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ミナモノクニと女子の力

井戸があった。

大きな石枠の井戸が真ん中にでんと構えていた。


ミナモノクニ何ていう名前から広大な海を想像したステキな空想家の読者様もいるだろうが、あえて裏切らせてもらう。とはいいつつ、オレの意思なんて最初から関係ないんだけど。

ここにあるのは、井戸だ。


のぞき込むのに精一杯といった高さ。これは人が落ちるはず無いな。安心安全設計だが、滑車に吊した桶での水くみは一苦労だろう。

どこまでも暗い井戸の中は何も見えない。

若干組まれた石の隙間から、枯れた植物の残骸が生えている。門が閉じる前は生き生きとした葉が視界をもっと邪魔しただろう。

深いな。底が見えないのはともかく、水面も見えない。

試しに滑車についた桶を落としてみる。


……

おっとうっかり手が滑った。

からからからんと高速で滑車が回る。


……

滑車の紐はこれで精一杯。

コツンという硬い音もバシャンなどという水音もない。うんともすんともいってこない。

「涸れ井戸ですね」

美しい眉を寄せて彼女の柔らかい声がぽつりと呟く。

涸れ井戸っていえば、こう人里離れた森の奥でひっそりと残っているってイメージがあるんだがこうも街中で堂々と鎮座されるとは。


他に見る物もない無人の街を、貴季だけが怪しい記号がもりもり盛られた方位磁石付きの木板を持ってうろうろしている。

しばらく街の隅で止まった後、振り向いた貴季はすがるような目を向けてきた。え、何さ。

「様子がおかしいのでございます」

お前の様子はいつも不審だとか言いたいのをグッとこらえて側に寄る。

「どうかなされました?」

地面に手を当てて何かを探るような貴季に流留華が声をかける。

コンタクトを落としたわけはないだろうから、おおかた気の流れとかいう物を調べてるんだろう。

「門の位置は確かにこの辺りでございますが、木の姿が見えないのでございます」

木、というのはこの場合、あの実のなる鉱物か。

見えないという事は……

「地上ではなく、けれどこの場所、ですか?」

「はい、おそらく地下に空洞がございます」

また地下か。暗いの苦手なんだよ。


とりあえずその地下空洞に至る道を探す。

クニの外周をぐるりと一回りしたり、民家に勝手に入って地下室がないか見たり、枯れ木に何か隠されてないかとこづいて回ったりもしたが、結局成果もなく戻ってきた。


最後に残っているのが、中央におわしますこの涸れ井戸。

もう一度のぞき込む。

子どもの身長を優に超すというか、オレの胸よりも上にある井戸口。直径も大人一人分はある。もしかしたらバンザイしても手の先も足の先も円の壁には届かないかも知れない。

地面より下っていったら、もうここしか残ってないんだよな。

さて、どうやって降りたものか。

桶の紐を伝って滑り降りるまで考えて、誰がその桶紐を地上で支えるんだという結論に至る。しかも行ったあと、また帰ってこなきゃなんないだろ。

うーんと一人でうなっていると、流留華が嬉しそうに駆けてきた。

その後ろから付いてくるのは丸めた紐の束を重たそうによたよた持った翔真。

「零様。良い物が見つかりました!」

近くまで来て、翔真の持つ紐を伸ばす。

はしごだ。縄ばしご。

草の蔓を編んだ太い荒紐で、結構長い。

試しにどこか引っかける場所を探してみると、おあつらえ向きにほどよく飛び出てかえしまで付いている杭を発見。

翔真がばっと井戸の中へ丸めたはしごを投げた。

めちゃくちゃ長い。あっという間に闇の底へとはしごの端は消えていった。別にダジャレじゃない。


これで用意はできたんだろうけど、何ぶん相手が大井戸なもんで怖い。

それに、組んでる石だって絶対崩れないとは言えないだろうし。

つまり、行きたくねえ。

とはいうものの、オレが行くべきだよな。だって主人公だし。何か冒険ぽいし。きっと活躍の場だし。

勇気を振り絞り、井戸の縁に手をかけて登る。

この時点で怖い。何でこの高くて狭い足場に登らなきゃいけないんだ。

縁に立つ事はせずに、縁をまたいで様子を見る。うん、怖い。

ゆっくり体を反転させて、縄ばしごに足をかけた。

ぐらりと視界が後ろにいく。

体が反っていた。

しまった、これははしごじゃなくて……縄ばしごだ。

足に力を入れればバランスをとるのは難しい。というか、バランス崩して当然。もともと腕の力に頼って上り下りするための物だ。

気がつくと手が縁から離れている。何てこったオレの握力弱すぎだろ。

「うわあああ」

我ながら情けない声を上げて背中から落下する。

さすがに、これ死んだわ。

こんなところで死んでしまうとは情けない。ほんと、ふがいない救世主で悪い。お前ら、後はよろしくな。


「零様!」

あ、なんか、流留華が手を伸ばして近づいてくる。

まるで天使か何かのように長いスカートをバサバサいわせながら悲しそうな顔でやってくる。

待て、お前もフリーフォールか? 何考えてんだバカ者。

だめだ、流留華じゃ何もできねえぞ。

翔真呼んでこい翔真。確か奴なら落下の衝撃弱められるだろ。サクラノクニでやってくれただろ。え。おい。

「しょーまのばかものおおお」

オレの声、奴に届いただろうか……



暗闇の中目が覚めた。

ぼーっとする頭で今どこにいるのか考える。

フラッシュバックというか、縄ばしごからの落下の瞬間が断片的な画像達のコマ撮り動画として脳裏に思い起こされて身震いする。

どうやら加速し続ける落下スピードの恐怖のあまり、失神してしまったらしい。

つーか、生きてるよな。何で息してんだオレ。

あとさ、苦しい。胸にのしかかられているような息苦しさ。

いや、違うな。うつぶせで寝るから自重で苦しいんだ。何か下に暖かくて柔らかい感触がある。

あれ、のしかかってんのはオレか。

「流留華、なのか?」

暗がりで分からない。

けれど、まあ、頬に当たる柔らかいまんじゅうの感触。これは間違いなく奴の持ち物だろう。後頭部と背中に当てられた細い手が、オレをかばおうとした彼女の姿を語る。

うわ恥ずかし、抱きかかえられてるじゃん。流留華たくましすぎるだろ。

……彼女が命をかけて守ってくれたって事か。

そこで気付く。

「おい、流留華。生きてるか!!」

これで頭かち割って死なれでもしてたらオレもう何なるかわからん。ここまで頑張って極力ギャグペースで来たけどさすがにそうなったらシリアス展開にならざるをえないぞ。鬱話は性に合わないんだ、それだけは全力で回避したい件!!

それに地上に戻ったときどんな顔して奴らに会えば良いんだよ。最近翔真の態度が丸くなったとはいえオレの代わりに流留華が犠牲になったとかばれたら……もうオレ井戸から出れない。このまま井戸の魔人になろう。あ、でもこの井戸に水が戻って来たらやばいな。多少は泳げるとはいえずっと水に浸かるのは辛いしな。


悪い妄想が膨らみすぎて、流留華の生存確認まで到達できない間に、背中と頭に乗った彼女の手に力が入る。

あ、何だ。生きてたわ。よかったよかった。

「大丈夫か、流留華」

「はい。零様。間に合って良かったです」

相変わらず何もうつらない暗闇だがふふふと笑い声が聞こえた。いつものように柔らかい笑みを浮かべている事だろう。

体を起こし流留華の様子をうかがうと、ぼっと小さく炎がともる。

流留華の手の上で火の玉がふわふわ浮いている。

その明かりにぼんやり相手の顔が浮かび上がった。予想通りの頬笑みがそこにあることに安心感を得る。

「風の魔法が間に合ってよかったです。吹き込んできた風が私達をさらに押さえつけたときは驚きましたけど」

何か、さらっととんでもない事をしてくれていたみたいだ。

「本当に無事で良かったです」

元気よく言い切る顔は同じ笑みのはずなのに薄い明かりのせいか悲しげに見えた。

ま、助かったんだから結果オーライということで、改めて井戸探索と行こう。

まあ、上を見上げれば大きな円状の壁が立ちはだかっている訳なんですが、その前に、何か横穴がこれ見よがしに開いているんですよね。うん、人一人余裕で通れる横穴。大きいな。

それよりさ、他の男共はどうした。憎き縄ばしごも底まで到達できてないみたいですぜ。

ま、いいか。後から来るだろ。縄ばしごが途中で切れていても風の魔法は翔真が使えるんだし降りれるだろ。

ちょっと待ってみるが、一向に降りてくる気配がない。

全くもって深すぎだろこの井戸。上の様子全然分からん。

辺りに燃やせる物もないし、手から火の玉を出し続けている流留華の魔力も心配なので、待つのを止めて先に散策することにする。

ぽかりと開いた横穴。真っ暗だ。

歩みを進める。少し湿気を感じるが、ぬかるみや水たまりは無い。

薄暗い中、流留華の光を頼りに辺りを確認する。

水で削られたのか滑らかな岩の天井は低い。かがまなくてもかろうじて通れるくらいだ。

当たらないとは分かるんだが、ついつい頭を低くして先を目指す。

シンプルな一本道だ。人工的な気配もする。

ある程度進んで、目も慣れてきたし緊張感がとけてきた。

「流留華はさ、火の使い方上手いよな」

たいまつも無しに手のひらの炎を一定の大きさを保ちながらここまで歩いてきた。

「ずっと一緒ですから、慣れました。一番最初に使えたのはこれでしたから」

言いながら、小さい火の玉を細い紐状に伸ばす。

炎細工。

立ち止まったオレらをくるりと取り囲み、今までの比ではないくらい辺りを明るく照らす。

見事な物だ。けど、暗闇になれた今の目にはちょっと刺激が強すぎる。

「こんだけ扱いが上手いのに、何で火柱なんか出しちゃうんだ?」

いつか聞いてやろうと思っていた。やっぱり、流留華がこれ以上周りや流留華自身を傷つけて欲しくないんだから、それにはトラウマスイッチの原因を探るべきだろう。

まあ、こんな風に直接的に聞くとは考えていなかったんだが、二段階以上の手を踏むような複雑な策を練るのは苦手なんだ。どうせ単細胞さ。

機嫌損ねるかというオレの心配に反して、流留華はあまり顔を歪める様子はない。

少し天井を見上げ、むぐむぐと口を動かす。

「何故、でしょうね」

あははと笑って答える。

何か思う事があるのか、それとも本当に思いつかないのか。

「言葉にするのは難しい、かな。良く分からないです。ええと、攻撃的な意味とかは無くて、その。やりたいっていう訳ではないのですが、すると楽になるっていうか」

無意識にしちゃうっていうか。

しちゃうっていうかで済むような火力じゃないんですがねお嬢さん。もっと自分の行動規模を自覚した方がいいぞ。

自力で直せないような酷い火傷を負っておいて、火柱立てると楽になるとは……お前には反省が足りんのではないか。

「あまり、心配かけんなよ。翔真もオレもジジイもどれだけ援護に走ったと思ってんだ」

オレとジジイが実際に携わったのなんて悪水に流されたときを除いてサクラノクニの一件しかねえけど、翔真は一体何度目の当たりにしていたんだろう。

トラウマ集聞いてる分には両手に収まらないぞ。

あははとまた笑う。これは自覚がないというか、直す気たぶん無いだろうな。

きっと、そんなんだから翔真は流留華が傷つくことに慣れて、事後の回復しか考えなくなっちゃったんだろ。

「流留華の火は誤作動じゃないんだからさ。オレにこれ以上魔法を恐い物だと思わせないでくれよ」

流留華の顔からごまかし笑いが消えた。うん、と小さい返事。

またお説教しちゃったなと反省する。


「待って、零様。今影が」

流留華の視線を追う。炎細工のおかげで周囲は明るいままだ。

獣だ。こんな所に獣がいる。

細長い体を揺らして壁際を走る。黒く艶のある毛皮が光を反射しててらてら輝く。

群れの様に見えたが、視線でその輪郭をなぞると一体の巨獣だったことに気付いた。

え、でかくね?

そのあまりの長さに大蛇を連想させたが、鋭く大きな爪の並ぶ太い足がある。やっぱ獣。むしろばけもの。

何を思ったか通り過ぎたはずの巨獣がこちらに戻ってくる。細い頭につぶらな割に邪悪な色をした瞳と小さい耳。そんでもって、小さく見えた口は威嚇するように開けると意外とでかいし、鋭い歯が並んじゃってもう。

恐怖と戦いながら剣を抜く。あ、久しぶりだと重い。へっぴり腰なのは気のせいだ。

構えたはいいけど、どうしようかなと考えてる間に熱風が前髪を持ち上げる。

あ、燃えてるわ。

見事流留華の手によって、狭い洞窟を半分占領せんとしていた巨体はすでに原形をとどめていない。相変わらず桁違いの火力だ。

「ねえ流留華。その魔法すっごく頼もしいんだけど、バカ撃ちもほどほどにしてくれないか」

良い毛並みしてたのにもったいない、と思うのは恐怖が過ぎ去った後だからだな。

素直じゃありませんねと笑う。

まあ、オレじゃ適わなかっただろうしな。


少し進むと行き止まりに突き当たった。

その壁の手前に、お目当ての物が育っている。

青く輝く鉱石は背が低かった。

低い天井に合わせてなのか。オレの目までしか枝は上に伸びていない。

木の大きさなんて関係ないだろう。必要なのは果実なんだから。

予想通り、しなだれた枝葉の先に同じ形をした宝石の実がぶら下がっている。木は小さくても果実は同じ大きさなんだな。バランス悪い。

目的の品は見つかったっていうのに他の奴らはまだ来ない。一体何してんだ奴ら。


待っているのも面倒なので、果実を採取しちゃう。

握って傾けると、ぱきんと小気味いい音がして手のひらには綺麗にもげた石の果実。

しだれていた木はみるみる形を変えてくぼみのついた薄い台座が完成した。

さて、こっから先が問題だ。貴季め早く来いよなお前の仕事だろ。

確か奴は石を台座の上に置き、上から手のひらで押しつけていた。

見よう見まねでやってみる。

ズッっと手のひらが板の中に沈む。手の甲を数センチ残し後は石の中だ。上手くいったのはいいけど改めて見ると気持ち悪いな。

手のひらに冷たい波を感じた。あれと不思議に思う前に、膨大な流れが手のひらから腕を通り頭の中を浸食する。

ナンダコレ。

断片的なイメージと音声とそれから……

五感がここにあるはずのない物を拾って次々流れる。

あまりにも流れが速いのでその一つ一つを頭で理解している暇はない。

「零様!」

虚像の中に一つの確かな存在を感じる。だが、遠い。

オレの名前を呼びながら、左腕を引いている女。

「早く逃げましょう」

強引に右腕をつかまれ、引き抜かれた。情報の波はぷつんと途切れる。そしてやっと今のオレの状況を確認できた。

水があふれている。先ほどまで右手を付いていた台座からまるで泉のように水がわき出ている。

冷たい。

見れば足首まで冷水に浸かっていた。

慌てて井戸まで戻る。けれど上手く足が動かない。水かさはどんどん増す。

動きを邪魔する服が鬱陶しい。

はっきり言って怖い。怖い。怖い。


流留華の腕をとる。一人じゃ心細すぎる。

ぐっと背中に圧力がかかる。おかしな水圧がかかり、泳ぐどころの騒ぎでもなかった。



我慢した、ずっと。

苦しいけど我慢した。

何も考えられなかったが、光が見えた。

気を失うことなく、無事ミナモノクニの地上へと帰還できた。

奇跡だと思うね。ご都合主義バンザイ。


隣には縄ばしごが浮いている。

「おい、誰かそこにいるか」

逆光で顔までは分からないがひょっこりと顔を出した。アレは、貴季か。

「ご無事でございましたか!!」

オレらの確認とともに、涸れ井戸に水が戻った事に気付いたらしい。

何か天を仰いでぶつぶつ言ってる。遠いのと水音とで何言ってるのか全く聞こえん。

今度は慎重に縄ばしごに手をかける。難しいな。あれ、体があがらない。クソっ腕力が足りないってか。

水でふやけた手にむち打ちながら何とか登り切る。

後から登ってきた流留華に手を貸して引き上げた。


なぜか誰も井戸の中に入ろうとすらしてなかった。何なんだお前ら。

とりあえず端的に報告する。

「夏の門、開けといた」

たぶんな。

まあ水が戻ってきたんだ。十中八九開いてるさ。

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