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file.38 クイン=アドウェルサⅠ


 奥方様との会話は続きました。


「──すると魔王様は仰いました。うむ、よくやった、と。あの時の感動たるや!」


 と言う事で、私は未来の奥方様からの魔王様マウントに負けじと、魔王様と私の輝かしい軌跡を語っていました。


「そっかあ……。そんな事もあったっけか」


 奥方様はただ楽しそうに私の話を聞いては頷かれて、用意した紅茶とお菓子を嬉しそうに口に運ばれる。


 紅茶の好きな魔王様と実にお似合いのカップルです。


「ほう、この話も魔王様からお聞きになっておられましたか!」


「え? うーん、まあそんな感じかな」


 魔王様トークをしてしばらく。


 時間が経つにつれて、奥方様は心ここにあらずと言った感じになってしまいましたが、それでも楽しそうに話を聞いている姿を見るに、奥方様も私と同じく魔王様の話が出来る事が嬉しいのでしょう。


「──ねえ、クイン?」


 そうして、楽しい魔王様トークを始めて三時間が経過しようかと言う時。


 久方振りに奥方様が話を振って来られた。


「なんでございましょう!」


「クインは魔王様が好き?」


 しかし、一体どのような話が始まるのかと期待していましたが、奥方様からの質問は何ともありきたりなもの。


「もちろん、好きではありません」


「えぇ!? す、好きじゃないの!?」


「当然ではありませんか! 魔王様への想いを好きなどと言う安い言葉で表現して良いのでしょうか? いいえ、なりません!」


「あ、うん。そうだね」


「愛の上位互換なる言葉がございましたら、それを何倍にも、何百倍何千倍した言葉こそが魔王様には相応しいでしょう。或いは生であり、もしくは人生と呼べるやもしれません。世界と言って過言ではございません」


「まあまあ過言だね」


 好きや嫌いと言う言葉で言い表せるような、そんな単純な気持ちは持ち合わせていません。


 奥方様にも是非そうであって欲しいものです。


 私の言葉を聞いた奥方様はボソリと呟かれたものの、うんうんと何かに対して頷きながら納得されている様子。


 今のあまりにも普通過ぎる質問は、私の魔王様に対する忠誠を試されたのかもしれませんね。


「うん。よし、わかった。それじゃあ、ちょっと待っててね」


「はっ! ご命令とあらばいつまででも!」


「いやすぐ戻るから」


 少しばかり長く話しすぎてしまったかもしれませんので、このあたりで一度切り上げてまた日を改めるのも悪くありません。


 魔王様が勇者討伐をなされた暁には、三人で食事会を開くのも良いかもしれませんね。


 おお、それは良い!


 そうと決まれば、今から食材の確保をしておかなければ。


 寡黙なダフティリーズ様にも良き理解者がおられた。


 その事実を嬉しく思う反面、何も聞かされていなかった事が少しばかり寂しく思ってしまう。


 私がとれだけ魔王様を敬愛していようとも、私が御方の一番になれる日は来ないのです。


 無論、一番になりたいと思うこの気持ちが傲慢である事は理解しております。


 それに、一番に慣れないからと言って、魔王様への想いが衰えるような事はなく、ご家族を差し置いて隣に立ちたいなどと言う、思い上がりをするつもりもありません。


 私はただここに居られるだけで、それだけで幸せです。


 拾いあげて育てて頂いた幸運は何ものにも代え得難い奇跡で、魔王様の幸せそうな姿を見られる日々はそのどれもが宝石のように輝いています。


 そうして、何の相談もされなかった事を少しばかり寂しく思いながらも、今ここに居ないダフティリーズ様へ思いを馳せ、奥方様と魔王様トークを続けようと待つ事しばらく。


「待たせたな、クインよ」


 先程、奥方様が向かわれた魔王様の寝室から、全身に甲冑を着込んだ魔王様が姿を現された。


「こ! これは魔王様! お戻りになられている事に気付かず! とんだご無礼を! 過度な出迎えは不要かとは思いますが、出来ることならば国を挙げて祝福をしたいところでした」


 魔王城は強固な結界が張られていると言いますか、聖王結界を真似て私が作ったオリジナルの不可侵結界が張られている。


 その為、並大抵の魔族は魔王城の中では碌な魔術を行使する事は出来ない。


 にもかかわらず、魔王様はそれらの結界などあってないかの如く、いとも容易く転移でお戻りになられたのでしょう。


 それも結界を通過した事を私に悟られる事なく、全くもっと恐ろしい御方です。


「出迎えは不要だといつも言っている。……それより、何か変わった事でもあったのか? クインが余の私室に居るなど珍しい事もあったものだ」


「はっ! 魔王様の無断欠勤が続いた故、或いは御身に不測の事態が起こったのかと。遅くなりましたが、こうして私室まで馳せ参じた次第です!」


 私如きが魔王様の心配など不遜も甚だしいが、何かあってからでは遅いですからね。


 しかし、やはりと言うか当然と言いますか、目の前の魔王様は壮健。


 全て私の杞憂であったわけですね。


「そうか、心配を掛けてようで悪かったな」


「謝罪などとんでもございません! 神から遣わされた謎の生物、勇者。その討伐と言う途方も無い任務を御身ただ御一人に任せる事しか出来ない、我ら魔族の脆弱さに不甲斐なさをかんじるばかりです」


 私程度では何の役にも立てないと知りつつも、弾除けくらいであれば出来たかもしれないとも考えている。


 尤も、こうして魔王様がご帰還願ったと言う事は、勇者はもうこの世には居ないのでしょう。


「あー……。んー、コホン。そのことなのだが」


「その事とは?」


「……勇者のことだ」


「勇者のことですか!」


 先程まで奥方様がお座りになられていた椅子にどっしりと座り、腕を組まれて話される魔王様には威風堂々と言う言葉がぴったりです。


 どうやら早速、勇者討伐についての子細を語ってくださる御様子。


 一体どのようなご活躍をなさったのか。


 そう思った私が目を輝かせて次の言葉を待っていると──。


「勇者は──いいや、もういいか。……クイン、今回の無断欠勤は、勇者討伐の為のものではないんだよ」


 魔王様は唐突に、その凛々しい口調を変えられ──。


「ま、魔王様、何を?」


 篭手を外され──。


「ごめんね、クイン。もっと早く、こうしておくべきだった」


 足甲を外され──。


「私はクインが思っているような強い魔王様なんかじゃなくて」


 全身に装着した甲冑を次々に外しながら発せられる、その御声は──。


「でもね、悪気はなかったんだよ? 沢山嘘をついちゃって、沢山迷惑をかけちゃったけど、クインを騙そうと思ってたわけじゃないんだよ。……それだけは、どうか信じて欲しい」


 私の目の前で兜を外して、頭を軽く振りながら少し乱れた黒い髪を整えている御方は、魔王様では無くて──。


「奥方様……? 一体、何を?」


「ううん違うよ、クイン。余こそが魔王ダフティリーズで……。今あなたの目の前にいる私こそが、本当の魔王なんだよ」


 つい先程まで私と共に魔王様トークに花を咲かせていた、フリフリの洋服にその身を包まれたダフティリーズ様の奥方様だった。


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