんとデートしたのかな、そう思うと胸の奥にいまだに刺さって抜けずにいる棘が、ちりりと痛みを帯びていく。


それは、身体中に無限に広がっていき、私を苦しめるのだ。


「あごに梅干しできてんぞ、くくっ」


口元をむうっと上へ押しやる。

梅干しなんて、いくつだって作ってやる‼︎


✳︎✳︎✳︎


「着いたぞ」


それは、想像を超える施設だった。


高い塀と有刺鉄線に囲まれて、迂闊うかつに近づけない雰囲気だ。


周りは山や森で囲まれている。

陸の孤島。

そしてそこに建つ、何かの要塞のように。


大きな門の一角に警備員室があり、両手を上げながらゆっくりと警備員が出てくる。


先生が窓を開け、パスのようなものを見せる。


すると警備員が持っていたリストにサインをするよう促されて、先生はペンを走らせた。


ゆっくりとハンドルを切って、構内に入っていく。


外観は研究施設候そうろうの造りで、その大きさに圧倒される。

白い大きな建物が三つ、そびえ立っていた。


それらの施設を横目に見ながら、駐車場へと乗り入れる。


まばらに車が数台停めてあるだけで、人の気配もあまり感じられなかった。


隅の方には、迷彩柄のジープが数台、行儀良く肩を並べて停めてある。


「ここ、何?」


先生は、初めは言い淀んでいたけれど、すぐに心を決めたようにして、私を真っ直ぐに見た。


「ここは、自衛隊の施設だよ」


先生はさらりと言った。


私はこの真っ白な壁の向こうに、一体何があるのだろうと思うと、不安で不安で喉の渇きを覚えて仕方がなかった。


そして、湧き出る疑問の嵐。

訊きたいことが、たくさんあった。


けれど、建物をにらむように見つめる先生の横顔を目に留めてしまうと、どうしても言葉は出てこなかった。


そして車を降り、私は先生の数歩後ろを、重い足取りでついていく。


先生はかまわず、建物へと向かって、ずんずんと歩いていった。


玄関で先ほども提示していたパスをパネルにかざし、開いた自動扉をくぐって中へと進んだ途端。


制服を着た数人の自衛官に取り囲まれる。


私は、先生の服のそでを慌てて掴んだ。


先生はそれを振り払い、けれどその手を私の肩にぐっと回した。


「大丈夫だから、俺がいるから。怖がるなよ」


自衛官の中から一人、こちらへと進み出てくる。


五十過ぎ位、甘く採点してダンディと言っても良いかなぐらいの、素敵なおじさま風だ。

エミりんだったらそう言って、九十点位つけるだろうか。


「こんにちは、勝田瑠衣さん。私は各務かがみという者だ。竹澤、お前ようやく連れてきたな。待ちくたびれたぞ」


私と先生に向かって声を掛けてくる。

私は先生の腕に大人しく、くるまっていた。


「今日は、ドームを使わせてもらいに来たんだ。少し様子を見たくて。悪いがまだ半分も進んでいない」


「そうか、分かった。私の出番はまだまだ先のようだな。竹澤、報告を怠るなよ」


「ああ、分かっている」


そして肩を促されて、玄関正面の階段を上る。もう一ブロック上ると、くるりと反転し、さらにその上へと上る。


「先生、」


先生は声を掛けても何も言わなかった。


先生はいつもの様子と違ってて、私はこのまま本当について行っていいものか、思案してしまうぐらいだった。


今までに先生の言うことは素直に聞いてきたし、信頼も寄せてきた。

肩を掴む先生の手に、珍しく力が入っている。


善光先生とまではいかないけれど、いつもの先生の優しさが感じられない痛みがあった。


突然、前を見据えて歩き続ける竹澤先生の横顔が、違う人のそれに思えて仕方がなくなった。


どうしたのだろう、自分がおかしいのだろうか。


「先生っ」


少しだけ強く言う。


けれど、先生は無言のまま、ずんずんと進んでいってしまう。


自然と、私の身体にも力が入る。

足が重くなり、それが抵抗と取られたのか、無理矢理に引っ張られた。


少し行くと、エレベーターの踊り場に出た。

エレベーターの下ボタンを押すと、直ぐに扉が開く。


中へとぐいっと押し込められて、奥の壁に背中を打ちつける。


「先生っ‼︎」


私が抗議の声を出すと、先生は近付いてきて私の両腕を押さえつけた。


「瑠衣、いいから俺の言う通りにして。おかしなことにはならないから、大丈夫だよ。俺にちゃんとついてきて」


「先生、先生」


不安が。

身体のそこら中から溢れ出しそうだった。


エレベーターの天井の隅に、監視カメラ。


私は目を泳がせて、周りを見回す。

行き先のボタン。

B3が、光っている。


そこに先生が言っていたドームという部屋があるのだろうか。


手が、汗をかいて。

喉がカラカラに渇いて、唾を飲み込んだ。


不安と緊張で、握り込んでいる手が震え出す。


「先生、先生、せんせい、」


私は目を瞑った。


私の中で今、いつの間にか「先生」とは善光先生になっていた。


私、善光先生を思い出している。

先生に助けを求めている。


エレベーターが到着を告げる。

すると、腕を掴まれ押し出された。


目の前にある大きな扉がまるで、何か異世界への扉のように思えて、怯む。


「ここで実験するから、あ、いや、そうじゃない。でもここなら、力が暴れ出しても大丈夫だから。頑丈にできているんだ、このドームは。防火、防寒、防音、何が起こっても破られない。俺を信じて、絶対に守るから」


半泣きだった私は、竹澤先生の言葉に少しだけ納得する素振りを見せる。


けれど頭をよぎるのは、善光先生のあの激情だった。


抱き締められて、側にいたいんだと繰り返し言ってくれた、あの激しいまでの愛情。

その愛情に、私はもう同じくらいの信頼を、寄せているのだろうか。


先生にすがりたい気持ちで一杯になる。


溢れた涙を手の甲でぐっと拭うと、私は竹澤先生の横に立った。


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