memorial summer ②
浜辺での大騒ぎ。皆で花火大会。だが沙綾=ヌアサの様子がどこかおかしい。なにがあるのだろうか……。
砂浜に戻った健吾と沙綾は、波打ち際で遊んでいる級友達のうち数人と海の家に入った。沙綾が海の中にいれば、それだけ比重の違いに気付かれる可能性が出てくる。それは出来る限り避けたいのだった。
皆テーブルにつき、思い思いに注文する。男子は飲み物が多いが、女子は揃ってかき氷だ。このあたり、男女の好みの違いなのだろう。
注文した品が届くやいなや、女子は大騒ぎである。氷がふわふわだの色が可愛いだの、よくこれだけ騒げるものだ。
「おい、色が可愛いってなんだ?」
「俺に聞くな本人に聞け」
「いや、それは危険だな。一斉に攻撃されかねんぞ」
男子は野暮を承知で愚痴るしかない、そんな雰囲気に支配されていた。その中で一人だけ、健吾が異なる感慨をもって女子を、いや沙綾を眺めていた。
――こうして見たら、つくづく普通の女の子なんだよなぁ。異星人なのに。この分だと、地球で暮らしていっても誰ひとり気付かないんじゃぁ――
男子の中でこれまた唯一注文したかき氷を食べながら、そんな事を考えていた時である。突然背後に異様な気配を感じた。
「み~ま~さ~か~!」
「うお! 竹本、てめぇ生きていたか!」
「当然だ! 俺があの程度で死んでたまるか!」
まるで戦士の会話だが、当人達は至って真剣である。
「美作! 貴様また湯浅さんをいやらしい目で見ていたな! この変態め変質者め変態色魔め!」
「バカ野郎! てめぇと一緒にすんな!」
級友達もなだめるのに飽きたのか、この二人のやり取りを面白がって見物している。
「しかもだ……」
竹本が健吾のかき氷をじろりと睨みつけた。
「貴様がブルーハワイだぁ!? 十年早いわ!!」
「俺が何を食おうが勝手だろうが!!」
ふんと鼻をならす竹本の後ろに下級生の男子が二人やってきて、後ろ手に組んで並んだ。筋肉質な体つきは、体育会系の部に籍を置いている証拠だ。
「いいか、貴様なんぞドブネズミ味のかき氷でも食っていればいいんだ!」
「無茶言うな! どこの世界にそんなもんがあるんだ!」
「無ければ作るまでよ!」
無駄にかっこいいセリフを口にした竹本が後ろを振り返る。
「重近! 斎藤! そこら辺からドブネズミを一匹捕まえて来い! そいつの生血をかき氷にかけて美作に食わせてやる!」
「残虐行為はやめろおぉぉぉ!」
下級生二人が気合の入った返事をして駆け出していく。そして店のオヤジも肩をいからせてやって来た。
ズキズキと痛む頭を擦りながら健吾が海辺を歩いていく。結局あの後、健吾と竹本、二人の下級生がそろって店のオヤジにぶん殴られたのである。
「あんなに騒いでれば殴られるわよ。バカなんだから……」
「あれが俺のせいかぁ?」
くるみに正論を言われても、健吾は納得がいかない。当然である、完全に言いがかりだったのだから。竹本達が姿を消したのは幸いだが、まだ油断はならない。どこに潜んでいるか分からないのだ。
沙綾がくるみの後ろについて来ている。くるみもスタイルはいい方だし、明るいグリーンのビキニに丈の短いラップスカートという、人目を引く出で立ちだ。だが視線は沙綾に集中してしまっていた。だが沙綾もくるみも、そんな事は全く気にしておらず、何故か健吾だけが気にしているのだった。
それが果たしてくるみの立場を気にしての事なのか、沙綾の正体に気付かれる可能性を危ぶんでの事なのか、健吾自身も判然としないのだった。
波打ち際で遊んでいた級友達と合流し、先程の出来事が同行していた者達から語られて大笑いされる。
「いや、皆そうやって笑うけどな……俺の立場になってみやがれ! 笑えんぞ!」
「いや美作、自分の立場が分かってないのはお前だ」
普段はおちゃらけている追川が、珍しく真面目くさった表情で言う。
「……どういう事だ?」
「やっぱり分かってないか。要するにだな……」
追川が軽く咳払いして、身振り手振りを加えて解説した。つまり健吾にはちゃんと彼女がいるのに、何故か沙綾と特に親しい。学園の圧倒的ナンバーワン美女の沙綾とだ。少なくとも周りにはそう見える。沙綾が一対一で話す男子は健吾以外にはいないからだ。しかもその頻度が高い。大会の応援にも行っているし、他にも多々目撃されている。なのにくるみとの仲も良好なまま。別にモテモテ君なわけでもない健吾が何故? そうなるのも当然だ。ましてやあの妙な会の連中なら尚更……というのだ。
「……う~ん、何と言うか……」
「まぁ別に妬くわけじゃないけど……最初で最後のモテ期だ、諦めて連中に付き纏われとけ」
「うるせぇ! いらん世話だ!」
追川の余計なひと言のおかげで、その場は笑って済ます事ができた。だがこの先、いつまで誤魔化す事が出来るのだろう。そう思うと、少しだけ気が重くなる健吾だった。
その後もビーチバレーモドキや水遊びで、あっという間に時間は流れて行き……夕暮れが近づいてきた。結局、沙綾が怪しまれる事も、竹本達が舞い戻ってくる事もなかった。極めて平穏に、かつ楽しく過ごす事ができたのである。
シャワーを浴びて着替える順番を待つ際、健吾はやっと沙綾と二人で話をする機会ができた。
「あれから竹本達が来ねぇな。そう簡単に引き下がる玉じゃねぇ。もしかして……」
「そう、これよ。使うのは久しぶりね」
右手首に白いブレスレットが輝いていた。これで竹本達に「安全に帰宅する」よう暗示をかけたのだった。
「それか……礼を言っとくべきかな」
「ううん、いいのよ。彼らが居たら居たで楽しいけど……今日はちょっとね」
そう言って沙綾は視線を空に向けた。大きく美しい瞳が、少しだけ寂しげな光を湛えていた。
日暮れと共に場所を移し、皆で花火大会となった。それぞれ思い思いに光の花を咲かせていく。独特のにおいと煙が立ち込める。その光景を沙綾は珍しそうに眺めていた。
「どうしたの? 沙綾ちゃんもやろうよ、ほら」
くるみが花火を手渡すと、おっかなびっくりといった様子で、なんともぎこちない。
「もしかして……花火は初めて?」
「うん、バンクーバーじゃ花火が禁止なのよ」
「本当!? それはまた……」
「花火大会はあるけどね。個人では基本的に禁止なの。一応五月のビクトリアデーと七月のカナダデー以外は販売もしてないし……ほとんど初めてなの」
国が違えば事情が違うものだ。火災への備えなのか環境への配慮なのかは分からないが、花火初心者とくれば――
「ならこれだな」
健吾が取りだしたのは線香花火だった。
「これぞ日本の心! ほらくるみも」
健吾とくるみと沙綾は揃ってしゃがみ、火をつける。小さく儚い光の花が瞬いては消えていく。派手さも華やかさも無いが、何故か印象に残る。健吾はそんな線香花火が好きだった。
「可愛いわね。こんな花火もあったんだ……」
「まだまだ。この花火の神髄はこっからだ。いいか……」
火薬が燃えて玉になっていき、その球から小さな火花が飛び続ける。玉が燃えるじりじりとした振動が、持ち手を通して伝わってくる。花火を揺らさないよう慎重に持っていたが、終わりの時がきた。
「あ……」
玉がぽとんと落ち、砂の上で急速に輝きを失っていった。僅かなオレンジ色の光は、沙綾の小さな声と共に、海辺の風に消されてしまった。
沙綾はそのまま動かず何も喋らず、光を失った玉を見つめていた。
「ね、沙綾ちゃん、少し悲しいでしょ。この花火」
「うん……可愛くて儚くて……なんだか切ないね。不思議な花火」
吹き出し花火もいいし、ロケット花火もいい。健吾自身も、小さい頃は打ち上げ花火のパラシュートを追いかけて走ったものだ。そういった華やかな楽しさは誰でも分かる。だが、線香花火の良さを理解できない外国人もいるという。
なのに異星人の沙綾が、線香花火のよさをしっかりと理解していた。いい奴だとは分かっていた。だが、しっかりと理解し合えたのかと言うと、まだ疑問符がつく。でもきっと、線香花火の儚さや切なさが分かる心があるのなら、いつかきっと。分かりあえる日が来るのではないか――健吾はそう思った。
そして沙綾はその日、最後まで線香花火を続けたのだった。
帰宅後、健吾はトレーニングウェアに着替えた。帰り際、沙綾からいつもの場所に来てくれといわれたのだ。大事な話があると。
いつも通りのコース、いつも通りの走り。しかし、今夜は少し違う。胸の奥に妙な感覚があった。何か締め付けられるような、逆に何かが吹き出すような奇妙な感覚。これまでに感じた事が無いものだった。
健吾は走りながら考える。今日の沙綾の言動。急に企画した海水浴。もしかすると――いや、幾らなんでも急過ぎるし早すぎる。大した調査になってないじゃないか――様々な考えが浮かんでは消える。そんな思いを払拭するように走り続け、いつもの古墳に辿り着いた。
人目に付かないように登っていき、奥に目をやると――松の木の枝に沙綾=ヌアサが腰かけていた。初めてここで会った時と同じだ。服装もあの時と同じ、白のタイトなワンピースとブーツ。
ヌアサが音もなく、羽のように舞い降りた。これも初めて会った時と同じだ。全て同じ――そう思っていた。だが一つだけ違った。下から見上げていては気付かない。ヌアサは頭に小さな白いリボンを付けていた。その変化が何を意味するのか、健吾には測りかねた。
「待っていたわ」
「また急に、どうしたんだ?」
ヌアサは手を後ろに組み、少しだけ視線を落とした。
「私ね……帰る事になったの」
「な……!」
「正確にはここでの調査を終了して、次の惑星へ……」
「なんでだよ!」
ヌアサの言葉を遮って健吾が声を荒げた。まだ何も終わっていない。ほんの四カ月程度で自分達の事を分かったつもりなのか。自分達はそんなに薄っぺらくはない――思いの限りを言葉にした。
健吾はようやく分かった。どうしてこんなに別れたくないのか。恋人同士の別れとは違う、友人同士の別離のような感覚。――ああ、そうだ。秘密を共有し、ぶつかり合ったり仲直りしたり。様々な騒動に巻き込まれ、敵に襲われて月まで逃げたり。楽しかったんだ――やっと分かった。自分はヌアサとの時間が楽しかったんだと。迷惑に思ったり困ったりしながらも、少しずつ分かりあい一歩ずつ前進していく。その実感があったのだ、だからこんなに別れが辛いのだ。その思いを残らず込めて振り絞る。
「せめて! 俺達が卒業するまでいろよ!」
ヌアサが胸の前で手を握り締める。
「私だってそうしたい……」
「だったら!」
「もう時間が無いの。状況が変わったのよ……」
「まさかデミウルゴス人か!?」
「いいえ、それはもう終わったの」
月から帰還した後、報告を受けた元老院ケテルは問題を重視し、本格的な対デミウルゴス作戦を議決。星主アイン・ソフに奏上し、これを認可したアイン・ソフは銀河連盟に訴えた。評議の末デミウルゴス討伐が決定した。現在は連盟加盟星全体で大規模な対デミウルゴス包囲殲滅作戦が遂行中だった。
「なら一体何が問題なんだ?」
「イェソドの――貴方達のいうベテルギウスの爆発が、予想よりも早そうなの」
科学技術院ビナーの予想では、あと二百年程度と見積もっていたが、その後の調査で半分もない事が判明したのだ。
「ゆっくりとしていられないの。一刻も早く確実な――」
「でも! ヌアサ一人ぐらいはいいだろ!」
無理なのは分かっていた。ただの子供の我儘だ。その証拠に、ヌアサの目をまっすぐに見る事ができない。自分の足下へと、目を逸らしていた。でも言わずにはいられないのだ。
ヌアサは泣き笑いのような顔をしていた。子どもの我儘を聞いてやれない慈母のような、弟につきあってやれない優しい姉のような表情を。
「ありがとう。でも無理なの……」
そっと歩み寄り、健吾を抱きしめた。
「この惑星に住む人達は不思議ね。情熱的で優しくて、頑張り屋で面白くて――誰もが精一杯に生きてるのがわかるわ」
「ああ、そうだ。ダラダラしてるように見える奴らだって、頑張る時は頑張ってるんだ」
普段はダラダラしている連中を嫌っている健吾だが、この時は何故か「あいつらだって頑張っているんだ」と思えた。きっとそうなのだろうし、少なくともこの時だけは素直にそう思えた。
「じゃぁ行くね。時間だから……」
「もう行くのか!?」
いつの間にか頭上にアムルタートが停まっていた。電子障害を起こさぬよう、かなりの高度に停めてある。
「ハルワタートに戻ったら、皆の記憶から私の事は消えるようにしてある。他の事も後は心配しないで」
「ちょっと待てよ! そんな勝手な事って!」
「駄目よ、決まりなの……」
ヌアサが健吾から離れて歩き出す。
「冗談じゃない! 忘れてなんかやるものか! 俺達が思い通りになると思うなよ!」
健吾は自分が少し涙声になっている事に気づかなかった。振り返ったヌアサの目は、少しだけ涙で濡れていた。
「やれるものならやって御覧なさい。そして……」
アムルタートから光の筒が降りてきて、ヌアサを包んだ。
「貴方は貴方らしく生きていきなさい」
健吾が光に駆け寄った。
「忘れてなんかやらないからな! 覚えとけよ! 絶対だぞ!」
ヌアサの体が舞い上がり、微かな声がかろうじて健吾の耳に伝わった。光が空間を固定してしまったせいで、声が伝わりにくくなってしまったのだ。光の筒を叩く健吾の手も、もう空しくはじき返されてしまう。
上空に登ってしまったヌアサの姿がおぼろげに見える。いつも見ていた姿なのか、それとも本来の姿へと戻ったのかは分からない。そんな事はどうでもいい事なのだろう、健吾はそう確信した。間違いなくヌアサと自分は心が通じ合った。異星人同士であっても、互いに理解し合おうとすれば、決して不可能ではない。
人間は捨てたものではない。
「だったら――できるよな。自分らしく生きるってのが」
アムルタートが飛び去った。見送った健吾は古墳を下りて行く。一つの別れを経験し、大人への階段を一つ上がった少年は、ヌアサが最後に残した言葉を胸に前を向いて歩いていく。
――私はこの惑星が大好きよ――
<完>
これにて完結です。
ほぼ一年お付き合い頂き、有難うございました。
まだ暫くは手直ししていくと思います。
宜しければ次回作にもお付き合い下さい。
読んでいただき、本当に有難うございます。




