ススキノクニとジジイの思い
ミナモノクニを出た後、ススキノクニまで行って、秋の門は開けた。場所がまた土の中って事を除けばそれほど手間をかけることなく割とあっさり開いた。
水も植物も土については良く分からないが、有るべき姿に戻ってきている気がする。それに最近人の姿をあちこちで見るようになった。ここのところどこへ行っても無人で寒気がしてたんだ。関わらなくても良いから他の人の姿を見るっていうのはやっぱり違う。
やっぱり、世界ってのは賑やかな方がいい。
だが一つ困った事になっている。
ジジイが、いない。
そういえば、ちょっと前から姿を見てない。具体的に言えばフブキノクニで活躍した後から全く姿を描写していない。話数にしてだいたいまるまる三話分ちょい。
うわ、貴季とかいう面倒臭い新キャラの活躍に手を取られるあまりジジイがいなくなっちまってた。
冗談で初めにジジイの死亡説云々言ってみたけど本当にいなくなるなんて思いもしなかったぜ。
それで、ただいまジジイ捜索中。
けれど皆協力的じゃなく、さっさと切り上げて宿で寝てる。お前らさすがにそれは酷いだろ。
確かに、ただの気まぐれ老人なんだから、気が済んだらさっさと向こうから帰ってくると思うんだけどさ。
夜道を散策する。先にも述べたが門はだいたい開いた事だし、世界は確かに戻ってきている。今の風景も気色の悪い乾燥地帯なんてことはなく、名前に偽りなしススキ野原。
けれど風はない。雲はないが月も出ていない。真っ暗な夜道をぼんやり歩く。やっぱり少し惜しい。
ふと背後に気配を感じる。
空間が裂け、ひょっこりと見覚えあるひげ面が顔を出した。
「ジジイ!!」
「なんじゃ、変な声だしよって」
ジジイの言うとおり、もうどっから出てるのかすら分からんひっくり返った声だ。
別にお化けと間違えたわけじゃねえよ。
それにしてもジジイの安心感半端じゃねえ。本当に会えただけで全ての悩みから救ってくれそうな顔してる。
「どこ行ってたんだよ、バカ者。心配したじゃねえか」
いつから出かけてたのかも知らんわけだし、特にジジイは悪くないが、とりあえず逆ギレしておく。けれど、やっぱり考え直して感動の再会っぽくここはハグでいこうと近寄る。
「心配か、その口に言わせるには惜しい言葉じゃ」
おかしい。
顔はには笑みをたたえているのに、背筋に悪寒が走るほどその声と目が冷たい。
まさか。
まさか、オレがジジイの不在にずっと気付かなかった事を知っているってのか!
歩み寄ろうとしたオレに向け、制止をするように手のひらを伸ばした。
異様な行動に首をかしげる間、その短い間に魔法は発動する。
「動けば、解かれたときに苦労せねばならんぞ」
動くなという脅し。
事実、動こうとしても動けない。
オレの周りの空間だけジジイの魔法で固定されているらしい。けれど、もがけばすごく重い空気がわずかに避けようとする。
「じゃから動くなと言うに」
冷めた目でオレを見る。その殺気だった姿に圧倒された。
初めの頃に見た愛嬌のあるジジイとは大違いだ。
「どうしたんだよ、ジジイ」
首には固定魔法がかけられていない。
普通に見て、話せるんだ。ジジイはオレと話がしたいのか。それにしてはこの魔法、相手の動きを封じるなんて物騒すぎるぞ。
「別にジジイがいないって気付かなかったことに怒ってる訳じゃねえんだろ」
「気付いておらんかったのか」
眉をつり上げ目を丸くする。感情が伴った表情らしい表情に、ジジイの心象はともかく安心感を得る。
「いや、悪かったって。ほんと、ごめん」
そこまで驚かれるとは思ってなかったよ。悪かった。
実際いつからどこに出かけてたんだと尋ねると、どこに行っていたかは言えないようだがいつかというと呆れたように春の門を開いた頃だと答えた。ありゃ。
しかも、翔真に一言告げてから出てったらしい。おい奴はオレには何も言ってなかったぞ。
奴らの冷めた態度にも納得がいく。普通に外出中だとわかってるんじゃ、慌てて探す必要もないわな!
しかし、それとジジイの殺気とは関係ないと分かったんだ。
なら、ジジイは今一体何をしようとしてるんだ。
「そうじゃ、まだ小僧には名乗っておらんかったの」
いや、もうオレが女だって分かったろ小僧呼びは止めろよ。
突っ込む間もなく、にやりと歪んだ唇は何故か既視感を伴った。
「無から来し、無に還する。儂の名は来還」
さて。どこからツッコもうか。
まずわかりやすいところから行こう。
“還”と書いて“き”とは読めない。どうあがいても。
読者様に間違った知識を植え付けようなんぞ、やっぱりろくな作者じゃない。いや、世界観を大切にする気持ちは分かるぞ。ダブルミーニングの逆版とか後付け設定とか深い意味とかいろいろあるとも察するぞ。
でも、やっぱりむやみやたらに使うのは良くないぞ。嘘は嘘だと分かる範囲でつけよ。
しかも、名前は“らいげん”読みなんだろ。何かずるいよ色々とさ。
それにさ、ジジイ。その口上恥ずかしくないのか。名前に無なんて入ってないのに何で無から来んだよ。おかしいだろ。
よし、上の次元への指摘は何とか飲み込んだ。
ん? 最後の疑問点はジジイにぶつけても良かったのか。
恥ずかしい口上を笑っていたが、その断片に何か聞き覚えのある単語が結びつく。
「ムから、ライし。ムにキする……」
ジジイの顔を見る。まがまがしい存在感を放つその笑み。
「ジジイ、一つ聞くが。その……お前が、ムライムキだってのかよ」
「ほほう、賢いではないか」
言葉に反し、酷くバカにした口調だった。
「ジジイがムライムキを操ってたはずがねえ」
思わず語調を荒げていた。
一方で、何故そう思うなどと愉快そうに動けないオレを見る。
「オレが初めて貴季に会ったとき、奴はすでにムライムキだった」
貴季がムライムキになる原因は城の外にあるべきなんだ。操り人が城の中にいたジジイであっていいはずがない。
オレの言い分は一蹴される。
「主は、本当に儂が城の者だと思っておるのか? その記憶はあるか?」
「そんなもんあるか。オレは自慢じゃねえが城の奴らの顔なんざ憶えてねえよ」
物語の都合もあるがな。
「開き直られると馬鹿も可愛いもんじゃな」
そうは言うが渋った顔を見ると本心の言葉でないことぐらいお見通しだ。
バカにした様子のジジイは一つため息をついてヒントを出す。
「思い出してみよ、小僧。主がムライムキとすれ違ったとき、隣に誰かおらんかったか」
だから。記憶系はオレダメなの。事実があっても経験はないんだから。思い出した!とかやるとせっかく今まで付き合ってくれてる読み手の皆様をほっぽり出しちまうから禁止。
「うむ、背が高すぎて儂の事なんぞ見えんかったのか」
がっかりしたジジイが告げる。
「儂はよそ者じゃ。故郷も居場所もありはせぬ」
貴季の体を借りた後、ジジイこと来還は眠る場所を探しテルヒノクニに入った。眠る場所とは、一晩の眠りではない。崩壊する世界から身を守るための仮死状態の事を指す。
オレが偶然解いてしまったあの水色の結晶こそ、空間魔法の奥義ともいえる外界の影響を受けぬ守りの魔法だった。
「本来ならば、世界が崩壊し幾ばくかの年月が経ち自然と新たな門が開いたとき誰かが儂を目覚めさせてくれると思うとった。だが、お主が来た」
まさか門を一つしか壊しておらんのに迎えが来るとはとんだ番狂わせだと苛立ちを露わにする。
「何でそんなマネしたんだよ」
「そんなもの、居場所のある小僧には分からぬだろうよ」
激怒している。あまりの荒々しさを押さえきれないのか、八つ当たりのように杖が宙を切る。
「本来ならば、門が開くまで恩恵を受けた生命その他は動きが鈍くなる。なのに、何故、主は」
びしりと杖の先端を突きつけられた。
「何故テルヒノクニの恩恵を受け続けたはずの主は動けた。何故儂を解放した」
杖の先はふるふると震える。
怒りと悲しみが声の隙間に表れる。
「あのおネエちゃんも若造もそうじゃ。月の門は閉じた。何故動ける。何故、なぜ」
ふっと体が軽くなった。
しかし、同時に万力で押しつぶされるような感覚も襲いかかってくる。何だ。恐い。
首回りと、特に腕を重点的に圧迫感や引っ張られる感覚。いろんな方向に変な力がかかって体がちぎれそうだ。
「もう解けるか」
先ほどまでの怒り狂っていた様子を微塵も感じさせない、冷静な声。
立っている事もできず、地面に這いつくばってただただ痛みに耐える。耐えられなくても痛みは次々やって来る。
「相当もがいたようじゃの。あれほど動けば酷い目に遭うと忠告したのに」
あれほどって程じゃねえだろ。一回しか言ってねえし。
何だよこれ。誰も何もオレの体に触れてないって言うのに何が起こってるんだよ。
声も出せずのたうち回るオレをジジイは見下す。
「主は儂の世界を壊すというのじゃ」
どういうことだと聞く事もできず、悔し紛れに睨み付ける。
「こんな泥棒猫に計画が奪われるとはの」
困ったものじゃと言い残し、杖を肩に担ぐと背の低いジジイはすっと姿を消した。
せっかく見つけたっていうのに、またしばらく会えそうにないとは分かった。同時に会いたくもないとも思った。
ただただ、痛みをこらえながら滲む視界をいつまでも睨み続けた。




