第3話「白河家の事情」
第3話「白河家の事情」
生徒会室の窓の外。
黒塗りの長い車が、校門の前に停まっていた。
磨き上げられたボディが、夕日を跳ね返して鈍く光っている。
(お迎えか)
僕は最後の一束を机に積み上げた。
作業はこれで終わりだ。
「……崎山さん」
白河さんがカバンを手に取った。
いつも通りの、隙のないお辞儀。
「本日は、ありがとうございました。おかげで捗りました」
「ああ。また明日」
白河さんは、少しだけ名残惜しそうに唇を動かした。
何かを言いかけて、結局、静かに部屋を出て行った。
一息ついてから、僕も生徒会室を後にした。
昇降口へ向かう廊下の窓から、下が見える。
車の横に、一人の女性が立っていた。
和服を凛と着こなした、中年の女性だ。
使用人だろうか。
あるいは、彼女の母親だろうか。
白河さんがその女性の前で、人形のように深く頭を下げた。
女性は一言も発さず、ただ白河さんの所作を検品するように眺めている。
(……なんか、息が詰まるな)
視線を感じた。
女性が顔を上げ、窓越しに僕を見た。
一瞬だった。
女性の目が、獲物を定めるように細められる。
単なる好奇心ではない。
身分や価値を瞬時に見分ける、冷徹な鑑定士の目だ。
(値踏みされた)
直感でそう思った。
女性はすぐに視線を外し、白河さんを車の中へ促した。
重厚なドアが閉まる。
車は音もなく、滑るように走り去っていった。
「……見たか」
背後から、低く沈んだ声がした。
振り向くと、田辺が立っていた。
いつも以上に顔色が悪い。
「何が」
「今の女だ。白河澪の……母親だよ。白河家の現当主代理だ」
田辺が窓の外、車が消えた方向を死んだ目で見つめている。
「怖い顔してたな」
(母親なのか。全然似てないな)
「怖いなんてレベルじゃない。あの一族が、この国の『男性管理委員会』の中枢だ」
田辺が僕の横に並んだ。
珍しく、僕の顔を真っ向から見ている。
「男性管理委員会?」
「……知らないのか。精子のランク付け、居住区の指定、男性保護法の運用……全部あそこが決めてる」
田辺の声が、わずかに震えていた。
(それがどういう意味か)
僕らがこうして学校に通えているのも、その委員会の許可があるからだ。
つまり、僕らの人生のハンドルを握っている連中ということになる。
「崎山。お前に忠告しておく」
「何だ」
「白河澪さんと仲良くするのは——慎重にした方がいい」
田辺がはっきりと言った。
いつも無気力で、すべてを諦めたような田辺が、僕の肩を強く掴んでいる。
(田辺が慎重に、か)
(珍しいな)
「あの一族にとって、男子は『管理対象』でしかない。情を移す相手じゃないんだ」
「……そうなのか」
「仲良くなりすぎれば、お前が消されるか、彼女が壊される。白河家っていうのは、そういう場所だ」
田辺はそれだけ言うと、手を離した。
力なく首を振って、階段の方へ歩いていく。
(壊される、か)
さっきの白河さんの、少しだけ弾んだ足取りを思い出す。
唐揚げ一個で喜んでいた、あのぎこちない表情。
(管理対象ね)
僕は窓の下をもう一度見た。
白河さんが立ち尽くしていた場所は、もう冷たいアスファルトが見えるだけだ。
(まあ、明日も唐揚げは持っていくけどな)
母さんに、少し多めに入れてもらうよう頼まないといけない。
そんな「普通」の予定を頭に浮かべながら、僕は自分の靴を取り出した。
(田辺、相当ビビってたな)
階段を下りる。
廊下の静寂が、いつもより少しだけ重く感じられた。




