file.21 取引はよく考えよう
「ふむ。あれは何が起きているのか、と?」
騒がれては迷惑だったので、音を完全に遮断していた丸い空間に閉じ込めているエマが、今何を言っているのかはわからない。
それでも、滝のように涙を流して必死になって話しかけて来てくれたお陰で、どうにかこうにか口元を読み取る事ができました。
「いえいえ、たいした事ではないのですが、一月ほど前にエマに対する拘束令状が送られてきましてね。どうしたものかと皆で話し合った結果、この街の方々はエマを引き渡すのは嫌だと言う結論に達したらしく。そして、どうにか私にエマの命を救って欲しいと懇願してきましてね。後は、ご覧の感じです」
何も知らなかったエマは、ただただ目を見開いて私の話を聞いていた。
一人、また一人と、冒険者の方々が弾丸に貫かれて、命を散らしていく。
その光景を見る度に、私が作った隠密空間の中に閉じ込められていたエマが、声にならない叫び声をあげていました。
「大丈夫です、そう心配しないでください。私はこう見てもそれなりに強い方ですので『エマだけは守る』と言う約束だけは必ずお守り致します。ご安心下さい」
そんな私の言葉を聞いたエマは痛々しい程に泣き叫び、魔眼の隠蔽を解いて必死になって空間からの脱出を試みていた。
「無駄ですよ。貴女程度の力で私の結界は決して破れません。……うん? どうしてこんなことをするのか、ですか? それはもちろん、ロクアスさんや他の冒険者さんと取引をしたからに決まっているではありあせんか。どんな事があってもエマだけは助けてあげて欲しい。その代わり、私はこの戦いに一切の助力をしないと。そう言う取引をしたからですよ」
エマを逃がせばどうせ彼らは聖導教会に拘束されて、異端審問の玩具にされてもがき苦しんで死んでその生涯を終える。
であれば──。
「そうですね、折角なら最期は冒険者らしく冒険をしてみてはどうでしょうか、と言ったのは確かに私です。教会の力は確かに強大かもしれませんが、そうは言ってもスタヴロスは魔族領域に隣接した掃き溜めの街、引き連れて来られる騎士団の数もそう多くはないでしょう。ですから、もしかすれば撃退できるかもしれないですよと、そうは言いましたね」
これは半分本音で、半分嘘です。
訓練された騎士、訓練された兵士は強い。
日頃碌な物を口にしておらず、安酒で悪酔いしては吐いて暴れて騒いで遊んでいるスタヴロスの冒険者と、聖導騎士とでは技術はもちろん、身体能力にだって大きな差があります。
身に着ける装備も、手に持つ得物も。何もかもがスタヴロスの者よりも格上である事などは考えるまでもなく。
この差は些細な人数差で覆せるような容易なものではない。
それでも、勝機はゼロではないと言う気持ちもありました。
ナウポさんのような超人が本気になれば、戦況はどうにでもひっくり返るものですからね。
ですから、どうせ教会に盾突くのであれば、全てを懸けてみてはどうですか、と。
勝つか負けるかわからない一世一代の大勝負『最初で最後の冒険をしてみませんか』と。
「そのような美しい目で見つめるのは止めてください。私が唆したと仰られるのですか? 何故? そもそも、拘束令状を出されたエマが悪いのではないですか。魔族の疑いを掛けられるような何かをしでかした貴女のせいで、彼らはこんな事になっているのでしょう? 令状さえ来なければ、エマを逃がそうなんて話も、聖導教会がこのような僻地にやってくる事も。彼らが死ぬ事もなかったのではないですか」
今回の殺し合いで誰が悪いかと言う話であれば、私は何も悪くはないはずです。
彼等を助ける義理はありますが、それもエマを逃がすと言う取引で帳消しですし、それに、魔王様の命令でもないのに意味もなく戦う事に何の面白みもないですしね。
悪いのは何処かでしくじって魔族の疑いを掛けられたエマと、そんなエマを逃がそうと教会にたてついた彼等です。
そして、何の権利があるのかは知らないですが、異端審問という遊びで同じ人族を虫けらのように殺す教会です。
誰が悪いのかと言う話であれば、私は全く悪くはないでしょう。
「ああ、バルミロさんが……。あの方は少々露出が激しいものの、優しい方でしたね。あっと、あちらではタライスト君まで。まだお若いのに……」
私の言葉を聞くたびにエマはびくりと身体を震わせて、もう聞きたくないとばかりに耳を塞ぎ、もう何も見たくないと目を閉じてしまった。
だが──。
「目ぇ逸らしてんじゃねぇぞ、エマ。誰のせいでこうなってんのか、よく見ておけ」
エマを閉じ込めていた球形の結界の中に転移した私は、目を閉じて耳を塞いでいた彼女の手を取り、目を開かせた。
戦場で目を逸らす者を私は許さない。
遊びで同族を殺す人族の考えはよくわかりませんが、魔族は──少なくとも、魔王様は真剣勝負の場で奪った命に対しては相応の敬意を払われます。
故に、目を逸らす事など許されるはずもありません。
ましてや、その戦いの原因が自分にあるのだとすれば尚更の事です。
あれだけの数の人が、エマの為に真剣に戦っているのです。
そんな彼らの死にゆく姿から目を逸らすような真似は許されません。
彼らへの敬意が足りていないのではないでしょうか。
「いやああああ! いや! いやあああああああ!」
耳が痛くなるほどの大きな声で泣き叫び、叫び過ぎたのかエマの声は少し枯れてきていた。
「魔族である事を隠して人間の街で生活しようだなんて、そのような安易な事を考えるからこんな事になるんですよ」
やれやれと溜息をつきながら話しかけた所。
「──あんたみたいな! 奴に……っ! 私たちのような弱い魔族の何がわかるって言うのよ!」
振り返ったエマが拳と一緒に言葉をぶつけて来た。
「魔族の社会に居場所なんてなくて! 何処に行っても見下されて! いいように使われて……! もう、疲れたって時に……。時に──。あんたなんかに……! あんたみたいなやつに! あんなヤツら全員殺せるんでしょう!? 殺してよ! 今すぐあんな奴ら殺してよ!」
恐らくは全力だったと思われる彼女の渾身の拳は、もちろん私に掠ることはありませんでした。
「何故? 私とロクアスさん達の間では互いに納得した取引はもう済んでいます」
「ふざけてんじゃないわよわ! やってよ! いいから!!」
「いえいえ、ですからそれは取引にはない事なので、私には何とも……。エマだって、契約は正しい形で守ってこそだと、冒険者ギルドの受付でも仰っていたではありませんか」
「うるっさいわね! 早くあいつらぶっ殺してよ! でないと! でないと……。でないと……。お願い、だから……。お願いします……。このままだと、みんな……みんなしんじゃうの……」
「申し訳ございませんが、私は取引相手との契約を優先させていただきます」
「どうしてよぉぉ……。あんただって楽しそうにしてたじゃない! ナウポ達といっつも一緒に笑ってたじゃないの!」
私が楽しそうだった? ふむ、それは興味深い指摘です。
しかし、それはそれこれはこれ。
取引の前には何の意味も無い情報ですね。
「だとしても、取引ですので」
泣き崩れているエマに、私は笑顔で答えた。
全く勘弁してほしいものですね。
泣けばどうにかなるのは魔王様だけです。
仮にフィラフト様に泣いておねだりされれば、私とて簡単に折れてしまいますが、他の者がいくら泣こうがだから何だと言うのか。
正直ここまでかもしれないと思いました。
もう勝機はないだろうと思いました。
初めての冒険の結果、彼らは全滅。
聖導教会の命令に背いた事で、スタヴロスの街はただの掃き溜めから背教の都に。
辛うじて人族と保っていた縁も消え去り、元々居ても居なくても良かった彼らは、最初で最後の冒険と共にその生涯を終える。
初めからそうなるだろうとは思っていましたが──。
このままスタヴロスが蹂躙されて終わるのかと思われる争いの中、しばらく何も言わずに蹲っていたエマが急に顔を上げたかと思うと。
「──じゃあ、私とも取引してよ」
驚いた顔を浮かべながら。
何かに気付いたような顔をしながら、この戦況を唯一覆す事が出来る言葉を口にした。
「ええ、構いませんよ」
もちろん、その言葉を聞いた私は笑顔で即答しました。
冒険はいつだって、不可能を越えた向こう側にしかない。
勝機はゼロではなくて、可能性はいつだってゼロではない。
あり得ない偉業を成し遂げるからこそ、冒険という言葉には夢と希望があるのだと思います。
私がフィラフト様に良い報告をするためにも、冒険者の方々には頑張って貰わなければ困るのですよ。
目を通していただきありがとうございます!




