第2話-1 祝杯
初手を譲ると言われたオリヴェルの剣が振るわれる。
ノアは一拍で複数の角度からくる、その攻撃を、最小限の動きをもって杖で受け、それを滑らせながら間合いを詰める。
オリヴェルは楽しそうに剣を振り、近づいてくるノアを待って下がらない。
――ノアの間合いにオリヴェルを捉えた。
ノアは杖を振り地面を擦り上げ、砂塵を飛ばし目潰しをした。オリヴェルは鼻で笑ってその攻撃を躱す。
そこからは、目まぐるしい攻防が繰り広げられた。
オリヴェルの二度の攻撃の間に、ノアはやっとの思いで一回の攻撃を差し挟む。
ノアは背を向けて逃げるような恰好をしたかと思うと、その状態から背後へと杖が伸びて強力な突きとなる。
追撃していれば相手の勢いを利用してカウンターとなる技だ。
喉元に伸びてくる突きをオリヴェルは逸らした。
ある時は半円を、ある時は八の字を描く杖は、間合いを変幻し遠くから近くから繰り出される。
ノアは振り下ろされた剣を杖で押さえ込み踏みつける。オリヴェルはそれに構わずに剣を振り上げた。
その剛剣により宙に放り投げられたノアは、躰を小さく丸め素早く回転する。そして伸びあがるように限界まで片手を伸ばすと。その勢いのまま端を握った杖をオリヴェルの顎へと打ち上げた。
空を切り裂き杖はオリヴェルの頬をかすめる。それを受けてオリヴェルの笑みが深くなる。
これがノアの間合い最長の攻撃だ。
宙に投げ出され、体勢の死んだノアへ左右から剣が振るわれる。
その斬撃を手元に引き戻した杖でいなし、攻撃された力のベクトルを地上へと向ける。
オリヴェルの斬撃を利用して激突する程の速度でノアは地上に降り立った。
そして、初撃をなぞるように杖を滑らせノアは再び間合いを詰める。
オリヴェルの斬撃をいなしながら、流れるようにその構えを取る。
――――霞段。
肩に載せてテンションをかけるや否や右手は外された。
左手で繰り出される上段打ち。
ノア最速の打撃だ。
オリヴェルは体を開き上段を躱しにかかる。だが、霞段とは霞の如き変幻の杖術。
蛇のようにしなやかに素早くその軌道を変え、瞬く間に喉元への突きに変ずる。
それを受けて再度バックステップでいなすオリヴェルへ杖が迫った。
――――霞段は連撃の第一手。そこから始まる刹那の五連撃。
この仕合いで初めてノアが攻勢に出た。
躱すオリヴェルへ左下から杖がはね上がる。
彼が剣で受けると見るや右上から杖が振り下ろされ間合いを殺す。
剣に無くて、杖に有るもの。
オリヴェルに無くて、ノアに有るものだ。その細い糸に賭けて距離を削る。
四撃目は八の字を描いた杖が、上段から打ち下ろされる。そして、更に間合いを詰める。
最後の一撃の為にノアが踏み込む。躰は揺らめくようぬるりとオリヴェルの懐へと飛び込んだ。
――――壊乱。
ノアの狙いは零距離での杖撃だ。
ノアに有るもの。ノアが賭けたもの。それは懐深くでもあびせることのできる強烈な打撃。
その一撃は!
――――だが、届かなかった。
ノアの首元には剣。ノアの杖はほんの僅かだが届いていない。
「……引き分けだな」
オリヴェルの呟きにノアが言葉を被せる。
「――私の敗けですね。距離を取られていたら手も足も出ませんでしたよ」
「だが、俺も驚いた。最後のは崩身だな? 兄貴の体術の。お前が兄貴の弟子だと心から理解したよ」
「いえいえ。まだ拙いもので、僭越です。」
バルサタールはノアに相手の呼吸を読め、視界を盗めと指導した。そして、自身の体術である崩身を授けた。
するりと距離を移動し自分の間合いへと相手を誘い優位に立つ為の技だ。
「後は任せて置け。俺がまとめて置く」
オリヴェルが声を張り上げて闘技場へ響き渡らせると。ノアが小さく呟いた。
「ちくしょう……」
その嘆きを聞いた者はいない。
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シュバインが楽しそうに話をする。もうすぐオチだ。
「仕合いは僅差で護傘のオリヴェルの勝ち。そして、護傘は白い光の板。……それと、その他もろもろは俺たちの胸に収めろと言ったんだ」
「不満がある者はいつでも決闘を受けるってなっ! だから、お前もスタンピードの時に起きたことは口外するな。この都市以外ではな」
話を聞いていた冒険者が尋ねる。
「そもそも、俺はその時いなかったんだが、本当にスタンピードはあったのか? 確かに壊れた家はあるけど……。死者がいないなんて化かされているみたいだ――」
「――変なトラクターゴーレムが市民を助けて回って、光の板が全員を守ったって言うのも本当か?」
酒場の冒険者が揃って頷く。
「って言うか? 侵不が棒を持ってからの話が抜けているんだが、そこを詳しく話してくれよ」
シュバインがニヤリと笑う。
「早すぎて見えないものをどう説明すれば良いんだよ?」
「はっ? 一番盛り上がるところだろ? おいおいっ! おごった酒返せっ!」
「腹に収めたもんをどうやって返すんだ?」
これこそ相棒のバステンがさっさと酒を飲み始めた理由でもある。
酒場に笑い声が響く。その時を知らない冒険者が来ると持ち回りで担いでいるのだ。
締めの言葉も決まっている。シュバインが音頭を取った。
「慎ましやかな。――我らの英雄に」
酒場の全員が良い顔で盃を掲げた。
王国では知られない事実をノルトライブの住民は皆が知っている。
一人の青年がもたらした命の恩を。
――残響は、尚轟き共鳴する。




