俺、救われます。前編
今回の話は二つに分けて構成します。
-10話 俺、救われます。前編-
「ミル、ば、バフだ!」
「う、うんっ」
呑気に魚を釣って焼いて食べていたのが失敗だった。
ガルドグリズリーは魚を主食としている。特に、ここの川魚が好きで、王都から討伐隊が出向き、狩られて霧散したはずのガルドグリズリーはいつの間にかリスポーンし、人知れずまた魚を求めここにくるらしい。
そのタイミングが今だったのか。
魚を焼いた匂いでここに来たんだろう。くそ、どうする。
今の俺は確実に強くはなっている。しかし、相手は王都討伐隊が手こずるほどのバケモノだ。たとえミルのバフをうけたとしても、やられるのは時間の問題だろう。
3メートルを優に越えるその巨体は焦げ茶の毛皮を纏っており、剣も火も通さないと言われ、高級品として扱われている。
そして猛々しい爪。ギラリと日を反射し、所々血が乾いたような後がある。一体何人のファントムブレイカーを殺せばそんな色になるのか。
「ミル、コイツには勝てない。隙を見てトランジション・ストーンでメイフィストに転移するぞ」
「わ、わかった」
転移場所を指定するのには最低でも4秒はかかる。
今起動させたところでガルドグリズリーに首を撫でられるだろう。
こんな巨体で時速50キロほどもでるんだ。すぐさま距離をつめられるのは間違いない。
「ミル、俺はどうにかあいつを足止めする。だからその間に転移する準備を整えておいてくれ。最悪、お前一人でメイフィストに帰れ」
「い、いや」
「最悪の場合ってだけだ!早く準備しろ!」
もう、戦えなかったあの頃とは違う。武器を手に入れ、体力をつけ、仲間も出来た。
俺だってやれるってこと、思い知らせてやる。
「ガルルル・・・」
ミルを戦場から離れさせ、遠くで見守らせる。万が一ミルに襲いかかってもミルだけは助かるようにするためだ。我ながら中々に粋じゃないか。
「行くぞ」
一言、そう呟き、グリズリーへと駆け出す。
グリズリーもまた俺へと猛スピードで突進する。
戦闘開始だ。
手始めにタガーを二本、投げつける。が、全く刺さりもしない。
右肩と左腕に当たったタガーはそこで弾かれ、地面へと落ちる。
刺さらないだろうと予想はしていても、ここまでだと気後れしてしまう。
グリズリーは約8メートル先にいる。両者走っている為に1秒もせずに刃をあわせることになるだろう。
プランはこうだ。
まず、相手の周りを小賢しく動き回り、隙ができたところで目潰し。そして退散。
目潰しがうまくいかなくても、相手に多少なりともダメージを与えることが出来れば万々歳だ。
グリズリーは俺を引っかこうと右前足を伸ばす。
振り下ろされる寸前に左へとステップする。これでグリズリーの右側を取った。
チェーンソーを起動し、クールタイム中のグリズリーの右前足の付け根を刈る。が、刃が嘘のように通らない。くそ、堅すぎる!
ほんの少しだけ血が見えたが、致命傷にはならない。
何食わぬ顔でこちらを見やるグリズリー。そこには明確な殺意が見て取れる。やはり気圧される。
だが、ほんの少しでも傷を与えることが出来たのなら、それは勝算があると言うことだ。同じ場所をしつこく切りつければその内傷は深くなり、動き辛くなるはずだ。しかし、相手は速い。こんな攻撃が何回も通じるとは到底思えない。戦いながらにして、策を弄する必要がある。
じゃあ、こうするしかないじゃないか。
グリズリーは俺に向かって猪突猛進する。俺は、追いかけっこのようにグリズリーから逃げる。バフでスピードは上がっているが、グリズリーには後れをとる。
少しずつ、されど着実に近付いて来ているグリズリー。追いつかれるのももうすぐだろう。
俺の目の先には、大きな木がある。グリズリーは俺しか見えていないのだろう、大きな木の存在に気付いていない。
木を目の前に、グリズリーと俺の距離はほんの数十センチといった所まで迫っている。
グリズリーは大きく後ろ足で地面を蹴り、両手で俺をホールドするかのような体勢でとびかかる。
今だ。
俺は大きくジャンプし、木の幹を蹴り、バク転するように地面から5メートルほど飛び、グリズリーの背後をとる。
グリズリーは俺の姿を追っていたが、時すでに遅し。頭から巨木に突っ込んでいき、軽い脳震盪をおこしている。
よし、勝った!
日和っている間に60メートルほど先にいるミルへと駆け出す。
「ミル!転移の準備だ!」
「うんっ!」
遠方からミルの声が響いてくる。
この速さで行けばきっと間に合う!
「なっ・・・」
こんな時に神様はオレを見放すのか・・・?
ミルからもらったバフの効果が切れ、スピードが通常の速さに戻る。
足はさっきまでの速さを維持しているが、体と脳は追い付けない。そこで派手に転がってしまう。
「ガハッ!」
痛ってぇ!くそ、防御力が!
「シュウ!」
叫び、ミルがこちらへ駆けてくる。
「だ、だめだミル!来るな!」
こっちにはまだグリズリーが!
「ガルルル・・・!」
体勢を立て直したグリズリーが首をブンブンと振り、再びこちらへと猛進する。
「シュウ、シュウ!」
「飛べ・・・メイフィストに飛べ!」
このままではミルを巻き沿いにする可能性が高い。
「いや!シュウも行くの!」
どうにか立ち上がり、グリズリーを睨み付ける。
「俺は大丈夫だ、だから早く!」
「い、いや・・・」
いつまで悩んでんだミルは!早く転移してくれ!じゃないと・・・!
「早く、はや・・・だめだ!ミル、逃げろ!」
グリズリーは標的を俺からミルに変え、ミルへと猛突進する。
「いや・・・、いや!」
「くっそぉぉぉ!」
俺は残る体力を振り絞り、グリズリーへと駆ける。
ミルとグリズリーの距離は約20メートル、俺とミルの距離が10メートルといったところだ。ギリギリ間に合うか否かの距離だ。
俺は周りが見えなくなるほどグリズリーを注視し、チェーンソーをきつく握り締める。
距離にして俺とミルは5メートル、グリズリーとミルは8メートルほどだ。
「おらぁぁぁぁぁぁ!」
喉が張り裂けるほどに声を上げ、今あるだけの全てを注ぎ込み、地面を蹴飛ばし、グリズリーへと跳ぶ。
そして、グリズリーの右目をチェーンソーで刺す。
「ガァァァァ!」
目を刺されたグリズリーは体を大きく揺さぶり、そして。
「グハッ・・・!」
俺はグリズリーの巨大な右前足で吹き飛ばされる。
途轍もない激痛に見舞われ、意識が遠退くのが分かる。軽く肋骨の数本は折れているだろう。
右目を潰されたことで怒り心頭のグリズリーは俺目掛け飛びかかる。
ここで俺は確実に死ぬ。しかし、ミルだけなら助かることは出来る。
俺とミルはまだ出会って日も浅い。が、確実に仲間だった。俺が出会ってきた奴で初めて仲間と呼べる存在だった。
「飛べ・・・ミル・・・」
声になっているかも不明だが、最期の声を上げ、俺は死を覚悟した。
「シュウーっ!」
ミルが俺を呼び、その声の遠い残響が虚しく俺の脳内を彷徨いた。
「『スピア・オブ・ゲイボルグ』!」
最後の声は一体何なのか・・・
シュウは無事なのか・・・
次回、どうなるのか。それは、作者のみぞ知る・・・。