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閑話Ⅰ  奇貨

 ウィンリールとレオカディオ、パオラの三人が執務室でノアの近況について、打ち合わせをしている。


 パオラが日常の報告。


 レオカディオが主に学舎での報告だ。


 パオラが言う。


「三人の魔術師と一人の教会の治療師に会い、魔力の適正を確認しましたが、ノアくんは驚くべきことに全属性適合者でした。火水土風のみならず、光と闇。無属性すべてを使えます」


「しかも、一度聞くだけで魔法を発動し、面談期間の延べ三日間で無詠唱を習得しました。保有魔力量も甚大で、これだけ聞けば、物語に出てくる伝説の英雄かのようです」


「残念ながら、瞬間的に発動できる魔力が少なく。初級魔法程度が限界ですが、農学者の職業ゆえか、土と水に適性が高くあります。それでも、中級魔法までで、上級魔法は発動出来ないだろうと診断されました」


 ウェンリールは、しっかりとうなずき先促す。


「今は、農家の畑へ足蹴く通っています。農家の方に気に入られてよく野菜を貰っていますよ。ノアくん可愛いから。それらの野菜は食堂に渡して、食材にしているそうです」


「それと、これはわたしには判断出来ないのですが、本人から聞いたところ。四種類の魔法を同時に使っているようです。行った先の農家の使っていない畑や未開墾地に、許可を得て見たこともない土魔法を使って耕していたことがありました」


「何をしているのか確認すると。『土はふっくら、中はしっとり、表面はカリカリ、栄養集まれ』ってやっていると説明されました」


「よく分からなかったので、詳しく聞くと、土魔法で”ふっくら”よく根()るように。水魔法で”しっとり”枯れないように。火魔法で”カリカリ”雑草の種を燃やして、無属性で必要な物質を集めていると説明を受けました」


「それを同時に発動しているなんて信じられますか? わたしは人間がそんなことを出来るなんて聞いたことがありません」


「ノアくんが耕した畑に野菜が植えられていましたが、期間が短く。まだ、芽吹いた程度です。素人の私見ですが、この段階で明らかに他と比べても生育良好です。農業の知識も深く、たまに難解で何を言っているか理解できません。記憶が無い筈なのですけどね」

 

「――それとノアくんから一つ要請が上がっています。どこかで畑を借りられないかと。大学院の総務部に確認したところ。以前薬草畑で、現在使われていない畑があるそうです。先生。利用許可の申請をあげても良いでしょうか」


 ウェンリールは頷いて、美しい碧眼を揺るがせずに言う。


「許可する。ノア君には最大限便宜を図ってくれ。アールヴの名を出しても構わない」


 パオラはハッとした顔をした後に頷きながら言った。


「承知しました。わたしの方からは以上です」


 アールヴ王立神聖語研究所の設立には、ウェンリールの祖父が関わっている。


 その功績を称え、祖父の姓であるアールヴが冠されている。


 王国内、それも特に学園内でのアールヴの名は重い。


 ウェンリールはアールヴに連なるものとして、国賓待遇で研究所に迎えられた。その”アールヴ”の使用許可は、ノアからの要望の上限が撤廃された事を意味する。


 続いて、レオカディオが、いつもより真面目な顔で報告を開始する。


「学舎内では、共通語の会話が可能になったことから、数人の交友関係を築いていますが、友人と呼べる者は出来ていません。私達と年齢も違いますし、仕方がないでしょう」


「例のバカ騒ぎは依然として続いております。ノア本人も気にしていないようなので、今のところ静観しています。学舎では食事以外は部屋にいて読書をしています」


「大学の農業教本を読んでいる十三歳なので、普通ではないですね。それ以外は学舎では、今まで通りと言った所です」


 レオカディオはそこで、息を吐くと。


 ――間をおいて言った。

 

「それと、共通語関連ですが、少し女言葉になっています。語彙習得を私とパオラで変えた方が良いかもしれませんね」


 ウェンリールは話しを聞き、パオラを見る。


 彼女の挙動が急におかしくなる。


 それを見て、そっと眉を顰めた。


 パオラは、気づいていて改善しなかった。

 

 おそらく、その方がかわいいとか面白いとかそういう理由だろう。


 ――少し悪戯好きな娘だ。

 

 ウェンリールは青緑の瞳でパオラを睨む。


 パオラは固まり急に汗をかきだした。


「そうだな、今後はレオカディオの対応を増やそう。手が増えるが構わないか?」


 レオカディオは、はいと頷く。


「パオラは反省し、今後は語彙の修正を促すように」


「はい。反省しております」パオラはそう言って頭を垂れる。



§



 二人が出て行った執務室の中で、ウェンリールはノアの事を考える。


 あの少年が、初めてこの部屋に入った瞬間に分かった。


 ()()だと。()()を待っていたのだと。

 

 精霊がざわめいた。


 ――――見逃すな。――――手放すなと。


 ウェンリールが王都にいるのには理由があった。


 ウェンリールの職業は巫女である。


 それを知った両親は同じく、巫女を職業に持つ祖母へ、ウェンリールの職業教育をお願いした。


 祖母と行動を共にするうちに、祖父の啓蒙するエルフ達の口伝を収集保全する作業に傾倒し、自然と手伝うようになった。


 エルフの巫女とは何か?


 ――――それは、世界樹を(まつ)りその託宣(たくせん)を授かることだ。

 

 エルフの長い人生でも託宣を授からないことも間々ある。

 

 祖母の授かった託宣は、『エルフの口伝を起こし伝えろ』だった。


 当時は少数派だった改革派のリーダーである祖父と、世界樹の託宣を掲げ、時流を変えて多くの口伝を文章に起こして来た。


 エルフは何故、口伝を書き起こす事を拒んだのか?


 それは、神聖語が神の言葉と伝えられているからである。


 神を敬うあまり、畏れ多いと文章に起こす事を禁忌としていたのだ。


 口伝の内容も神話の時代の様子やエルフの誕生譚など。神聖なものが多かったのも理由だ。


 そこに、まさに神の眷属と崇める世界樹からの託宣だ。


 時勢は変わり、誰もが協力的になった。


 神聖語の文字には欠点がある。


 口伝であるため抑揚がある文章は、文字に起こすと平坦となる。


 そのままでは本来の発音と抑揚が後世に伝わらない。

 

 現代では使われていない口伝の中だけの言い回しや単語もたくさんあり、このままでは『口伝を起こし伝えろ』の託宣を全うしたとは言えない。


 そこでウェンリールの祖父は、文章にイントネーションを書き加えることで、口伝の話し方を誰が読んでも統一出来るようにした。


 これにより、もう現代では消滅している、口伝独自の言葉の数々が保存される事になった。


 このおかげで膨大な量の神聖語のテキストが集積され、人間界では滞っていた。神聖語の研究が大きく進んだのである。


 王国は祖を神聖時代の王族の末裔(すえ)とうたっている。


 それにも関わらず、神聖語を人間界ではほとんど読めておらず。王の私財を投じての研究も遅々として進まない状況だった。


 そこに一石を投じたのがウェンリールの祖父である。


 国王は喜び称えて、アールヴ王立神聖語研究所を設立し、ウェンリールの祖父に終身名誉顧問の位を授けた。


 ウェンリールが王都にいる理由だが、ウェンリールも授かったのだ。


 ――――託宣を。


 内容は『王国の(よすが)に行き、兆しを見逃すな』だ。


 ゆえにウェンリールは思う。


 王国に来て五年、やっと現れた奇貨を今はゆっくりと見守るとしよう。

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