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第1話-2  鳶鷹Ⅱ

 ――――王都


 司書長のルル。イーディセル。ウェンが執務室で打ち合わせをしていた。


 ウェンが口を開く。


「ノアから届いたサンプルを分析して、例の兵器の方向性が分かったわ。ダンジョンのモンスターに感染して、分体を増やし、それを討伐した上位者へと再感染し、最深部のコアを目指すようね」


「ノア君というと。ノルトライブで確保した工作員が保持していたものだな」


 ルルが確認の為にそう問いかける。


「そう。そして、目的のものに到達すると定着する……はずなのだけれど。ノアはダンジョンのコアを感染から復旧させたと言っている。そこが未解明な部分ね」


「対策はとれるのかね?」


 イーディセルがウェンへと問う。


「予防は可能。――定着後に分離は不可能ってところかしら」


「それは、御使いでもかね?」


「……正直に言えば分からない。私には理解できない前例をコアで作ったみたいだからね。現時点で希望があるとすればノアってことになるのかしら」


「エルフの希望であり、人間の希望か……。御身(おんみ)の安全対策は十分か?」


 イーディセルはそう言って懐の肖像画へ手を当てた。


「師匠が色々教えたから、エルフにでも襲われなければ大丈夫なはず。人間で言えば剣聖。あるいは――聖騎士クラス以外なら安心でしょうね」


 ウェンがそう答える。


「今代に剣聖はいるのかね? ――聖騎士は帝国にいると聞くが……」


 イーディセルのその呟きには、ルルが答えた。


「王国では剣聖も聖騎士も把握していないだろう。――可能性があるとすれば、警備主任か、護傘(ごさん)と呼ばれる冒険者であろうな」


「そうね。そっちは知らないけれど。警備主任は旅立つ前のノアが本当に子供扱いされていたわね。万全のエステラですら倒せるかどうか分からないほどの実力者よ」


 警備主任とは絶界(ぜっかい)のバルサタールの事である。


 ウェンは少し疲れた様に笑うと最後に付け加えた。


「――それに。師匠が念のため改造しておいたと手紙で伝えて来たの。……一体何を仕掛けたのかしら。それのおかげで死ぬ事はないそうだから、安心していいと思う」


 ウェンは『長生きしてもらわないとね』といたずらっぽく笑うアノアディスを幻視した。



§



 ダンテス公爵家の執務室。


 レオカディオとパオラは応接のソファーに座り、彼女の背後には大公家の兵が二名控えている。


「ノアがギルドへ引き渡した帝国の工作員は、詳しい情報を伝えられていなかった。末端の尻尾だったようだよ」


「回収した例の兵器は?」


 パオラが問う。


「バイシャオウェン師が対策を取ってくれるそうだ。盟約によって詳しくは伝えてくれなかったが、数年の内に大規模で破滅的なスタンピードが起こる事を示唆してくれたよ。王国の東で起きているスタンピードはその予兆なのだろうね」


「エステラちゃんが、そのほとんどを収束させているのでしょう? ノアくんに関わると突発的に変異を起こすってことかしら?」


「……むしろ、バイシャオウェン師とバルサタールが主な原因の気がするが。おかげで王国は助かっている」


「帝国に王国と戦う余力は無いはずよね? その為のスタンピード兵器なのかしら?」


 レオカディオも掴んでいる情報を整理して言葉にする。


「帝国は三つの紛争状態にある。隣接する魔人国家と鬼人の集団。そして、王国とだ。魔人国家と鬼人の集団は、人類至上主義故に。王国へは領土的な野心の為に――」


「――王国は領土拡張を望んでいないため。現時点では直接的な侵略行為は行われていないが、国交は断絶していて、仮想敵国であることに変わりはない」


「他種族への迫害何て無意味なのにね。エルフやドワーフですら差別の対象なのでしょう?」


「――そのようだ。鬼人の集団は山岳地帯の地形を生かして散発的に帝国兵を撃退しているらしい。そして、魔人の国家は、王城に攻め入られて数年前に王が打たれた」


 レオカディオは言葉を続ける。


「第三王子と聖女が少数で戦果をあげたらしい。その後は拮抗し今も戦闘が継続している」


「王城まで攻め込まれて良く壊滅せずにすんだわね」


「そうだな。王は代替わりして、その無茶な作戦でどうやら第三王子は亡くなったようだ」


「――勝手に三面の敵を作って、手が出せないからスタンピードで混乱させる? 度し難い話よね。それで、対策はどうするの?」


「――例のギルドへ届く手紙。その出所とコンタクトを取りたい。連携出来れば、初動が劇的に早くなる。あとは、兵の数と練度を地道に上げるしかない。兵のダンジョンへの入場も推奨しよう。思いつく手を全て打っても足らないくらいだ」


「わたしも父に進言しておきます。頼みますよ。――王国の右腕さん」


レオカディオは力強く頷いた。



§



 ――ノルトライブ


 執務室で、ギルド長のマティアスと傷顔(スカーフェイス)のオリヴェルが向い合せで座っている。


「――で? どう思う?」


 そうマティアスが切り出す。


「ノアが言っていた。もうダンジョンは大丈夫ってやつか? それとも、ノア自身のことか?」


 マティアスはニヤリと頬を持ち上げるように笑うとそれに答えた。


「どっちもだよ。お前の意見を聞かせてくれ」


「ダンジョンに関しては、どうなんだろうな? ダンデス家のお墨付きだから信じるしかねぇじゃねぇか? エルフのお偉いさんからも同一見解があったって話だろ?」


「そうだ。……だが、誰よりも早く坊主が俺に伝えて来た。その理由は何だと思う?」


「それこそ知らんよ。ノアとは二度しか顔を合わせていない。――だが、適当を吹く奴には見えなかった。意地が悪そうに笑うが、案外芯の通った良い男だったよ」


「――仕合った手応えは?」


「ふふふ。――俺が引退しても、王国は安泰だ。叔父貴も見てたろう? 手を抜かれたとは思わないが、衆人の目にさらされた中だ。手札はほとんど切らなかっただろうね。お互い本気でやり合っても良い勝負になるかもな」


「――あぁいうタイプは、本気になると別物の手に負えない札を切ってくると見たね。俺が兄貴に勝負をかけた時分よりよっぽど大した奴だったよ」


 マティアスの笑みが深くなる。


「あの坊主は、ノルトライブの最高傑作(ワンズ)だ。絶界に並んでもらわねぇとな」


「若くて活きの良いのがいるなら、俺もボチボチ引退かな?」


「ぬかせ。一五も歳の離れた嫁さん貰ったんだ。死ぬまで働け!」


「……叔父貴も人の事言えないんじゃぁ……」


(嫁さんも娘もノルトライブを気に入ったようだ。……前線はこの頃きな臭い。お父さんは単身赴任か)


 王民事業体イーディセルが手掛ける初等教育は、評価が高い。


 娘の人生の為にもノルトライブに残って教育を受けてもらえると安心だ。


(後は……肝っ玉母さんの説得か)


 二の打ち要らずは、その難敵にため息をついた。



§



 「護傘(ごさん)侵不(しんふ)の仕合いだって? ちくしょうっ! 遠征依頼でここを離れていなければ見れていたかもしれないのに……」


 そう残念がる男へ知り合いの冒険者が話しかける。


「お前はいても中に入れなかったよ。ランク上位者から入場する制限が掛かっていたからな。それにほら。――今は高位の実力者がノルトライブに集まっている時期だから仕方がない」


 そう慰めるように話す男もやはり選に漏れていた。


「おいっ! 誰か見た奴はいねぇのか? 話してくれよ」


 その声でギルドの酒場の地元冒険者の視線が二人組に注がれる。


「おいっ! シュバイン。バステン。話してやれ!」


「なんでだよっ! もう何度も話しただろっ!」


 シュバインがそう怒鳴る。


 シュバインとバステンは比較的歳も若く顔も広い。三〇階層に初めて到達しており、実力も折り紙付きだ。


 しかも、ノアと決闘経験がありその存在は知られていた。そして、バカな事もするが気風が良く男らしい。


 つまり――頼みやすいのだ。


 いつものように酒が数杯二人の前に運ばれてくる。


 バステンは知らん顔でその酒を飲みだした。


 相棒をひと睨みしてため息をつくと、本当に仕方がなさそうにシュバインは話を始めた。


~~~


 事前に冒険者に告知された仕合いは、闘技場が一杯になるほどの盛況振りだ。


 中央には嫌そうな顔のノアとヘラヘラと笑うオリヴェル。


「ノア。悪いな付き合わせて」


「……悪いと思っていない顔ですね」


「すまんな。この顔は元からだ」


 ノアは楯と槍を構える。


「胸をお借りします。さっさと終わらせましょう」


(本当に全く全然やる気が出ない)


 その様子をみてオリヴェルが話しかける。


「――わざと手を抜いたら、あの話は無しなっ!」


(おいおい。後から条件足すなよ。負けても問題ない有名人らしいから、サクッと負けておこうと思っていたんだが。。。)


「そのかわり、ちゃんと付き合ってくれれば、冒険者全員へしっかりと約束を守らせる。俺が手を貸すんだ。俺が満足する程度には付き合ってもらうぞ」


 笑いをおさめて言葉を発する。


「――初手はお前に譲るよ。こっちはいつでもいいぞ」


(なんだろね。この大物感。――実際に師匠のおっさんと対峙しているくらいのプレッシャーがある)


 ノアはすり足で間合いを詰めると槍を突き出した。


 消えるような体捌きでオリヴェルが横へとズレる。そして、剣を振るった。


 ほぼ同時に、ノアへ上と左右の三方から斬撃が入る。


 それをノアは楯で受けた。――ドゴンン。響く音は一つ。


 たまらず、槍を突きながら間合いを取ろうするノア。


 だが、オリヴェルの剣域は20mを下らない。――間合いという概念が無い。


(なんだっ! この変態な剣はっ! 無属性魔法か? ……ずる過ぎる。大人はいつの世も汚い事するな)


 一拍で複数の斬撃が起こりノアは楯で受けるのが精いっぱいだ。


 会場の冒険者はどよめく。


「二の打ち要らず。傷顔(スカーフェイス)の攻撃を受けている。――あれが、絶界(ぜっかい)の弟子か」


侵不(しんふ)のノアだ。ノルトライブの冒険者だぜ」


 そう自慢気に声を上げたのはシュバイン。


 一方的に攻撃されながら、守りを固めてノアは糸口を探る。


対戦相手(シャドウ)に想定していた師匠のおっさんは、上方修正した方が良いな。……そうなると、おっさんに勝てる気がしねぇっ!)


 オリヴェルからの攻撃が止む。肩に剣をのせてノアに尋ねてくる。


「もうしまいか? 守りは固いようだが、攻撃しないと仕合いにならないのだがな」


「――約束分はもう働きましたかね?」


「……足らんな。もう少し眼が必死じゃないとつまらん。出来ることをしろよ」


(ふう。そうですか。――師匠のおっさんから一本取ろうと努力してきたんだ。少し試してみるか。それにしても、世界は懐が深いな。こんなに手も足も出ないとは。――覚悟を決めろっ! ノア!)


 ノアが皮肉気にニヤリと笑う、オリヴェルは纏う雰囲気が変わるのを感じた。


 ノアの武器が(じょう)へと変わる。


「――初手は譲りますよ」


 ノアはそう(うそぶ)いた。それを受けてニヤリと返すオリヴェル。


 戦いの第二幕が開く。

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