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26

 破壊された平鹿市は、三日間降りつづいた春の雨が、二時間ほど前に止んだばかりだった。


 空間破砕攻撃によって崩れ落ち、廃墟と化した街には、灰色の雲が低くたれこめている。


 その壊れた街の一角では、攻撃被災した避難民の最後の一群が、新しく派遣された警察部隊と自衛隊の誘導により、岐阜県へと移動を開始していた。

 人々は、みな一様に口を閉ざし、疲れきった顔をしていた。重い足をひきずるように、ぬかるみを黙々と歩いて、用意されたバスに乗り込んでいく。


 ちいさな子供の手をひく、若い母親の姿も、そこにはあった。

 夫は、空間破砕による攻撃いらい行方不明となり、一縷の望みに後ろ髪をひかれる思いで、わが子の手をしっかりと握りしめ、バスに乗る順番を待っている。


 まだ三つになったばかりの子供は、その幼い頭では状況を理解しきれないのか、瓦礫と、コンクリートから突きでた鉄骨だらけの街並を、もの珍しそうにきょろきょろと見まわしていた。


「おかあさん、どこにいくの?」


 子供は、手をひく母親をふり仰いでいった。


「安全なところへ、避難するのよ」

「ひなんってなに?」

「恐いことが起きないところへ、いくってことよ」

「ふうん」


 子供は、また首をめぐらせて街を見ていたが、ふたたび顔をあげた。


「おうちには、いつかえるの?」


 ――母親の胸のうちに、苦い味がひろがっていった。

 もう、帰る家はない。彼女たち一家がささやかに暮らしていたアパートは、家財道具もろとも根こそぎ吹き飛んでしまったのだから。夫の還るあても、今となっては無いに等しいだろう。これから先、どうなっていくのだろうか。


 うわさでは、数日前にも、空間破砕攻撃があったそうだ。いくつもの黒い突風が、世界のあちこちで荒れ狂ったらしい。


 ただ、奇妙なことに、それらは高い成層圏や、海上や、あるいは地中深くで炸裂したそうだが。地殻の岩盤を砕かれたところでは、狭い範囲での地震が起こったそうだが、それ以外での被害はなく、いったい敵がなんのために、そんな無意味な攻撃をしたのか、誰にも見当がつかなかった。


「おかあさん、はやくおうちにかえろうよ」


 子供の声は、とても切なく耳に響いて、その若い母親は、とても本当のことなど言えなかった。ふいに浮かびそうになった涙を抑え、むりやりに笑みを浮かべて、曇りのない澄んだ瞳をしたわが子の顔を見下ろす。


「そうね。……もうちょっと、がまんしてね。いい子だから。……もうすぐ、お家に帰れるからね」


 しょせんは気休めにすぎないとわかっていたが、母親はそういった。


「いつ?」

「もう、すぐよ」


 語尾が震える。母親はとうとう耐えきれず、目尻からこぼれ落ちる涙を、わが子には見られまいと顔をあげた。

 いつしか雲の切れた空には、七色の光の瀑布がかかり、その美しく炎える虹の彼方に、二羽の白い鳥が寄り添って舞っているのが見えた。




                              終

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