⑮忘れ物
⑮忘れ物
『もうそろそろ、元の世界に戻れたのではないかと思う』
「さすが、博士ね。何でもお見通しだわ」
「続きはなんて書いてあるんだ」
『そして、おそらくそこは発掘現場。今までの子たち、もみな戻ってきたのは発掘現場からだった。そこで、きみたちは僕の父に会って、今までのことを話しているころだろう。ぼくの生い立ちもわかったのではないかな。母親はある日突然いなくなったと話したけど、いなくなったのは、むしろ僕の方だったのかもしれない。父親は誰か知らない。というよりも、過去の記憶があまりないんだ。そして、僕自身も発掘現場で現れた。きみたちと何か共通点があるような気がしてならない。教授もその研究をしているんだけど、僕も自分の謎をとくために、教授と一緒に暮らす道を選んだ』
「そうか。まだ小学生だったのに、あの子はそんなことを考えていたのか」
教授の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
『でも、同情は無用。おかげで、マヤ文明の資料や過去のメッセンジャーのことも知ることができた。きみたちは、どうやら最後のメッセンジャーになりそうな気がしている。おそらく、教授もそう思っているに違いない』
「ほんとなの、教授」
「ああ。任命の間隔が短くなってきていることからも、おそらくきみたちが最後のメッセンジャーになるだろうな」
『ところで、心配ごとが一つある。元の世界に戻るときには、何かに落ちる感覚がすると思うんだが、そこで何かを落としてしまうと大変なことになるんだが、落し物や忘れ物はしなかったかい』
「春菜。おまえそそっかしいから、何か落としてないか」
「何よ。手紙だってちゃんと持ってるし、幸四郎こそ大丈夫なの」
「俺が忘れ物なんかするわけないじゃないか。だいいち、手荷物なんか持っていないし」
「そうよね。落ちるとしたら、ポケットにあるものぐらいよね」
「財布もあるし、生徒手帳もあるし、家の鍵もあるし」
「そういえば、幸四郎。ライター持ってなかった?」
「持ってるよ。明かりをつけるとき使ったやつだろ。ええと、ええと、ええと」
「どうしたの、幸四郎」
「ない!ライターを落としちゃったみたいだ」
それを聞いていた教授の顔が曇った。
「まずいものを落としてしまったね」
「どういうことなの、教授」
「文明に関するものは、歴史を変えてしまう恐れがあるんだ」
教授の説明によると、春菜と幸四郎が通ってきた秘密の抜け穴は異次元空間であり、過去や未来に通じているという。そこで、落としたものや忘れたものが、もしも過去から来た人たちの手によって拾われ、過去の世界に持ち返られるようなことがあると、歴史が変わってしまうらしい。
「どうしよう、幸四郎」
「どうしようって、取りに帰るしかないだろう」
「どこへ」
「先ほどまでいたところへだよ」
「どうやって」
「そんなこと、わからないさ」
幸四郎はどうしてよいかわからなかったが、道は必ず開けるとそんな予感がしていた。
「教授。戻る方法ってあるの」
「それはあるだろうね。向こうからこちらへ来れたってことは、こちらからも向こうへ行けるってことなんだ」
「どうやって行くんですか」
「それは、かけるの方が詳しいと思うよ」
「何ですって」
「そうか。鍵は博士になりそうだな」
*** ブルルル、ブルルル *****
「グッドタイミングよ、幸四郎」
「ああ。博士からのメールに違いない」
二人の運命は、博士のメールにゆだれられたのであった。