第8話 覚悟
開墾に立ち会った王民事業の職員コンラートは、その日のノアの様子をイェルダに疲れたように報告する。
「コンラートさん。ノアさんからの差し入れのカツサンドです。美味しいですから食べてお腹を落ち着かせて下さい。荒れ地の木や草が瞬く間に消えて、黒い地面になったと?」
「ええ。そうなんです。――目を疑いました。どのくらいの面積かノアさんに確認したら10haくらいと言うんです。その場所はわずかの間にもうトラクターで耕耘できるほどの開墾が進んだということです」
「にわかには信じられませんがノアさんですからね。100haをあれだけ軽く言う訳です」
「明日からもまた私が立ち会いますが、農業は専門外です。見ているだけしか出来ませんが宜しいですね?」
「はい。王都から担当者が来るまでお願いします。明日は私も見に行きますよ」
しっかりと心して驚かないように覚悟を決めてイェルダは明日に臨む。
◇
朝一にイェルダさんに挨拶に行くと今日は一緒について来るという。
昨日付き添ってくれた職員の男性も一緒だ。
農家の四人には現地に9:00集合を伝えている。雨天中止だが今日は晴れだ。
俺ってもってる。晴れ男だからな。
開墾地で農家四人に説明する。
「今日の午前中はトラクターゴーレムの習熟に時間を割きます。二台用意しますので二人が先に耕耘して下さい。二名は待機でお願いします」
「初めてで土が固いので土が細かくなるように状態をみながら同じ場所を二回から三回耕耘して下さい。それでは宜しくお願いします」
このトラクターゴーレムの性能的に一台で通常の畑ならゆっくりやって120分/ha程で済む。
直線的に耕耘して旋回数を減らせばもう少し早く出来ると思うが今回は開墾地だから通常の二倍の回数耕耘しないといけない。
不慣れだし四時間で1haってところかな。
二台で午前の三時間の作業で1.5haが開墾速度だな。
その間に残った農家の二人に聞いてみる。
「すみません。お伺いしますがあっちの灌木の生えた荒れ地を開墾しようするとどういう方法でどのくらいかかりますか?」
「木を切り倒して根を抜くのが大変だよね。草刈は地道にやればなんとかなるけど……どの位掛かるかはやってみないと分からないよ」
「大きな岩や小さな石を魔法で砕いて土にすることは出来ますか?」
「えっと。俺には無理だけど今トラクターゴーレムに乗ってるクラウスとこいつ。ベルントは出来るよ」
「それでは魔法で土を耕耘したり良く野菜が育つ土にしたり出来ますか?」
「良く育つ土っていうのが良く分からないけど。土を耕耘――混ぜるってことだろ? それはクラウスが出来たかな? ベルントお前は?」
「僕は出来ないね。クラウスだけだろ」
なるほどなるほど。
クラウス君はケンちゃんに準ずる能力ってことだね。
ケンちゃんは肥料という概念と団粒構造を理解して良く育つ土を魔法で再現できるようになったからな。
「分かりました。色々ありがとうございます」
「いやいいよ。君にこっちが色々教えてもらうんだろ?」
次は職員の男性へ説明だ。
「コンラートさん。圃場の規格を説明させてもらいたいのですが良いですか?」
「はい。お願いします。不勉強で分からないことばかりですので不明な点はお伺いしても宜しいですか?」
「えぇ。勿論です。本来は農業の担当員ではない事もイェルダさんから聞いています」
「はい。恐縮です」
「まず、圃場の規格ですが、1haは50mX200mで作りました。それを十合わせて10haで一枚の圃場という考え方です。仕切りが無い方が農業用ゴーレムの効率が良くなりますから」
「今は実験的に畝ごとに野菜を作りますが、将来的には10haとか5ha区切りで同一作物を作ります。それにより作業の単純化を図ります。もちろん植え時期をずらして計画的に出荷できるよう調整します」
「……とんでもない規模ですね」
「そうですか? まだとっかかりも出来ていませんので将来の話です」
「80haを畑作の圃場として10haを水田の圃場として開墾予定です。10haは予備地です。道路の整備やもろもろを作るために申請してあります」
「はい。申請書内容の方は確認しています」
「午後は水田予定地の開墾作業を行いますのでそれまでに何か不明な点があればいつでも聞いて下さい」
午前中は農家の四人が二人交代で畑の耕耘をしてトラクターゴーレムの所感を確認しながら過ごした。
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午後の水田予定地。
川から水路で水を引ける場所を選んである。
増水で石や砂利が流されていた場所を避けたから少し離れてしまったが水田に水を張るのは来年だ。
それまでに準備すればいい。
膝丈の草が生えているのをカロに分解してもらう。
――虫や生き物が出てこないところを見るにそれも栄養に変えているんだろうね。
その辺りがエルフに生命の精霊と呼ばれる所以かな。
チャムには水分多めでお願いする。
きれいに切り取られた長方形の地面の黒い空間が出来上がる。
周りの草原は適当に魔法で切り飛ばして景観を保つ程度に手伝う。
「ここも同じように耕耘をお願いします」
三時間後とりあえず1.5ha田んぼの予定地が出来上がったら来年の準備だ。
用意するのはケンちゃんの田んぼの乾いた土。
細かく振るって乾かした川砂。
真っ白な粗目に振るった貝焼き石灰。
――そして。
レンゲの種だ。レンゲを稲の肥料にする。
播種量は10aにおよそ3kg。
この世界にマメ科の根粒菌がいることは大豆栽培時に根を見て確認済みだ。
説明するまでもないが根粒菌とはマメ科の根に侵入して共生窒素固定を行う。
それを春に耕せば元肥代わりとなるのだ。
ケンちゃんの田んぼでレンゲを栽培したらしっかりと根粒菌が付いていた。
ここは荒れ地だ根粒菌がいるか分からない。
そのためその田んぼの土を持ってきたのだが、10aに3kgの軽くて小さい豆の種を撒くのはけっこう大変だ。
軽鉄で出来た散布バケツにレンゲの種を入れてケンちゃんの田んぼの土を入れて根粒菌がこの場所に無くても共生出来るようにする。
さらに川砂でカサ増しして撒いた場所が分かるように白い粗目の貝焼き石灰を混ぜる。
1haを十等分で10aだ。
棒を立てて10aの目印にしてそこに白が均一になるように3kgのレンゲの種を撒く。
撒くと言っても腕を振るうのではなく手から上に放つようにするのが均一にするコツだ。
比重が違うから腕を振るうと重い物が遠くに飛ぶから均一にならない。
物理的な理由だ。
夕暮れ前に1haに撒き終わった。
畑より水田の準備が先かな?
半分の5haにはケンちゃんの田んぼの土を使わずにレンゲを撒いて根粒菌が付くか試験してもらおう。
一日八時間労働で水田の開墾にざっと六日。
この王民事業の農業部門は9時から17時までの八時間で二時間は休憩だ。
実労働時間は六時間。
休憩は午前三十分に昼一時間。そして午後三十分の計二時間だ。
福利厚生の確保は健全な農業の鉄則だからね。
これは俺にとっては努力目標じゃなくて必須目標だからね。
農家の四人はトラクターの運転にも慣れて来たし、耕耘する場所が出来れば3時まで俺がずっとそばにいる必要もない。
3時の休憩まではトラクターゴーレムを乗り回してもらって、三十分の休憩を挟んでレンゲの撒き方を指導。
農家四人が慣れるまで助言と様子を見て俺はコンラートさんとイェルダさんに監督をお願いしてその場を離れる。
明日から五日間ここに来ない俺はやることがあるからね。
§
夕方5時。
ノアの声で本日の終了が告げられる。
「それでは。キリが良いのでここらへんで今日は終わりにしましょう。お疲れさまでした」
トラクターゴーレムを運転していた二人がノアの前に寄せて、昨日と同じようにアイテムボックスに収納してもらおうとする。
トラクターゴーレムを収納したノアは微笑むと続ける。
「少し説明があるので付いて来てください」
先導するノアに農家の四人とイェルダにコンラートがついて行く。
「――ノアさんっ! 路が出来ていますっ!」
イェルダが驚いたように叫ぶ。
「えぇ。作りました。それでここがトイレです。右に二室と左に二室用意しました。男女で分ける想定です」
コンクリートで基礎を作ったレンガ作りの立派なトイレが右と少し空間を開けて左に建っている。
そして幅20mの平らな道が真っ直ぐに伸びており、縁石を挟んで5mの歩道が右端に続いている。
「この道は畑の開墾圃場へ続いています。行ってみましょう」
驚く周りの人間を他所にノアが歩き出す。
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到着したのは朝にトラクターゴーレムで開墾した畑。
その周辺は先程まで灌木がまばらに生え草が生い茂った広大な荒れ地だった。
そこが今は黒い起伏のある地面に変わっており、延べ面積で100haが更地となっている。
その中央を広い土色の路が真っ直ぐと伸びる。歩道も含め20mの路だ。
視線を辿ると広い道路に十字にぶつかり更に左右へと広がる路。
路によって新たに切り開かれたまだ手付かずの黒い地面が、10haを一枚の圃場をとして区切り取られている。
理路整然とマス目状に区画整理されていてそこだけ別の世界に来たようだ。
昨日切り開いたばかりの10haの圃場の中央付近に建物がある。
200mX500mの大きさの圃場。長い方の半ば250m付近に南向きに広く大きなレンガ作りの建物だ。
先を歩くノアに呆然としながた全員がついて行く。
「ここが農業倉庫兼集積出荷場で事務所兼休憩所です。トイレもありますよ」
うれしそうにノアが説明する。
「「「「「「……」」」」」」
全員言葉が無い。
「――建てたんですか? ……離れていた時間は余りなかったと思いますが……」
イェルダが辛うじて声をかける。
「スクラップもビルドも得意な方なんですよ。それにこれは最先端の快適な建物ですよ」
自信満々にノアが言う。
コンラートが少し怖くなって確認する。
「――最先端ですか?」
「えぇ。まずベタ基礎はもちろん倉庫と作業場のフラットスペースも全部コンクリートと軽鉄鉄筋を使っています。そして、そこに開発したばかりの保温と保冷魔道具を利用してコンクリートの蓄熱放冷冷暖房を完備しました」
全員が何を言っているのか分からない。
うれしそうにノアは続ける。
「夏涼しくて冬温かい夢のコンクリートです。画期的でしょ?」
さらにノアの説明は続く。
倉庫についている自動開閉の魔道具シャッタ-。
トラクタ-二台が余裕で入る。
生体認証していない者が開けようとすると攻撃するドア。
二十四時間監視するカメラという魔道具。
イェルダは思い出した。
パオラの言っていた言葉を。
ノアくんから片時も決して目を離してはいけない。
目を離したときは覚悟をするようにと。
イェルダの昨日の覚悟は無残に砕け散った。




