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「男子が2割の世界で普通にしてたら、どうやら大問題らしい」   作者: ゆう
5章

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第4話「それでも普通にする②」

第4話「それでも普通にする②」


(白河家が何であれ)

ドアを開けると、いつもの席に彼女はいた。

田辺に聞かされた不穏な単語が脳裏をよぎるが、歩調は変えない。

結局のところ、僕にできるのは目の前の相手をそのまま見ることだけだ。

(澪さんは、澪さんだ)

自分の席に座る。

隣の彼女は、今日も静かに椅子に腰掛けていた。

昨日の校門で見せた、あの感情を殺した「人形」のような気配はどこにもない。

さらさらと、書類の上を走るペンの音が心地よく響いていた。

「白河さんは、生徒会の仕事は好きですか」

資料の束を揃えながら、極めて自然なトーンで投げてみた。

その瞬間、静かな部屋に流れていたリズムが、目に見えて乱れた。

「……好き、ですか」

白河さんがこちらへ顔を向ける。

それは、まるで飛んできたボールに咄嗟に反応してしまったような、無防備な顔だった。

「嫌いなら、無理しなくていいと思って。代わりは他にもいるだろ」

パチン、とホチキスを打つ。

彼女はその音に指先を震わせ、逃げるように自分の手元へ視線を落とした。

「嫌いではないです。ただ――」

そこで言葉が切れる。

彼女は自分の白い指先を強く握りしめ、何かを懸命に探していた。

(また「ただ」で止まる)

沈黙が部屋を満たしていく。

彼女の沈黙は重い。

言いかけては飲み込む。

その繰り返しが、彼女のこれまでの歩みを示しているようだった。

「ただ……役割ですから」

しばらくして返ってきたのは、熱を帯びない、どこか遠い声だった。

「役割?」

「はい。白河の人間として務める。それが私の……」

また、言葉が霧に消える。

「それ以外に道はない」とでも言いたげな、切実な余韻が残った。

(役割、ね)

僕は作業の手を止め、彼女の横顔をじっと見つめた。

僕の視線に気づいた彼女は、弾かれたように再び居住まいを正す。

「崎山さんは、嫌いなのですか。このお手伝い」

「いや。別に」

僕は小さく息を吐いて、肩の力を抜いた。

「こうして白河さんと雑談するのは、そんなに悪くない」

白河さんの瞳が、驚きに揺れた。

白い頬が、夕日に染まるよりも早く、鮮やかな朱に染まっていく。

「……そ、そうですか。雑談、ですか」

「ああ。普通だろ」

(普通にしてるだけなんだが)

白河さんは再びペンを握ったが、今度はその手が止まらない。

猛烈な勢いで書類を読み飛ばし、明らかに動揺を隠そうとしている。

時折、めくる必要のないページをめくっては、慌てて戻していた。

(また、最後まで言わなかったな)


一時間後、ようやく全ての作業に目処がついた。

「白河さん。これ」

僕はカバンから、小さな包みを取り出した。

母に頼んで少し多めに詰めてもらった、約束の唐揚げだ。

「……っ、崎山さん、それは」

「一個だけだけどな。保冷剤も入ってる」

机に置くと、彼女はそれを壊れ物を扱うように、両手でそっと包み込んだ。

「……ありがとうございます。家で、大切に頂きます」

「冷めてるけどな」

「冷めていても……きっと、温かいと思います」

白河さんが、僕にだけ見えるような、小さな、本当に小さな微笑みを零した。

あの「白河家の顔」としての取り繕った微笑みじゃない。

少し不器用で、ひどく純粋な、一人の少女の顔。

(笑うんだな、やっぱり)

僕は椅子を引いて立ち上がった。

「じゃあ、また明日。屋上で」

「……はい。お待ちしております」

背後で、彼女が立ち上がり、僕が部屋を出るまでお辞儀をする気配がした。


廊下を歩けば、窓から差し込む夕光が影を長く伸ばしていた。

階段を下りる足音が、静かな校舎に響く。

(役割、か)

彼女の言葉が、耳の奥に残っている。

「普通」という贅沢が許されない場所で、彼女は戦っているのかもしれない。

(あんなに美味しそうに『温かい』なんて言うのに)

昇降口で靴を履き替える。

外には、昨日と同じ黒塗りの車が、彼女を連れ戻すために待ち構えていた。

(田辺が心配するのも、分からなくはないけどな)

僕は自転車に跨り、夕闇に溶け出す街へ走り出した。

明日も、いつも通りに声をかけよう。

その積み重ねの先に、彼女の「ただ――」の続きがあるはずだ。

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