memorial summer ①
月から帰還した健吾とヌアサ。やっと日常に戻り、受験に向けて生活を切り替える。
そんな日々の中、ヌアサ=沙綾の提案で息抜きとして皆で海に行く事になった。大はしゃぎの仲間達。
願わくば、この楽しい時が終わりませんように……。
月から帰還し帰宅した健吾は、いつもより三十分程しか遅れていないという事実に、驚きを隠せなかった。取りあえず中学時代の旧友に出会い、立ち話をして遅くなった事にした。
とは言うものの、あれだけの事が僅かな時間で起こったとは信じられない。だが事実は事実なのだ、受け入れるしかない。
マルクト人とデミウルゴス人との抗争については、ヌアサは何も語らなかったし、健吾も自分から問う事はしなかった。健吾は健吾で自分には何もできないと分かっていたし、もしも何かあるならヌアサの方から言って来ると思っていた。「信頼」と呼べるものが、徐々にではあるが形作られてきていたのだ。
ヌアサの方は健吾を巻き込んではならないと決意しており、そういう命令を受けていた。それを実行する為に最適な手法は――この件について関心を持たせない事。そう理解していた。故にヌアサの方からも、デミウルゴス人に関する事は一切口にする事はなかった。
そして月日は流れる。梅雨が終わり夏休みが来る。受験を控え、その後には卒業が待っている身分としては、勉強に本腰を入れねばならない時期だ。
「でも息抜きも必要でしょ?」
と、珍しく沙綾が学校で提案し、皆での海水浴が実現したのである。都合があう3-Aの級友八名と、その近しい者十二名。合計二十名の大所帯である。
「出来るだけ大勢で行きたい」
という沙綾の希望に沿う形になったのだった。もちろん健吾と彼女のくるみも同行する。メンバー全員が集まり、日取りや待ち合わせの段取りを決めている間、健吾一人だけが不審な表情をしていた。ヌアサ=沙綾が突然こんな事を言い出したのは何故か? それが引っ掛かっていたのだ。
地球に慣れたと言えばそうなのかも知れないが、どうしても健吾は唐突感が拭えなかった。事実、今も沙綾は出来るだけ早くしたいと主張している。何をそんなに急いでいるのか――それが気になって仕方ないのだった。
いくら気になっていても、正面から聞くのも野暮だ。そのうちハッキリするだろう――そう高をくくっていた。
後に分かる事だが、それは正解だった。
海水浴は八月一日と決まった。当日、一行は午前八時に地元駅で待ち合わせ、ローカル線に乗り、途中の駅で残りのメンバーと合流。海水浴場最寄りの駅からバスに乗り換えて到着した。
青い空と青い海。白い砂浜と白い雲。右手には小高い松林が、左手には小さな防波堤があり、外海から来る波をうち消している。そして果てしなく続く波の音と華やかな歓声。短い命を爆発させるかのような蝉の鳴声。なによりも目を貫くような日射し。溢れんばかりの夏がそこにあった。
「ねぇねぇ沙綾ちゃん、カナダでもこんな海水浴ってするの?」
健吾も忘れかけていたが、沙綾はカナダからの帰国子女という事になっていたのだ。健吾を含め、誰もカナダの生活を詳しくは知らない。くるみの質問を聞いていた者はそろって沙綾に視線を向けた。
「私がいたバンクーバーでは、こんな風に海水浴をしていたわね。ビーチによってファミリーが多かったり若者が多かったり――住み分けしているような感じかな。湖がある州では湖水浴だったりね」
湖水浴とはオシャレなかぎりであるが、北欧とかカナダなら確かにありそうだ――という事で皆納得した。日本でも琵琶湖ならあるかも知れない。
お喋りしながら浜辺を歩き、空いている場所を見つけレジャーシートを広げて陣取る。手荷物を置くやいなや、一斉にTシャツやジーンズを脱ぎ水着姿へと変わる。男子は特に変わり映えしないが、やはり女子たちは華やかだ。色とりどりの花が咲いたように世界が変わる。中でも沙綾は一際目立つ。白のハイレグワンピースだが、胸元から腰にかけて大胆なスリットが斜めに入っている。胸の谷間も露わなデザインだ。それが日本人離れした体型を際立たせていた。
だがそれも女子同士の「水着の褒めあい大会」が開催されている間は、男子禁制の世界である。当面女子の水着姿を拝めない男子がやる事と言えば――バカな事に決まっている。。
「――じゃ、参加者は全部で五人だな」
「OK、じゃいこうか!」
健吾や中村含め、五人の男子がビーチサンダルの上に足を乗せて身構える。
「いっせーの、せ!」
掛け声とともにジャンプして焼けた砂の上に『裸足で』着地。そして――
「うあっちゃぁぁっぁぁぁ!!」
中村、内田、宗政、追川の四人が脱落した。レジャーシートやビーチサンダルの上に転がり込む。残ったのは健吾だけだ。
「へへ~、お前ら足の裏の鍛え方が軟弱過ぎんだよ! じゃ、コーラとかき氷と焼きそばとスイカ! お前らのオゴリだからな!」
「くっそ~、なんでお前だけそんな平気なんだよ」
「神経無ぇんじゃねぇの?」
口々に文句を並べていた時、中村が気付いた。健吾の足がくるぶしの辺りまで砂の中に埋まっていたのだ。つまり……熱くない層まで足をねじ込んでいたという事だ。平気な筈である。
「……美作よ、こ・れ・はどういう事だ?」
「あ、いや……出来心ってヤツ……かな?」
当然許されるわけもなく、四人がかりで健吾の両手足をつかんで波打ち際まで連行していく。
「よーし、ここなら誰もいないな。いくぞ! い~ち、に~の……さん!」
見事に息を合わせて健吾の体を海に投げた。見事な放物線を描き飛んでいく。
「おわぁぁぁぁぁぁ……」
と情けない悲鳴と派手な水しぶき、そして鈍い水音をあげて着水した。
「バカねぇ……すぐバレるような事するから」
健吾はくるみ達女子から呆れられながら、黙々と罰ゲームに挑んでいた。海の家で一番きつそうな組み合わせを、自腹で食べさせられているのである。品目はメロンソーダとおでんだ。
「しかし、この組み合わせは最悪だな……見た目の時点で」
中村がしみじみと言った。確かに目にも鮮やかな緑色のメロンソーダと、茶色く染まったおでんの組み合わせは色彩感覚への破壊力が凄まじい。
「いや、味もかなりのもんだろ。わざとらしいメロン味と醤油ベースのしょっぱさがぶつかり合って……口の中はえらい騒ぎだろうな」
内田も完全に他人事だ。そんな観衆の反応に健吾も半ギレする。
「てめぇら! 他人事だと思いやがって! 俺がどんな思いで食ってると……」
「自業自得って言葉を知っているかね? 美作よ」
宗政が肩をギリギリと握りあげながら聞いてくる。
「ああ……聞いた事があるな……」
悲鳴をあげないのは健吾なりの意地だろう。だが宗政が手を離したあと、真っ赤な手形が肩に残っているのを見た級友達は、言葉を失っていた。
意地になって全て平らげ、おでんの汁まで飲み干した健吾が両腕を突き上げて勝利を宣言した。
「やったぞ! 俺はまた一つ試練を乗り越えた! この世の不条理に打ち勝ったのだ!!」
「無駄に前向きな野郎だな。不条理とはいい度胸だが……まぁおでんの汁まで飲んだから許してやろう」
イカサマの被害にあいかけた男子達は相変わらず厳しいが、取りあえず許しが出た。となれば、あとは一斉に海に突撃だ。
「ぃやっほうぅぅぅ!」
派手な歓声、水しぶき。泳ぐもの、水をかけあうもの、ビーチボールで遊ぶもの……思い思いに夏の海を楽しむ。くるみが他の女子とビーチボールで遊んでいる間、健吾は沖に泳いでいく事にした。少し泳ぐと、イルカ型のフロートに乗った沙綾とはち合わせた。
「なんだ、一人で漂流か?」
「長谷川さんに借りたのよ。少し日に焼きたいから使ってって」
それはいいとして、こんな形のフロートに跨りもせず、横座りで平気とは大したバランス感覚である。取りあえずフロートの尻尾に掴まろうとした健吾は気付いた。フロートの喫水がやけに深いのだ。
「おいこれ……空気が足りないんじゃないのか?」
「そんな事はないのよ。実はね……ここだけの話だけど、私達の体はね」
沙綾が周りを警戒しながら、そっと告げる。
「地球人よりも比重が高いのよ」
「なぬ!?」
身長がやや高めなので、女子達には体重を五十一キロといってあるが、実際には八十五キロ近くあるのだ。ざっと地球人の五割増しである。これでは水に浮かぶはずもない。
「体を中空構造にすれば浮かぶけど、そうしたら風船みたいな体型になっちゃうしね……」
「合体変形ロボかお前は……」
確かに今さら風船体型の沙綾は見たくない。だがこれで空気が抜けようものなら一大事である。とにかく岸へ戻ろうとフロートを引っ張って泳ぎだした時である。
「み~ま~さ~か~!」
おぞましい声と共に、背後から怪物があらわれた。怨念のこもった声をあげた怪物は、「湯浅沙綾を崇める会」の会長に収まった竹本だった。
「おま……なんでお前がここに!?」
「黙れ! 俺達の目を欺けるとでも思ったか!」
健吾に太い指を突き付けてまくしたてる。
「貴様、今湯浅さんをどこかに連れて行こうとしていたな! 人気の無い所に連れ込んで不埒な行為に及ぶつもりだったろう! そうだそうに違いない! そうに決まっている!」
「沈め!」
一喝して竹本の頭をつかんで水中に突っ込み、容赦なく全体重を乗せて沈める。
「さ、行くぞ」
「うん」
健吾は水面に浮上して息を荒げる竹本を放っておいて、岸へ向けて沙綾の乗るフロートを引っ張って行った。
次回 最終話(の予定)!




