十二
『何様女の父親はやっぱり何様だった? 何これ?』
高田妹の方の声。何かのタイトルを読んだ?
『何様女?』
おじさんの声。
『七海のことだよ。公衆の面前で誘いを断った男に何様発言して吊し上げをくっている』
『このサイトよ』
高田姉の声。まだ削除されていなかったんだ。
『最初はモザイクもかかってなくて素顔丸出しだったわ』
『なっ! 七海はまだ未成年だぞ!』
おじさん、未成年の部分に怒っているけど、私はまーくんを何様と言ったことはたとえ妹だったとしても許せない。
『そんなことより、オヤジ! なんであいつの部屋で話をしなかったんだ! 流れてんぞ!』
男の人が声を荒だている。顔は見えないけど相当怒っていそう。
えっ、あのカフェの会話、誰かが(ネットに)あげたの?
『な、なんだと!』
おじさんの焦った声がする。
『見てみろよ!』
すごく焦った声。焦るよね、最後に親だと養育費を払ってやっていたと怒鳴ったのもバレるから。
『もう家族構成、住んでる場所、俺の学校も調べられてる。建てた物置もあいつの部屋だと噂されてる』
震えた声で言う男の人に同情心なんか一ミリもない。私の学費でバイクを買おうとしていたのだから。それよりも私を物置に住まわそうとしていたの!
『な、誰がそんなことバラしたんだ!』
おじさんの怒気を含んだ声。怖い。けど、バラしたって…、本当に私を物置で住まわせるつもりだったんだ。
まーくんが大丈夫? と握る手に力を込めてくれる。
『私たちのことものっているわ、ここまで調べるって』
高田姉の声。その声は呆然としている。
『スマホで手下に指示して相手を調べさせる。普段自分達がしていることをされた気分はどうかしら?』
あれ、知らない人の声。女の人。やり手のキャリア・ウーマンみたいな自信溢れている声だ。
『倉下! あなたの仕業なの。これは立派なプライベートの侵害よ!』
『違うわ。どういう人? という質問に知る人たちが答えた結果よ。
あら? あなたたちと一緒でないわね。命令で調べさせたのと疑問に自然に集まった答えだから』
倉下と呼ばれた乱入者が余裕でフフフと笑う声が聞こえる。
『また情報が更新されたわ』
『返せ!』
焦った男の人の声。スマホを誰かに渡していたの?
『俺がバイク買うつもりだったことがのってる……』
『私が退学しろって………』
『襲わせようとしたことがバレてる…』
『聖女に何様が受かるわけないって、何言ってるのよ!』
呆然とした男の人と高田姉妹の声、何様の女の子は書き込みに純粋に怒っているみたい。
『毒親、屑親父、父親失格、俺のことか!』
唸るようなおじさんの声。
まーくん、怖い。まーくんを見ると眉間に皺を寄せて衝立の向こうを睨んでいた。
「お前か! 情報、流してるの!!」
衝立の上から男の人がこちらを睨み付けていた。この人が私の兄? 視線が怖くて顔を俯いてしまう。
「違うよ、彼女は証拠を揃えていただけだよ」
テーブルの上に立つのはマナー違反だよ。
まーくんは冷静にそう言って、さったとテーブルの上を片付けていく。
「お、お前は!」
「行こうか。流れているなら、証拠、録らなくてよかったね」
私も荷物を持って、しがみつくように差し出されたまーくんの手を取ってしまった。こんな所に残されたくない。
「ちょっと待てよ! 証拠ってなんだ!」
「あっ! 君のお父さんに伝えてくれる? 彼女は弁護士に全てを任せたから、今後は接触はしてこないように、と」
ねっ。とまーくんに覗きこまれて、思わず体を引いてしまう。まーくん、その顔のド・アップは心臓に悪いから。
「弁護士? 接触?」
「早千愛か!?」
男の人は意味が分からないとしていたけど、おじさんには通じたみたい。通じなくてもよかったのに。
「早千愛、どこから聞いていたんだ。あれは、その、つまり……」
おじさんが衝立の向こうから何か言ってる。
「あなたたちの方が後から来ましたよ。下手な言い訳をするとまた(ネットに)流されますよ」
まーくんがスパッと切り捨てている。うん、聞きたくない。あのおじさんの言葉は何もかも聞きたくないし、信じられない。
「おい、お前! 俺たちに何か言うことないのかよ!」
「そ、そうよ、愛人の子なんだから、謝りなさいよ!」
男の人と何様女の子が怒鳴ってくる。私、何か悪いことした? 生まれてしまったのは仕方がないのに…。
「何故、彼女が謝らなければならない?」
「だ、だって、愛人の子でしょ!」
「それって、彼女のせい? 彼女が頻繁にそっちに迷惑かけていたなら分かるけど、初対面だよね?」
まーくんの言葉に私は頷く。そうかもしれないとは思っていたけど、本当に浮気で出来た子供だと知りたくなかった。父が養育費を払っていてまだ親子の関係があったのも知らなかった。
「悪いのは彼女の母親と関係を持った君たちの父親だよ。彼女の責任じゃない」
「そんなの逃げよ。存在自体が悪なの!」
何様女の子の言葉にグサッとくる。私は生まれてきたらいけなかったの?
「ふーん、貴方が間宮早千愛」
高田姉妹が衝立を回り込んで私たちの方に来ていた。高田妹が睨み付けてくる。嫌だ、怖い。学校で何されるのだろ。
「あなたが遊んでくれるなら、その子は見逃してあげるわ」
妖艶な笑みを浮かべて高田姉が言ってるけと…、遊ぶってまーくんと。それも嫌だ。まーくんの腕にギュッとしがみついてしまう。
「自分達の心配をしたら? あそこまで書かれてて今まで通り暮らせるの?」
まーくんが呆れた息を吐いている。
「確認したら、高田代議士事務所は蜂の巣をつついたような大騒ぎのみたいよ」
カツンと靴の音かして、パンツスーツをビシッと着こなした美女が高田姉妹の後ろに現れた。この人が倉下さん?
「自慢の娘さんたちの火消しをしても次から次へと醜聞がアップされるから」
「煩いわね、お父さんの秘書を首になったくせに」
高田妹は美女にくってかかっているけど、姉の方はスマホの画面を見て固まっていた。
「と、とにかく、お金を寄越しなさいよ!」
同じく衝立を回り込んできた何様女の子が叫んでくる。びた一文も渡さない。あれは私が学ぶためのお金。
「さっきからスマホ点滅してるけど」
まーくんが衝立の上から見下ろしている男の人に言った。握りしめてるスマホがパカパカ光ってる。男の人はスマホを見て慌てて電話に出ていた、
「はい、もしもし、母さん、どうした?」
あっ! おじさんの奥さんは一緒に来ていないんだ。奥さんが来ていたら、私はなんて言われたんだろ。泥棒猫? それは母に言うセリフ、けどやっぱり罵倒されたのかな?
「はあ! 物置に閉じ込められてる? 鍵は? 開かない?」
男の人の声が焦っていく。物置って、この人たちの中で私が住むはずの場所だったよね?
「あれは、外からしか施錠できないタイプだ! それにあの物置には窓もない!」
おじさんも慌ててる。窓もない場所に私を閉じ込める気だったんだ……。
「今日はどこも最高気温を記録したそうですよ。もしも窓の無い鉄の箱だったら、とても暑いでしょうね」
冷たいまーくんの声。鉄の箱って、ヨ○コウとか百人乗ってもとCMしているもの? 確かにレンタル倉庫で暮らしている人はいるけど…、人が暮らすために作られていないのにそんな所に私を……。
「母さん、母さん、返事しろよ」
えっ! 電話に答えなくなったの?
「い、急いで帰るぞ」
「えー、まだお店、見ていない」
おじさんの焦った声に反して不満だらけの何様女の子の声。この子は今自分の母親がどんな状態か分かってるの?
「○○市に今から帰ると何時に着くでしょうね。日差しもまだまだキツイですし」
「そうね、熱中症アラートも出ていたし」
まーくんと美女が何もない世間話のように話しているけど、それって命に関わるんじゃ。
「航平、警察署に連絡だ。物置に閉じ込められた人がいるって。七海、母さんが大変だから帰るぞ」
「えー」
おじさんが私をジロリと睨んでから、何様女の子の手を掴んで引き摺るように連れていく。
バン! 凄い音がして振り向いたら、座っていたテーブルに男の人が立っていた。衝立を飛び越えたみたい。
「覚えてろよ」
男の人はすれ違い座間にそう言っておじさんの後を電話をかけながら追いかけていった。
覚えてろよ。って、私、何もしていない。絡んできたのは向こうなのに。
「みよ、私たちも帰るわよ」
「ちょっと、姉さん。あの二人に仕返ししないと」
「いいから」
高田姉がむりやり妹を連れて去っていく。
仕返しって………、私の存在って………。
「さーちゃん、大丈夫?」
まーくんが優しくそう言ったのは聞こえた。
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