第12話 動顛
――――あっ! 出た。
俺的に一番うまいキュウリの四葉系品種ちゃん。
裏書の説明をざっと読む。
「っっ! ――ノアくんそれは何?」
焦って共通語で話しかけてくるパオラさん
髭おっさんも怪訝な表情で俺の手元を見ている。
「ははは! なっにかなぁ~!」
誤魔化して、シャキットの絵袋をアイテムボックスに消す。わっかんないな~!
微妙な空気はぶった切るに限る。俺は締めの挨拶を繰り出す。
そんなことよりもと心の中で前置きをして。
「先生。今日は長時間のご教授ありがとうございました。貴重なお時間を私の為に割いて頂き感謝に堪えません。非常に有意義な内容に感動しています。質問があればまた伺っても宜しいでしょうか?」
髭おっさんが、優秀だから弟子にしてやると言ってきた。
だが! 断る! 非才なる者なので、光栄ですが、残念ながらと言葉を重ねる。
うん! ――俺は農家! 錬金術師じゃないしね。
魔石に刻む刻印の教本を渡され、今度は講義に来なさいと言われた。
ありがとう髭おっさん。じゃあね!
そうして研究室をお邪魔した。
アラアラ。パオラさん……教科書のようなジト目ですね。
「ノアくん。さっきのは何?」
今度は神聖語ですか。バイリンなボクにはどちらでも大丈夫ですよ。
「旅の途中で手にしたことがあったので、懐かしくて……出せるかと思ったら出せたんですよ」
「すごく精細な絵にみえたけど。見せてもらってもいい?」
「才能のある方でしたから、でも、思い出の品ですのでご遠慮頂けますか?」
夕焼けに染まる空を遠い目で見る。何かを思い出すかのように、今こそ働け! 無いかもしれない俺の役者魂!
「ノアくんってなにか誤魔化すとき言葉が丁寧になるよね?」
ドキッ。さっ! さすがです。ノア人生史上。側にいる時間の最長記録を更新しつづける女性です。本当に頭が上がりません。
どうしよう? 渡すのは吝かではない。だが、何故出せるのかは聞かれても答えてはいけない。
俺なりにこの一ヶ月で調べたが、この世界には地球から来た者の兆しが全く無い。
たかだか一ヶ月だ。たかが知れているが、この世界は神が地上にいて。去った世界だ。
神の世界へ行った者、あるいは、神の世界から来た者。どっかから来た、行ったという話は無いかと聞くのは比較的簡単で、教会で聞いてみたが、そんな話は一切無いそうだ。
この世界は、小麦があるのにパンしか食べない。地球人がいればピザとかパスタは多少広めてるよな。
食べ物でも服でも風習でも何でもいい。地球人がいたことを表す爪痕がないのだ。
そう! ――――ひとつも。
まぁ。俺が見ていないだけかもしれんが、つまり、何が言いたいかというと俺が日本産の貴重な珍獣ってことだ。
神聖語しか話せない珍妙なガキだが、新たな属性を追加したくはない。
かといって、もう俺は決めていることがある。手に入ったんだしキュウリを育てよう! とだ。
どうせその過程でバレるんだ。
……渡すか? ――――アイテムボックスから絵袋を出し、パオラさんに差し出す。
受け取ったパオラさんが息を飲む、矯めつ眇めつ眺める。
「っっっこ……これは古代紀の?」
思わず漏れたように声が零れる。
「ノアくん。これは預かってもいいかしら?」
顔が怖いです。パオラさん。
えぇ~~? 明日にでも蒔こうと思ってたのに。
まぁ。また出しゃあいいか! 肯定のはいをする。
~~~
パオラさんと別れ、学舎の部屋でひとり。早速覚えたての錬金召喚の実験と検証だ。
まずは、いでよ青果キュウリ! ――――っっって! アレでない。
何度も試すがやっぱり出ない。
トマトも――出ないな。どうやら、野菜自体は出せないらしい。なんだよ! ケチだな。
まさか? さっきのはまぐれ?
種はっ! ――――出るな。
良し! 次は、どうしても必要なアレだ!
――――いでよっ!
――――コンビニのおにぎり!
手が仄かに輝き、おにぎりのみが現れる。
しゃっ! 成功。ゴミになるからフィルム無しでと発動した。安定の梅にぎりだ。
今は食べずにアイテムボックスへイン!
次は、サンドイッチ……しゃっ! 成功! こっちはフィルム付き。カットされたトマトとキュウリが挟まれている。
――――加工品はOK? ってことかな。
俺ぇ……一生。食には困らんわ。腹が減るほど悲しい事はないからな、身をもって知っている。文字通り身も削って生き延びたんだ。
シェリルさんとジョシュアさんには、今でも感謝しかない。
ダメもとで、アレも呼べるか試してみるか……。
いでよ!
――――伝説の名店! 仙台発! 真助の牛タン定食!
淡い光とともに机の上に現れる。
まぼろしの牛タン定食。
で、で、出来た。ギョエェーッ!
――動悸が激しい。出るわけねぇかの気持ちが、ほぼほぼだったのに。。。
その後は食をそそる良い匂いにやられ、付いてきた割り箸で一気にかきこみ。
食べ終わると放心状態で椅子の背にもたれかかる。
どのくらいそうしていたか分からないが、ふいにドアが三回叩かれる。
あっ! ――レオさんだ。
いつもなら一緒に食事してた。忘れてた。エヘヘ。汗っ。
牛タンの食器をアイテムボックスに片付けて、どうぞと声をかける。
「ノア今日はどうしたんだい? 食堂にいつまでも来ないから見に来たんだが、……何かすごく良い匂いがするね。これ何の匂いだい?」
「ごめんなさい。レオさん。今日の午後に錬金術を教えてもらったので、実験に夢中になって時間を忘れていました」
本当はうまさに放心していましたが。。。
「そうかい。来ないから私は先に食事をすませたけど。もうすぐ食堂しまるぞ。……で? これは何の匂いなんだ?」
グイグイ来るな。
「今日は食事は大丈夫です。わざわざありがとうございます」
シカトじゃないよ! 流してるんだ。――――柳のようにな。
「これだけ美味しそうな匂いの物を食べたんだもんね。……まぁ。言いたくないなら聞かないよ」
そう言ってレオさんは、首をすくめた。そして、ほどほどにね。おやすみといって出て行った。
もうすぐ食堂が閉まるってことは、夜の8時ぐらい。
まだ宵の口だ。
俺は実験を続けたい。錬金術は、黄金作成が一人前の条件と言ってたな。
触媒となる物質はミスリル、真鍮、魔砂土、魔科水と言っていた。だが、ミスリルが金より値段が高い時点で、この錬金は成立していない。
これが、模範解答だと言われて誰が納得するのだろう。
――――って言うかするんじゃねえ錬金術師っ!
『金も錬金できず何が錬金術師だ!』とか散々言われて、意地と自棄になったのかな?
ちゃんと下位の物質を利用して錬金する正答を見せてもらいたかったぜ。もしくは、そうなる迄、研鑽を続けて欲しかった。
まぁ、俺は農家なので門外漢としてシラァ~ッと見ることにしよう。
金か。俺の記憶の中で手にした黄金で、一番インパクトのあるものは、佐渡銀山のアクリルの穴から金塊を出すゲームのだ。
誰と行ったかどうして行ったかは思い出せない。
確か重さは12~13kgだったと記憶している。
試してみるか?
――――まぁ。ダメもとだ。
いでよ! ――――金塊!
机の上が仄かに光り、俺は一瞬で気を失った。
*この物語はフィクションです。
空想のものであり、現実社会とは一切関係がありません。
 




