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「男子が2割の世界で普通にしてたら、どうやら大問題らしい」   作者: ゆう
5章

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第7話「澪の質問」

第7話「澪の質問」


放課後の生徒会室。

パチン、とホッチキスを打つ乾いた音が、静かな部屋に等間隔で響く。

窓からは燃えるような夕日が差し込み、長机の上に二人の影を長く伸ばしていた。

「……ゆうさんは」

隣でペンを走らせていた澪さんが、ふと手を止めた。

視線は手元の資料に向けられたままだが、その指先がわずかに震えている。

(ゆうさん、か。呼んでくれた)

まだ耳に馴染まない響き。

でも、その一言に込められた、彼女なりの踏み込みを僕は感じていた。

「なに」

「……なぜ、私をそのように扱うのですか」

澪さんが、磁石に引かれるようにゆっくりと顔を向けた。

その瞳は、何かを切望しているようでもあり、同時に壊れ物を恐れるようでもあった。

「そのようにって、どう」

「……白河の名や、あなたが距離を置くべき立場にある女性としてではなく。ただの、私として」

(ああ、そっちか)

この世界の男たちが、白河家の人間に対して向けるのは「服従」か「恐怖」だ。

そうでなければ、特権階級である彼女に取り入ろうとする、魂の透けた「媚び」だけ。

「皆様、私の背後にある『白河』という名前しか見ておられません。あるいは、決して汚してはならない置物のように……。私自身を、名指しで呼んでくださる方など、今まで一人もいなかったのに」

(この人、ずっと一人だったんだな)

「白河家」という巨大な影の陰で、彼女自身は一度も光を当てられてこなかったのだろう。

僕に向けられるその視線は、あまりに無防備で、幼かった。

「……揺るがないのですね。周囲の視線も、私の立場も、あなたの前では意味をなさない」

「意味をなさないんじゃなくて、俺がそうしたいだけですよ。相手が誰だろうと、自分が接したいように接する。それだけです」

僕は正直に答えた。

前世の感覚があるからだけじゃない。

この歪な世界に無理に合わせるより、自分の心地よいやり方を通す方が、僕にとっては自然だった。

「……ふふっ」

一瞬、耳を疑った。

鈴を転がすような、涼やかで、それでいてひどく不器用な音。

「……っ」

澪さんが、慌てて両手で口元を覆った。

でも、その隙間からこぼれる瞳は、かつてないほど柔らかく細められている。

(笑った)

「……おかしいですね。そうしたいだけ、だなんて」

俯いた彼女の肩が、小さく揺れている。

それは、完璧な淑女として訓練された「外行きの微笑」ではない。

堰を切ったように溢れ出した、ただの女の子の笑顔だった。

(初めて見た)

「でも、救われます。その身勝手さに。……ゆうさんにそう見られることが、これほど心地よいとは思いませんでした」

澪さんは手を離し、頬を赤く染めながら、僕をじっと見つめ返した。

その顔は、夕日のどんな光よりも鮮やかで。

(笑うと、こんな顔なんだな)

いつもの凛とした彼女もいいけれど、今の笑顔の方が、ずっと僕の知っている「普通」に近かった。

「……明日のおかず、また多めに入れてもらうから。約束だぞ、澪さん」

「はい。……有難く、頂戴いたします」

澪さんはそう言って、今度は隠さずに、また小さく微笑んだ。


作業が終わり、連れ立って校舎を出る。

正門には、いつものように黒塗りの車が獲物を待つように停まっていた。

「それでは、また明日」

澪さんは一度だけ僕を振り返り、名残惜しそうに指先を動かした。

車に乗り込む彼女の背中は、昨日までとはどこか違って見える。

白河という重荷を、ほんの一瞬だけ、降ろせたような。

(車、相変わらず怖いけどな)

僕は自転車に跨り、ペダルを強く漕ぎ出した。

背後で、重厚なドアが閉まる音が響く。

でも、不思議と空気は冷たくなかった。

(まあ、笑ってたしな。よかった)

頬を撫でる夕風が、少しだけ温かく感じられた。

誰に決められるでもなく、自分の生きたいように生きる。

(普通にするのも、案外悪くないな)

僕は、茜色に染まる街路を、一気に駆け抜けていった。


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