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「男子が2割の世界で普通にしてたら、どうやら大問題らしい」   作者: ゆう
4章

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第2話「白河家の朝」

第2話「白河家の朝」


午前六時。

アラームが鳴る一秒前に、意識を覚醒させる。

指先が音を殺してスイッチを弾いた。

カーテンを開ける。

左右の隙間は均等。

光が床の木目を正確になぞる。

鏡の前に立ち、ブラシを手に取る。

(……今日も、間違えないように)

一筋の乱れもなく、黒髪が一本の線に収束していく。

襟元のリボンを指先で整える。

鏡の中の自分と目が合う。

そこには何の感情も映っていない。

完璧な、白河澪。

(よし)

私は小さく息を吐き、部屋を後にした。


朝食の席は、深海のような静寂に沈んでいる。

厚手のテーブルクロス。

磨き抜かれた銀食器。

父は新聞をめくり、母は静かに紅茶を啜る。

食器の接触音さえ「汚れ」になる空間。

「……昨日の活動報告を」

父の声が、硬質な壁に反射して届く。

視線は新聞に向けられたままだ。

「滞りありません。生徒会の事務、および男子生徒の動向確認。特記事項はありません」

私の声もまた、その静寂の一部として溶けていく。

「よろしい。白河のブランドに傷をつけるな。お前は静謐そのものであれ」

父がページをめくる。

乾いた音が響く。

「承知しております」

私は、完璧な所作でサラダを口に運んだ。

美味しい、とは思わない。

ただ、白河澪というシステムを維持するための作業。

「体調は」

母が、音もなくカップを置いた。

「万全です」

「そう。管理を怠らないように」

会話はそこで終わる。

母も、私を見ない。

そこに「一点の曇りもない結果」が座っているという事実。

それだけを、二人は確認している。

(……味がしない)

レタスの青臭さが鼻を抜ける。

昨日の放課後、生徒会室で崎山さんが食べていた、あの安っぽい購買パン。

あの暴力的なソースの匂いが、なぜか今、この完璧な食卓を汚すように脳裏にこびりついていた。


登校を急ぐ黒塗りの車。

防音加工の施された空間は、外界の音をすべて遮断している。

私は、膝の上で組んだ自分の指をじっと見つめていた。

昨日、崎山さんに名前を呼ばれたときの感覚。

それが、皮膚の裏側に残っている。

(なぜ、あの人はあんなふうに呼ぶのか)

『白河さん』

あの声には、この家にあるような「期待」も「監視」も含まれていなかった。

ただの、記号としての呼びかけ。

それが、どれほど私の肺を楽にしたか。

(……変な人)

窓の外、自転車で登校する生徒たちの群れが見える。

女子生徒たちが、腫れ物に触れるような距離を保ってその後ろを歩いている。

それが、この世界の正しい景色。

(なぜ、崎山さんは普通に話しかけてくるんだろう)

(なぜ、私を呼ぶとき、一瞬だけ間があるんだろう)

わからない。

私はバッグの持ち手を、爪が白くなるほど強く握りしめた。

指先が微かに震えている。

車内のエアコンは完璧に温度を保っているはずなのに。

(……熱い)

指先だけが、自分じゃないみたいだった。


教室の引き戸を開ける。

一瞬で、むせ返るような少女たちの熱気が押し寄せた。

私の席の数メートル先。

崎山ゆうが、欠伸を噛み殺しながら窓の外を眺めている。

目が合う。

彼はただ、気だるげに片手を上げた。

「おはよう、白河さん」

(……あ)

胸の奥が、不規則に脈打つ。

一音、一音が、私の張り詰めた内面を叩き割っていく。

(……心臓が、うるさい)

私は顎を引き、一糸乱れぬ動作で挨拶を返した。

「……おはようございます。崎山さん」

自分の席に座り、鞄を置く。

その手が、いつものルーチンから一瞬だけ外れ、机の端を強く擦った。

女子たちの視線が刺さる。

(一ミリ。……本当は、あと一ミリだけ)

カバンから取り出したノートの白さが、目に刺さる。

私は震える指先をペンで押さえつけた。

隣から聞こえてくる、彼の呼吸。

それだけが、この異常な世界で唯一、本物のように聞こえた。

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