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第8話 「ハードパンチャー成松」

 その後、俺達が落ち着きを取り戻すのにはかなりの時間を要したし、成松さんの誤解を解くのにも時間がかかった。


 成松さんは、上司の軽い下ネタにも顔を真っ赤にしてしまう純情ガールだ。そんな目と目を合わせただけで恥じらう大正時代の乙女のような心を持った成松さんの視界に、全裸の男二人が侵入するのは些か刺激が強すぎたのだろう。


 御崎さんに全裸行動を禁止され、俺と平塚は泣く泣く湿った下着を装着して冒険を進めることになった。履き続けるより、一度脱いでから再度履く方が圧倒的に気持ちが悪かった。


「それにしても成松さんのパンチは怖かった……」


「岩石を削るような音が聞こえてましたね。灯里のジョブはなんでしたっけ?」


「ああ、ジョブは関係無いよ。私、お父さんに護身術として空手を習わされてたから……」


 この説明で「ああ、そうでしたね」とはならないだろう。あの御崎さんをもってしても表情を強張らせているではないか。


 成松さんは恥ずかしそうに俯いているが、いくらなんでも素手で岩石を削り取るのは護身術としての攻撃力を超越しすぎである。彼女が習っていたのは暗殺術の間違いなのではないか。


「壱岐さん、そんな目で見ないでくださいよ! ほら、この洞窟は風化気味の泥岩が多いから脆いだけですってば!」


「じゃあ、あの鈍器のようなものは……」


「壁を削り取ったんですけど、その、本当に脆い部分でしたから!」


 ブンブンと両手を横に振りながら怪力疑惑を否定する。俺の顔面が削り取られる事態に発展するのは避けたいのでこれ以上の追求はよしておこう。


「そういえば、皆さんのジョブと同じように私のジョブにもバグが発生しているんでしょうか」


「まだ確認してなかったのですね」


「うん、弓使いにしてるんだ! 弓を射る女性の姿って、凛としていて格好いいから即決しちゃった」


 ご機嫌そうにステータスを確認する成松さんだったが、そのまま表情が固まり顔が真っ赤になっていく。バグが発生しているのは予想通りだが、何を赤面することがあるのだろうか。


「どうしたんです灯里?」


「わ、私のジョブ……私のジョブが……その……うぅ……」


「他人のステータスは覗けませんので、言わなきゃわからないですよ」


「ええ、言うの!?」


「バグが発生している以上、確認するのが私達の仕事ですから」


 もっともらしい説明をしているが、御崎さんの眼は笑っており、恐らく成松さんの反応を楽しんでいる。悪魔め。


「その、私のジョブは、ゆ、ゆ……」


「ゆ?」


「………指使い」



 ゆびづかい。


 消え入るような小さな声で、そう呟いた。成松さんの顔は、煙が出るんじゃないかと心配になるくらい真っ赤になっている。確かに捉えようによっては卑猥な意味にも使える単語だが、普通はまず音楽用語として考えるので、決して恥ずかしい単語ではない。


「なんというか、卑猥な方向に勘違いする成松さんの思考が卑わ」


 平塚の無神経な言葉は、無慈悲な鉄拳に遮られた。成松さんの華奢な身体から放たれた右ストレートは空気を切り裂きながら平塚の鼻に刺さり、その勢いのまま撃ち抜かれる。


 何かがへし折れるような嫌な音が洞窟内に響いた。南無三。


 平塚の安否はさておき、今の成松さんのパンチで気になる点が浮上した。


「成松さんが指使いという意味不明なジョブだとすれば、今のパンチは攻撃力が高すぎる気がします。まるでジョブの補正を受けていないようです」


 このゲームにおいての攻撃力はプレイヤーのレベルアップによるジョブの能力補正で加算されていく。現実世界の筋力はこの仮想空間内では全く影響されないはずだった。もし現実世界の能力が影響されてしまうと、戦闘においては女性と子どもが圧倒的に不利になってしまうからだ。


「確かに……ジョブのバグどころか、ジョブの補正値すら正常に反映されていないのかもしれないですね」


「はい。もしそうだとすれば、僕達のジョブがクソだとしてもハードパンチャーの成松さんがいれば中継地点までのクリアは容易なはずです」


「わ、私ですか?」


 思わぬ流れで救世主が現れた。成松さんの黄金の右腕さえあれば、序盤のモンスターなら一撃必殺だろう。俺達が敵を引きつけるなりして隙を作り、成松さんにトドメを刺してもらえば最強だ。


「女の子に前線を任せるのは心苦しいですが、何卒よろしくお願いします……!」


「そうですね。ジョブの補正値が関係ないとすれば、壱岐さんと平塚さんはレベルが上がってもスライムにすら勝てない雑魚という結論に至りますので、まるで使い物になりません」


 御崎さんの言葉に致死量に値する毒が含まれていたが、嘘偽りのない真実なので何も言い返せない。このテストプレイにおいて、俺と平塚はもはやゴミ同然である。盾と荷物持ちにしかならないだろう。

 

 俺は平塚を叩き起こし、今後の戦闘における立ち回りを説明した。成松さん一人に頼りっぱなしになるのは申し訳ないし、不測の事態が発生して成松さんが攻撃できない状態に陥ると絶望的なのだが、頼るれものは他にない。


 こうして、成松さんという命綱に三人でしがみつく状況の中、冒険が再開された。まずは、俺達を絶命寸前にまで追い詰めたあの憎きスライムの退治である。


 

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