第3話「澪が怒る」
第3話「澪が怒る」
昼休みの購買は、戦場だった。
俺は人混みを避け、中庭のベンチに座る。
隣には、相沢ひなたがいた。
「ゆうくん、これ食べる?」
ひなたが、家庭科で作ったらしいクッキーを差し出してきた。
「いいのか」
「もちろん!」
(相変わらず、距離が近いな)
俺は一枚受け取り、口に運ぶ。
普通に旨い。
ふと視線を感じて校舎を見上げると、二階の廊下に白河澪が立っていた。
彼女は、手に持った書類を強く握りしめ、じっとこちらを見下ろしている。
目が合った瞬間、彼女は弾かれたように背を向け、影の中へと消えた。
(……なんだ?)
放課後。
昇降口へ向かう廊下に、澪がいた。
書類を胸に抱えている。
俺を見ると、彼女は足を止めた。
「崎山さん」
澪が口を開いた。
でも、続きがすぐに来なかった。
彼女の指先が、書類の端を小さく折った。
「はい」
俺は立ち止まり、言葉を待つ。
「……相沢さんと、よく話すんですか」
(なんでその話が出てくるんだ)
「昼に一緒に食べることが増えました」
俺は事実を答える。
「そうですか」
澪の声が、いつもより一段低かった。
視線が、俺の肩越しに廊下の先へと向けられる。
「……なんでもないです。失礼しました」
彼女は踵を返し、速足で去っていった。
スカートの裾が、鋭く空気を切る。
(怒ってた?)
(なんで?)
よくわからないまま、俺は廊下に一人残った。
翌朝。
教室に入ると、田辺がすでに席にいた。
彼はパンの袋をゆっくりと閉じ、俺を見た。
「昨日、白河さんに何か言ったか」
「聞かれたことに答えた」
「……それだけか」
田辺が目を細める。
「それだけだけど」
俺はカバンを机に置いた。
「はぁ……」
田辺が、深く、重いため息をついた。
(何か悪いことしたか)
「普通に答えただけなんだが」
俺が言うと、田辺は窓の外を見た。
「……そういうとこだよ」
(どういうとこだ)
田辺はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、隣の席の松本が、俺と田辺を交互に見て、震える手で教科書を広げていた。
(やっぱり、よくわからん)
俺は一限目の準備を始めた。
教室の隅で、白河澪がいつもよりずっと丁寧に、一本結びの髪を整え直しているのが見えた。




