1.ルノア・セラの1日
新しく連載を始めます。よろしくお願いします。
※本作には暴力描写、死体描写、銃器使用、犯罪描写を扱う場面が含まれます。ハードボイルド寄りの作品です
よろず屋のルノア・セラの朝は早い。
5時には起きる。
「おはようリオン」
黒猫のリオンに挨拶して微笑んで頭を撫でる。餌を用意してあげる。
その後、事務所の裏手の小さな庭で魔法の鍛錬をする。イメージする相手は、いつだってルノアより強くて一度も想像でも勝てたことはない。
少しだけ、寂寥感に苛まれる。
6時、シャワーを浴びて朝食を用意する。今日は豆腐のサラダだ。テレビをつけニュースを見ながら、新聞をチェックする。
7時、受けている依頼の代筆を書いたり、郵便受けに入っていた手紙などを確認する。
9時、受けていた荷物の配達の仕事に出る。パン屋、骨董品店、本屋などから荷物を受け取り届け先に持っていく。愛車のバイクに乗り、口笛を吹きながらさくさくと配達する。
11時には全て終わらせて事務所に戻る。
オープンの看板を出す。
この後はリオンと戯れたり本を読んだりして客を待つ。
昼前に友人のヘーゼルから電話がかかってきた。
「おはようルノア。お客さんが困ってることがあったから紹介しといたよ。今日の昼過ぎには行くらしいわ」
彼女は魔導具師で、自身のお客さんをよく斡旋してくれる。
「分かったいつもありがとう」
昼過ぎチャイムが鳴る。
入ってきたのは高貴そうなドレスを着たご令嬢だった。後ろに侍女らしき人を連れていた。
「お邪魔しますわ。ヘーゼルさんからおすすめされて来たのだけど」
「いらっしゃいませ。どうぞおかけください」
そう言ってソファを勧める。彼女は上品に座った。侍女はソファの後ろに黙って控える。
「失礼しますわ。わたくしメアリーと申します」
ルノアは名刺を渡して自分も自己紹介する。
「どうも。私はここ、よろず屋スイートピーの所長のルノア・セラです」
リオンがルノアの膝に飛び乗って、毛繕いをし始めた。
「あら、可愛い猫ちゃんですわね」
メアリーは身を乗り出す。
ルノアは微笑んで頷く。
「ええ、うちの看板猫です」
メアリーを促す。
「それで、ご依頼とは?」
「……ええ、実はわたくしも猫を飼っているのですが、その子が行方不明になってしまって」
ふう、と困ったように頬に手を当てて彼女は言う。
「それは、ご心配でしょうね」
「ええ、2日前から家に帰って来てないんです。これが彼の、サトルくんの写真ですわ。可愛いでしょう?」
そう言って、キラキラした目で写真を一枚渡してくる。
そこには1匹の長毛の白猫が写っていた。
「確かに可愛いですね。他には彼が身につけていた物などございますか?」
「あ、そうですわね」
そういって、カバンから猫じゃらしを取り出した。
リオンがピクっと反応するので、撫でて落ち着かせる。尻尾がぱたぱたと振られる。
「これがサトルくんのお気に入りのおもちゃですわ」
「ふむ。これ、お借りすることは可能ですか?」
「ええ、もちろんですわ。…あの子を見つけれますか?」
心配そうに聞くので、ルノアは自信満々に請け負った。
「任せてください。うちはペット探しで失敗したことはありません」
「まぁ、噂通りなのね。ヘーゼルさんもとても太鼓判を捺していたのよ」
メアリーは安心したように顔を綻ばせた。
ルノアはふっ…と笑う。
「友人からの評価はこそばゆいですね」
「じゃあお任せしますわ。報酬の話はわたくしの侍女としてもらっても構わないかしら」
そう言って後ろに控えていた彼女を促す。
報酬の話と、見つけた後の連絡先を交換した。
2人を見送った後、
「さてと、では早速探しますか」
ルノアはリオンを抱き上げた。
「にゃあ?」
「今回も任せましたよ。所長代理さん」
任せろ、と言うかのように手をペロペロと舐めるリオン。
猫じゃらしを彼女の鼻先に寄せると、くんくんと匂いを嗅ぐ。
それからリオンは、ルノアの手からするりと抜け出して。開け放ってる窓から外に出て行った。
ルノアは事務所に鍵をかけ、不在の看板を出してリオンの後を追う。
通りに出ると、リオンは振り返ってルノアを待っていた。
ルノアが付いてくるのを確認すると、トコトコと歩いていく。
ここは中央大湖に面した、様々な文化圏の人々が行き交う商業国家ヴェルクロアである。
よろず屋スイートピーの事務所は、表通りから一本裏手に入った通りにある。
リオンは行き交う人々を器用に避けて、裏通りを迷いなく進んでいく。
商業区を抜けて歓楽街へと入っていく。
飲食店からいい匂いが漂ってくる。リオンはそちらに少し気を取られたようだが、ひと声鳴いてルノアに合図をしてから角を曲がる。
さらに裏手。少し荒っぽい人々が住まう区域だ。ルノアは首を傾げる。
メアリーは高級住宅街に住んでるはずだ。なぜサトルくんはこんなとこまで来たのだろう。
路地裏から声が聞こえてくる。
「……ですが、」
「……いいだろ?あの子には……」
リオンは迷いなく声の方へ向かう。
そこにはガラの悪い男女が3人たむろっていた。
「んん?誰だてめー」
ルノアは瞬時にその中で女が1番強いと判断する。その女はルノアに気づいてガンを飛ばしてくる。
女たちの足元には、サトルくんがちょこんと座っていた。
リオンはサトルくんに歩み寄って鳴く。サトルくんも鳴き返すとリオンに頭を擦り付ける。リオンは堂々としている。
「な、なんだこの猫」
男の1人が戸惑ったように足元を見る。
ルノアは3人に声をかけた。
「すまないね、その白猫は飼い主が探しているんだ。君たちが世話をしてくれてたのかな?礼を言う」
そう言って近づいてサトルくんを抱き上げようとすると、
男の1人がルノアの肩を掴んだ。
「おいおいお姉さんよ、誰の許可があってこの猫を連れていこうとしてるんだ――?」
「手を、離してくれるかな?」
「ああん?」
「もう一度言う。手を離してくれ」
肩を掴んでいた男がキレた。
「誰に命令してんだ、てめー!」
右ストレートがルノアの顔面に――
ピン――
――向かう前にルノアの高速のデコピンが男の額を撃った。
――ドカン
男の体は吹き飛んで塀に突っ込んだ。
ズルズルと吹き飛んだ男は倒れ込む。気絶している。
残された2人はギョッとする。2人にはルノアが何をしたか全く見えなかった。
「な、何しやがったてめー!」
男の方がナイフを取り出して、ルノアに向かおうとした時。
「待て!」
女の方が止めた。
「アネキ、しかし……」
「待てと言ってる。アタシはコイツの顔を見た覚えがある……よろず屋のルノア・セラだ……」
ナイフの男は目が飛び出すかと思うほど驚愕する。
「あ、あのクロコダイルファミリーを潰した闇月の執行者?……俺たちを締めに来たのか?」
ルノアはため息をつく。
「だから、さっきも言ったように依頼でそこの白猫を探していただけだ」
そう言って、リオンと戯れているサトルくんを指差す。
女は言った。
「……本当にそれだけなんだね?」
「ああ、渡してくれたらすぐ去るよ」
「……分かった、渡すよ。そ、その子の飼い主に謝っておいてくれ。長く引き止めるつもりはなかったんだ。ただ……いやなんでも無い」
そう言ってナイフの男を引っ張って、後ろに下がる。
「おい……」
女は顎で気絶した男を指す。
「へ、へい!」
ナイフをしまった男は、倒れ込む男を担いで立ち去る。女もこちらを最後まで警戒しながらも立ち去った。
「やれやれ」
ルノアは跪いてサトルくんを撫でる。リオンはともかく、この騒ぎでも動じないサトルくんは大物かもしれない。
魔法でサトルくんを精査するが怪我や病気などは無いようだ。毛艶も良い。
「どうやらあの者達からは大事にされてたようだね」
少し考える。一体彼らは何が目的だったのだろう。
ともかく依頼達成だ。
猫を2匹とも抱きかかえる。猫達はおとなしく抱かれた。ルノアはその様子にふっ…と笑って帰路に着く。
これが、よろず屋ルノア・セラの1日である。




