chase ②
ヌアサと健吾デミウルゴス人と遭遇し、攻撃を受ける。果たして二人の運命は?
翌日の学校でヌアサは、健吾に夜になったらいつもの場所に来てくれと告げた。ヌアサの方から呼び出したのは、最初の時を除いてはこれが初めてだった。この時健吾は何か嫌な予感がしたのだが、ヌアサが「大事な話だから是非来て欲しい」というのでは仕方ない。やむなく応じる事にしたのだった。
しかしヌアサが何時になく深刻な表情をしていたのを思い出し、何があったのかと考えてしまう。「まさか愛の告白か!?」と心の片隅で期待しないでもない。そういう年頃なのだ。だが本気で期待するほど脳天気でもない。なによりも彼女は異星人であり、途轍もなく年上なのだから。
きっと何か深刻な事態が発生したに違いない。学校で話せないのなら、きっと異星人としての何かだろう。或いは本星で政変でも発生して事情が変わったのか。いずれにせよ事情を説明してくれるだろうから、それを聞けばいい――健吾はそう考えて夜を待つ事にした。
いつものランニングの時間になり、トレーニングウェアに着替えていると再び嫌な予感に襲われた。何かに背中を引っ張られるような感覚。これは健吾が今までに感じた事のない、初めての感覚だった。初めてなのに「嫌な予感」と断定できるのは、強い嫌悪感を伴っていたからだ。
「正直、行きたくねぇな……けど約束しちまったもんな、仕方ねぇ」
健吾の律儀な性格が災いしたと言える。予感が外れてくれる事を祈りつつ、月明かりが照らす夜道を走りだした。
いつものコース、いつものペース。しかし疲労感だけはいつもの倍だった。言うまでもなく嫌な予感のせいだ。気の乗らないトレーニングほどしんどい物は無い。だが約束した以上は必ず行く。健吾はそういう性格の少年なのだ。
重い体を鼓舞していつもの場所――作山古墳――に着き、斜面を登っていく。頂上に辿り着いて奥方向に目を向けると、杉の枝にヌアサ=沙綾が腰かけていた。初めてここで会った時以来の事だった。二度目以降は、いつも健吾が来てから個人挺アールマティで降りてきていたのだ。
健吾の姿を確認したヌアサがふわりと降りて来る。活動的なジーンズとTシャツというシンプルな出で立ちだが、スタイルと顔立ちの良さからか、それだけでも華がある。
着地したヌアサが珍しく性急に話し始めた。
「早速なんだけど、少々不味い事になってきたの」
「不味い事?」
いきなりそう言われても、当然ながら健吾には皆目見当がつかない。鸚鵡返しにするしかなかった。
「そう、とても不味い事。そうね、まず……この宇宙は決して平和ではないと覚えておいて」
「はぁ……」
いささか気の抜けた返事になってしまったが、気を取り直した健吾は頭の片隅で考えてみた。宇宙空間を行き来するような文明なら、精神レベルも高そうなものだ。わざわざ争い事を起こすような真似をするのだろうか?
それに対してヌアサの答えは――
「残念ながら、文明レベルと精神レベルがマッチするとは限らないのよ。文化の方向性もまちまちだしね、それに沿った形で文明が発展していくだけよ」
そして自分達は科学的な探求の為に宇宙へと進出して行ったが、そう遠くない星系に闘争の為に活動範囲を広げた種族がいる事が不運だったと語った。その種族はソフィア星系第二惑星デミウルゴスに生まれた者達だった。
彼らにとって生きる事とは戦う事だ。自分達の惑星内で戦っているだけならまだ良かった。無数の犠牲が出る事は確かに悲劇だが、自分達で選んだ結果である。だが、それが他星系にまで及ぶとなれば話は別だ。被害を受ける側としては、何らかの手段を打たなければならない。
マルクトは基本的に自衛の範囲内でしか戦わない。侵略行為をしないのはもちろん、防衛戦争しかしない方針だが、他星系もそうとは限らない。徹底抗戦を選ぶ種族もいる。そうした種族とも戦ったデミウルゴス人は、殲滅戦にまで発展した敵を今も複数抱えている状態だ。
健吾はヌアサの話に驚きを隠せなかった。そんな種族が居る事についてもだが、殲滅戦――敵を根絶やしにする事だ――を同時に複数とやって持ち堪えている事が衝撃だった。そういった方面に疎い健吾でも、それがどれほど凄い事なのかは想像がついた。
「そんな事をして、よく絶滅せずにやってこれたもんだな。そのデミウルゴス人って奴ら」
「戦うためだけに文明を作り上げた種を甘く見てはいけないわ。彼らは戦闘の為ならば、どんな苦難も厭わない。肉体の改造、クローン兵士の製造、環境破壊が進んだ劣悪な環境下での耐久……意外かも知れないけど、戦闘に必要な兵器の開発の為とあれば、どんなに地味で退屈な研究でも平然とやってのけるのよ。彼等は」
「研究なんざ、一番縁が無さそうな連中がか……」
「それをやれるからこそ、彼等は脅威なのよ。幾つもの種族にとって」
それは分かった。しかしそれが自分と何の関係がある? そう言おうとした健吾は閃いた。
「おい、もしかしてそいつ等が地球へ……」
「……そう、やって来たの。仲間の調査員が一人、被害に遭ったと報告が来たわ」
健吾の顔から血の気が引く。まさかそんな連中が来ていようとは。そして目の前にいる少女の仲間が被害に遭ったとは。そう簡単に信じられる話ではない。だが、今更彼女が自分を騙した所で何の意味も無いのも確かだ。そう考えれば分からなくはないが……。問題は『それでどうするのか』だ。健吾は質問をぶつけた。
「で、そのヤバい連中相手にどうするんだ?」
「兎に角、健吾君の安全を最優先します。場合によっては非常手段――アールマティやアムルタートへの収容――もあり得ます」
そこまで危険な事態になっていたとは。健吾の危機感が否応なく増していく。――だが待て、自分だけが危険な目に遭うのか? そんな奴らが来たのなら、無差別攻撃もあり得るんじゃないのか? ――と、当然の疑問が湧きあがる。
「俺だけが狙われるって風に聞こえるぞ? 皆まとめて狙われる方が自然なんじゃないのか?」
「そう、その可能性が高い。私達マルクト人が殺された後で……ね」
考えてみればそうだった。戦う為に進化してきた異星人にとっては、地球の軍事力など問題にもなるまい。遥か彼方の星からやって来れるというだけで、勝敗は火を見るよりも明らかだ。ならば当面の邪魔者は彼女達マルクト人になる。そしてヌアサの身近にいる健吾は、地球人の中では最も危険に巻き込まれる可能性が高い。
「そうなると俺もヤバいって事か……」
「私達も勝手に任務を中断する訳にはいかないしね。出来るだけ距離は取るようにするわ、学校にもあまり行かない方がいいわね」
そこまでする必要があるほどに危険な相手なのだろう。聞くと中枢母艦には武装もちゃんと有るらしいが、個人用の艦艇には武装が無いという。個人が襲われれば逃げる以外に打つ手が無いという事だった。
健吾が何と言えばいいのか少し考えていた時、突然強烈な悪寒に襲われた。その直後、僅かに二人の足もとが震えた。何かと思って下を見ると、斜面に拳大の穴が二つ穿たれている。ヌアサが驚きの声を上げた。健吾がヌアサの視線を追うと、その先に異様な物体が浮かんでいた。上下に大きく膨らんだ柳葉型のボディ。その周囲を廻る幅狭の翼は先端が上に反っている。そして飛行物体の表面は黒光りする金属光沢で覆われていた。
健吾にはその飛行物体の無機質な外観が、ニヤリと笑ったように見えた。次の瞬間、飛行物体の先端から透明な『何か』が二筋飛んできた。それは健吾の体をかすめ、後ろの斜面へ拳大の穴を再び穿った。
その過程で健吾は見ていた。『何か』が飛んでくる軌跡が陽炎のように揺らめき、その向こう側の景色が歪んでいたのを。
「健吾君こっち! 急いで!」
ヌアサの叫び声で我に返り、導かれるままに古墳の奥の方へと全力で走る。あの飛行物体が何なのかはまだ分からないが、いきなり攻撃してきたのだ、迷う暇などありはしない。
古墳最奥部にアールマティが駐機しているのが見えた。ヌアサが健吾の背中を突き飛ばす。
「乗って!」
ぶつかる! と目を閉じた健吾の体は、水の膜を潜るような感覚を感じただけで船内に立っていた。セラミックを思わせる質感の内装は素っ気なく、中央に馬の背状のシートらしき物があり、その先端部にはパネルのような物が左右に付いていた。
「座って! 早く!」
続いて入って来たヌアサが、馬の背シートに跨りながら指示する。健吾は言われるまま、同様に跨る。
「掴まって! 飛ぶわよ!」
「あ、ああ」
バイクでタンデムする時のように、ヌアサの腰に手を回す。考えてみればヌアサの体に触れるのは初めてだった。温かくて――柔らかい。普通の女の子と同じだ。それにいい匂いがする。
少年らしい感慨に耽る暇もなく、かすかな唸りが船体から響く。同時に壁が透明になり、視界が開けた。
「うお!」
健吾の驚きなど構う様子も見せず、パネルに両手を乗せたヌアサが体に力を込める。
「行くわよ!」
「おう!」
健吾に否やは無い。その瞬間、一気に地上が遠ざかった。
「うおお!?」
「大丈夫! 落ちないから!」
動揺する健吾をなだめながらヌアサは操縦し続ける。一気に地上数百メートルに上昇し、西へと進路をとり高速で飛翔する。
「やっぱり追ってくるわね」
前面に映しだされたデータを見ながらヌアサが呟いた。
「なぁ、あれがさっき言ってた……」
「そう、デミウルゴス人。その小型戦闘艇ヒューリコイよ」
そう言っている間にも、何度も攻撃を受ける。直撃は無いものの、先ほどと同じ透明な何かが前方まで飛んで行くのだ。ヌアサはそれを「空間振動砲」だと説明した。空間そのものを高周波数で振動させ、物質を分子レベルで崩壊させる兵器なのだと。
「ヤバいな、確か――逃げるしか無いんだったよな?」
「そう、武装は無いからね! 貴方達のいうバリヤーは展開してるけど!」
ヌアサの危機感はいや増していく。自分を狙わず健吾を狙っている。これは恫喝だ、犠牲が出るのをこちらのせいにする気なのだ。ヌアサはそう看破していた。
デミウルゴス人は犠牲を出す事を躊躇わない。むしろ出そうとしている節さえある。徹底的に相手が嫌がる事をして、開戦に導くのがいつもの手口だった。ならば今回は――ヌアサは結論した。自分達が保護すべき観察対象に危害を加える気なのだと。殺害にまで発展するかどうは分からないが、いずれにせよ無傷で済むとは思えない。
「冗談じゃない、させるもんですか!」
ヌアサは決意を込めてアールマティを加速させた。
長くなったこのシリーズ、やっと佳境に入りました。更新ペースが遅すぎますね。もう少し時間があれば……と言いわけしています。




