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ヒョウガノクニとラスボス戦

ジジイが抜けたからといって、オレらの行動が変わる事はなかった。

すでに抜けてからかなりの時間経ってるもんな。それが延びただけだ。変わるはずもない。

変わるはずは、ない。


冬の門を開けるために、ヒョウガノクニへ向かう。

目の前を水の流れが横切っていた。

初めは海だと思った。向こう側が水平線に消えていたからだ。

大きな川。それに沿うようにクニが形作られている。


「氷が溶けて向こう岸と行き来ができなくなってしまった」

クニの奴に聞いた、陽気な天気とは結びつかない氷なんていう単語に思いを巡らす。

冬の門開けたらフブキノクニみたいに突如寒波に見舞われるなんて困るな。

門を閉じたときも開けたときも、門付近のクニはすぐ影響を受けた。きっと今回も開けたらすぐに川が凍り出すんじゃないだろうか。

イヤだな。今ジジイ居ないんだよ。鎧魔法使えないじゃんか。

あっさりジジイを頼ろうとした自分に腹が立って、鬱憤を晴らそうと貴季に向かって大声を上げる。

「おい、冬の門ってどの辺だよ」

急な事で驚いたのかビクリと体を固まらせる。小心者だなおっさん。

すでに流れが複雑なため、まだ見当が付いてございませんと変な羅針盤を振り回す。

つかえねえ。そう思ったのは気が荒んでいるからだろうか。……何で気が荒むんだよ。


「珍しいね、旅人なんて。珍しいといやあ変なじいさん、最近見るよ」

数日前からずっと同じ場所に立ってるんだと情報が入る。

知り合いなのかと聞かれたので焦る気持ちを抑えながら、その通りだからその場所早く教えろと回答を迫る。

草原のど真ん中に怪しくきらめく巨木があった。

まるで氷細工のような透き通る輝きにふらふらと足が勝手に引き寄せられる。

突き抜けるように青い快晴の空。豊かな土壌には草原の花。向こうには穏やかに流れる大河。そして、中央にあるのは冬の門。

この距離でも分かる。

巨木のオブジェ脇に立っているのは見紛う事なきその姿。

ようジジイ。意外と再会が早かったじゃねえか。話数の都合か?


「遅かったの。予定が変わったのではと心配しておったわ」

ふふぉといつものように笑う。

その姿があまりにも自然で、この前のススキ野原でのことが嘘みたいに思えた。

うっかり何事もなくパーティに迎え入れようとしたところで、来還の敵意が見えた。

体が小さい割に立ちはだかる姿に圧倒される。

「邪魔するつもりか」

我が意を得たりといった様子で片眉を上げ挑発的に笑う。

「何でこんな事になった」

「儂に説明させるのか。話半分にしか聞かぬ小僧に?」

うっ。聞いてない訳じゃない。要点をかいつまんで聞いてるだけだ。重要なところは聞いてる。

けど、本当にこの問題だけはジジイに話してもらわなきゃわからん。敵の目的ってのは重要だからちゃんと聞くって。

黙っていたんだが、諦めたように語り出す。語りたかったんだろ、語りたくないんだけどみたいなポーズとるだけ時間の無駄だ。さっさとはいちまえ。


「儂は居場所が欲しかった。その話はしたな」

おうと応える。魔法にびびって詳しくは憶えてないが、何かそんな事言ってた。

「全ての門が壊れれば、世界は時間をかけて再構築される。再構築じゃ。有ったものは失われ無かったものは創られる。生まれた矛盾は全て組み直され、その隙に自然、儂の世界、儂の居場所ができておるはずじゃった」

願いの達成を確認するためジジイ自身が再構築されぬようムライムキという変わり身を用意し、奥義魔法まで使った。

憧れに手を伸ばすように、視線は宙を見る。それがキッと悪意の目に変わりオレをとらえる。

「なのに、小僧。お主が邪魔をした」

オレというイレギュラーな存在により計画は変更せざるを得なくなった。

かの奥義魔法は簡単に再現できるものではない。この時点で再構築に一人抗う手段は無くなった。

「初めはあの男に追いつき、計画を延期させようと思うた」

けれどムライムキは来還から写された時空魔法を使い、最後には捕まらぬまま全ての門を壊した。

ここでもうすでに計画なんぞ言ってられなくなった。

「待てよ。じゃあ今のオレらを邪魔する意味なんてねえだろ」

「意味など無い。しかし、こんなくだらないことでも仕返しをしたくての」

「仕返し?」

うむと同意を返す。

「小僧が儂の邪魔をした。ならば儂が小僧の邪魔をするのは道理」

子どもみたいな理屈と同時に歪んだ杖を振りかざす。

ジジイの背景が蜃気楼のように狂いだした。

「冬の門には近づかせぬぞ」


ああ。ここでRPGならラスボス登場って感じなんだろうな。

けれどあいにくこれ小説なのよね。

具体的にどう違うかって言うと、元気いっぱいな敵が仕掛けてきたところにいきなり成功する説得タイムから入ることかな。成功させなきゃ終わるの間違いだけど。

オレの話聞いてくれるのかすら心配。


さて、どうしよう


助けを求めに振り返るが、みんな蜃気楼の向こうでぼーっとつっ立っている。

うわ、タイマンのこの状況。ますますラスボスの最終形態戦っぽい。

完全に、冷静に上から目線はなってる場合では無くなっている。けれどご都合主義のいいとこ取りで今の今までずっとやってきたオレは他のやり方なんて知らん。

参ったなあ。


相手も相手で、仕返しという名のしょうもない逆ギレだと分かった上で仕掛けてきている。

そのバカバカしさを説いても解決できそうにないし……


「オレだって、決まった居場所なんかねえし」

ぼつりと言葉を紡ぐ。

ジジイは変な双子の観測者と違って物語の上の次元なんて理解できないだろうけど、そんなもん知ったことか。

「ジジイは居場所居場所いうけどよ。オレだってテルヒノクニの者じゃねえし、何よりこの世界で生まれ育った住人でさえねえ」

きっとこの話が終わるまでか、飽きられて離れられるまでしかオレはここに居られない。オレにとっちゃ何所も有限の居場所なんだ。

けれど、ジジイに向かってオレの場所がないなんてほざくのは甘ったれた行為だと感じている。

ジジイの悩みとオレの悩みは全く別の話だ。

「オレは、場所を用意された甘っちょろい奴だ」

設定という枠をもらって、無かったはずのオレの場所を与えられて、何事もなく周りの奴らと当然のように馴染み、過ごしてきた。

それなのにジジイは、どこで世界から隔離されたのかは知らないが生まれたこの場所に自力で自分の入れる枠を創ろうと計画していた。

オレはジジイにこのことを上手く説明できないが、きっとできたらもっと怒っただろうな。何で小僧だけがって。

でも、伝えたかった。怒られたその先で、オレの言い分を聞いて欲しかった。

「オレには枠がある。誰にでも自然と受け入れられる設定がある。だから、この枠を使って、ジジイの居場所を創ろう」

居場所なんて漠然としたものを求められても困る。

「その欲しくて欲しくてしょうがなかったものって一体何だ。住む場所か、所属か、金か、それとも一緒にいて、認め、理解してくれ、支えてくれる人か」

杖を構え、微動だにせずオレを睨んでいたジジイは何かを我慢する様に微細に震え出す。

少しして、笑い出した。

全てをバカにし、笑い飛ばす大声で。

「愚か者、小僧にそこまで期待するはず無かろうて」

何がおかしいのか、敵意のままの視線こそ外さないが、今にも腹を抱えて転げ回りそうなほどの勢いだった。

「やはり子どもじゃ、夢と希望あふれるの。人同士の関係にどこまで期待しておる」

ああ、オレのクサイ言葉に反応したのか。

急に恥ずかしくなった。わわわ、どうしよう。

「だ、だって、ジジイはずっとオレらと一緒だったろ。それで、オレらの中にジジイの居場所もあったはずだって……もういいよ」

最後まで言う前に、もう完全に笑い転げだした。

呼吸さえ忘れていたのかヒーヒー言いながら体制を整える。

「儂は、こんなのと、いや、こんなのに、怒り狂っておったと」

笑いすぎて一言話すのにも必死だ。

「おう。バカバカしさに気付いたか」

「愚か者。初めから、くだらないもんじゃったが」

どうしようもなく阿呆らしくなりよったわと言いたいんだろうが言葉になっていない。

初めの頃の様にできる限りふてぶてしく、けれど、敬意を込めて。もう足を引っ張り合う必要なんてもう無いんだから。

「なら、さっさと魔法を解きやがれクソジジイ」

オレの前に立ちはだかる理由もなくなっただろ。

ところが、小僧は今まで儂の何を見とったんじゃと怒られる。

「儂の魔法は解く術がない。効果の時間切れをゆっくり待とうぞ」

「何をのんきなことを」

茶目っ気のある声を聞いて、居心地の良さだけは感じていた。


蜃気楼のごとき歪みはゆっくり戻っていった。

突っ立ってるように見えた奴らは術が解けた途端動き出した。歩み寄る途中で時空が狂ったらしい。

まったく時空魔法には恐れ入るよ。ジジイが居場所を失ったのもその魔法のせいじゃねえの? 時間とか空間をいじりなんかすれば一人取り残されでもする。


本当に何事もなかったようにオレらの中に来還のジジイが馴染む。貴季とはあまり一緒にいなかったからそんなに当然のようなわけでもない。

そのままオレは氷細工の大木へと近づいた。


これで、世界の姿は取り戻される。

そして、オレの物語は達成される。


オレは、果実に手を伸ばすとゆっくりと傾けた。

ぱきんと小気味いい音がして手のひらには綺麗にもげた石の果実。


なんというか、この変な石も見納めだなと思うと惜しくなる。

ころんと片手の上で転がして、その輝きを目に焼き付けると、握りしめた。

この触感はしばらく憶えておきたい。硬くて、ひんやりして、指で触る分にはたくさんある面がごつごつ感じる。柔らかさを感じるというなら、それは自分の手が押し返されたぶんを感覚が誤認したんだろう。

さんざん名残惜しく眺めた後、オレは台座に石を、はめた。

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